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まぁ人の期待とは勝手な物で、こうだったら良いなと想像し、その上で自分の望む展開を希望する。
でも大体の場合において、勝手な期待が叶う事はあまりない。
だってその期待は、単に自分の都合の良い妄想に過ぎないのだから。
そんな事はずっと前から知っていたけれども、それでも人は勝手に期待をし、その期待に裏切られる生き物だった。
「クヨウ様、どうなさいましたか?」
ラジャールを出て、北の国境付近の町、サシュロに向かう馬車の中で、依頼人の娘であるルエーリアが小首を傾げて、少し不安気に僕へ問う。
おっと、いけない。
僕の馬鹿で勝手な妄想と違ったからと言って、この子に責任は全くないのだ。
「少し考えごとをしてただけだよ。ごめんね、旅の話だったね。えっと、そう、大樹海の中には雲にも届く世界樹と、その周囲にもサイズは劣るけれど七本の大きな支樹があってね」
首を振り、僕は彼女を安心させようと笑みを浮かべた。
ルエーリアは僕に危険な依頼に赴かせる事に、かなり心を痛めてる。
どうやら先程の沈黙を、僕が依頼に対しての不安を抱えているのかと、気にさせてしまったらしい。
勿論そんな事は全くなくて、考えていた内容も実に馬鹿馬鹿しい物だけれど、流石にそれを正直に口に出すのは憚られた。
「そこはエルフ達が暮らしていたよ。エルフは美男美女ばかりでね、目の保養にはなったかな。そうそう、暮らしてると言っても世界樹のエルフ達は樹上、枝の上に町を造っていて、あれは結構凄かったんだ」
おどける様に言う僕に、信じたかどうかは別にして、ルエーリアは笑顔を浮かべた。
しかしまぁ、それでも顔色はとても青白いが。
一応彼女の為に言っておくと、ルエーリアが僕の期待に添わない不美人だったとかではない。
種族的にも、僕にとっては大当りの牛人だったし。
だが、そう、残念ながら、ルエーリアは依頼人の三女で、未だ八歳の少女だったのだ。
因みに長女は十六歳らしいが、至って健康体なので今回の依頼に同行する意味はない。
うん、まぁ、ルエーリアは可愛らしい少女だが、やっぱり八年程後に出会いたかった。
あぁ、でも、八歳の少女が青白い顔をして病気に苦しんでる姿は心が痛むので、助けようと思う気持ちは寧ろ高まったと思う。
「クヨウ様、私、エルフの町に行ってみたいです」
ルエーリアは僕の話に瞳を輝かせて、そんな風に言ってくれる。
うん、良かった。
子供は望みを持つべきだろう。
別に良識的な話じゃなくて、その方が、僕の心が嬉しいと感じるからだ。
我欲を捨てられない邪仙にだって、子供好きだったりハッピーエンド主義だったり、少しばかりの良心が存在したりはする。
勿論そうじゃない邪仙も大勢居るけれども。
「うーん、結構危ないよ。ゴブリンとかオークとかオーガとか出るしね。下手したら頭からバリボリ食べられるし、他にも色々居るから、先ずは大きく、元気に、強くならないとね」
その為の未来は僕が切り開いてプレゼントしよう。
強くなれるかどうかはさて置き、大きく、元気になる未来程度は、僕の手で掴めるのだから。
サシュロの町で依頼人と、その娘であるルエーリアと別れ、僕は北の国境を目指す。
ルエーリアは別れ際、何だか泣いてしまいそうな顔で、
「私なんかの為に、御無理はなさらないで下さい」
なんて風に言って居たけれど、いやいや、そもそも全然御無理じゃないのだ。
出来れば笑顔で頑張ってと見送って欲しかったが、まぁ、うん、彼女の気持ちを考えたら難しいのはわかってる。
父親である依頼人も、一縷の望みを託すみたいな、ちょっと悲壮かつ申し訳なさそうな顔をしていたし、気楽にしろってのが無理な話だった。
であるならば、彼等の胃がストレスにやられる前に、待ちくたびれてしまう前に、サッサと行って空見草を持ち帰ってやろうか。
そんな風に考えて、僕は人目に付かぬ場所まで駆けた後、よいしょとばかりに大きく足を踏み出す。
踏み出した先は、およそ一里程の先。
と言っても今の日本で通じる一里ではなく、昔の大陸の一里だから、多分四~六百メートル程だ。
当然そんなに僕の足は長くないので、これは縮地と言う仙術の一つである。
その効果は字の如く、地を縮める移動術。
移動先が見えてなければ使えない、つまり障害物の多い森での移動には使えないが、開けた場所なら長い距離を一歩で進める為、移動速度は非常に早かった。
因みに戦闘中に使えば間合いを一歩で踏み潰せるが、移動先をハッキリと認識しなければならない関係上、戦闘に集中しながらの長距離移動は、今の僕には難しい。
つまりは、そう、要修行って奴である。
後体力の消耗も激しいから、余程急ぐ場合でなければ、普通に走った方が大分楽だった。
……やめよう。
山登りの前に変に急いで体力を使い過ぎるのは良くない。
うん、今はそんなノリだったから久しぶりに使ってみたら、十歩移動しただけなのに、やっぱり結構しんどかった。
尤も、もう既に登るべき山、ダ・ヒューム国との国境は、既に間近に見えているけれども。
あぁ、あの山の上空を幾つも舞う影が、問題となるガディールだろうか。
その姿を視認して、僕は隠形の術をしっかりと掛け直す。
空を飛ぶ生物は、目の性能が良い事が多い。
それは単に視力が良いだけではなく、動く物を捉える能力が高かったりするから、油断すれば見つかる可能性は大いにあった。




