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 ドラゴンの背に乗って空を行く。

 それは中々に得難い体験で、僕に大きな感動を与えてくれた。

 邪仙であっても仙道である以上はいつかは僕も空を飛べるだろうけれど、それはまだまだ先の話だ。

 あぁ、否、勿論師匠に空を飛ぶ為の宝貝、雲や車輪の類を強請ればその限りではないけれど。


 空から見下ろせば緑が、大樹海がやっぱりどこまでも続いてる。

 目をよくよく凝らせば、確かに北には薄っすらと山脈が見えた。

 エルドラは高速で空を行くから、その分だけ吹き付ける風はとても強く、また上空では空気が冷えてて痛い。

 仙人の身は環境の変化には強いけれど、常人ならば吹き飛ばされて転げ落ちるか、或いは凍えて死んでしまうだろう。


 空を行く旅の最中でも、エルドラは頻繁に僕に話し掛けて来た。

 あのゴロゴロと喉を鳴らして発生する地響きの様な言語、竜語は風に負けて掻き消されたりはしない特別な言葉らしい。

 それどころか、エルドラに貰った鱗を喉にあてて竜語の振動を伝えれば、遠く離れていてもエルドラには伝わるんだそうだ。

 これを竜語魔法と言い、他にも竜語は色々な事が出来るんだとか。


 正直な所、エルドラの隠し玉は精々ブレス位だろうと勝手に思い込んでいた。

 だからこそいざぶつかっても高確率で勝てると考えていたのだが、どうやらそれは大きな誤りだった。

 うん、まぁ僕も修行が、と言うよりも実戦経験がまだまだ足りないんだなと、そう思う。

 相手を過小評価も過大評価もせず、ありのままを把握すると言うのは、実に難しい事である。

 今の段階でエルドラと再び戦う要素は皆無だけれども、この先もそうであると断言は出来ない。

 未知の部分まで含めて問題ないと言い切れるように、僕はもっと研鑽を積むべきだ。


「それでな、クヨウよ。現在西域で最も栄えた国はヒルブルクと言うのだが、その国の興りは四百年ほど前でな……。おい、聞いているのか?」

 うんうん。

 勿論聞いてるけれども、このドラゴンの少し喋り好き過ぎやしないだろうか。

 それに世事にも意外と詳しい。

 一体どこでそんな情報を仕入れて来るのだろうか。



 大樹海を抜けるには、大空を行くエルドラの翼でも二日を要した。

 ここからは西方、ローレンス大陸で最も栄えた地であり、人間と獣人が暮らす場所だ。

 獣人は西方の草原と大樹海の一部に住み、神と世界樹の両方を敬う人々らしい。

 尤も獣人と言っても猫人、犬人、羊人、牛人、鳥人、虎人、獅子人等と実際には更に細かく種族が分類される。

「数は少ないが竜人と呼ばれる連中もおってな。我の鱗を見せれば歓待を受けられよう」

 なんて風にエルドラは言う。


 成る程、だからエルドラはローレンス大陸西方域汎用言語を流暢に操れて、色々と世事にも詳しいのか。

 どうやらこの喋り好きの、刺激に飢えているドラゴンに色々と教えているのは獣人、特にその竜人なのだろう。

 何にせよ頼れる相手が得られるのは有り難い話だった。


 大樹海ではエルフの戦に助力したが、別に金を稼いだ訳じゃないから僕は無一文のままである。

 幸い僕は仙人なので飲まず食わずでも問題はないし、衣類は道士服の汚れを仙術で落とせるから別に良い。

 見慣れぬ格好は目立つだろうが、薄く隠形をかければ良く見れば珍しい格好をしている人がいる位にまで影を薄くも出来る。

 でも町に入るには税を取られるだろうし、国境の移動にも多分金は必要だ。

 何より寝床となる宿を借りる位の金は、どうにかして稼ぎたい。

 故に先ずは獣人、その中でも竜人を探すところから始めよう。


 勿論町に入るのも、国境の移動も、夜陰に紛れて動けば僕なら忍び込むのは容易い事である。

 最初の町に入るには、どうしてもそうせざる得ないだろう。

 だが毎回町に忍び込んだり関破りをするのは、そう、何と言うか気分が良くない。

 他に手段がないなら兎も角として、払える金を稼ぐ方法があるなら、稼いで金を払った方が気兼ねなく過ごせる物だし、その過程で何かに巡り合う事もある。

 折角のファンタジー世界なのだから、やはりここは一つ冒険者なんて物もやってみたい。




 日が沈む頃、僕は高度を落としたエルドラに別れを告げて、その背から飛び降りた。

 幾ら夜でも、エルドラが地に降りればどうしても目立つ。

 例え人は気付かなくても、動物やモンスターの類が騒ぐだろう。

 風の仙術を駆使して勢いを殺し、無事に降り立った先は、西方諸国の中では中規模とされる、イル・ファーン国にある森の中。


 イル・ファーン国は民の八割が獣人を占め、獅子人が王家や貴族として国を統べているらしい。

 但し村長や民間組織の長には竜人が多く、立場ある竜人に接触するならイル・ファーン国が向いていると、エルドラに勧められた。


 今居る森は良い場所だ。

 大樹海程ではないが木気が濃く、一年くらいは瞑想しながら籠れる位に、緑の匂いが丁度良い。

 あぁ、成る程。

 僕にとって大樹海は、環境が良過ぎて逆に落ち着かなかったから、少し落ち着いたこの場所に心惹かれてしまうのか。

 しかし残念ながら、今は瞑想に耽る時ではなく、動いて何かを成す時だった。


 地を蹴り跳ぶ。

 木の幹を蹴ってもう一度。

 そして枝のしなりを利用して、宙を舞う。

 軽身功で重さを軽く、枝から枝へと飛び移り、森の中を移動して行く。

 既に上空で、向かうべき町のめぼしは付けていた。


 森を抜け、三つの月が照らす草原を駆ける。

 何かが吠えて幾つもの気配が追って来るが、残念ながら僕の方が少しばかり早い。

 狼辺りか、もしくは噂のモンスターだろうか?

 興味はあるが、今は町を目指す事が優先だった。

 夜の間に忍び込まねば、昼間に無一文では門を通れない。


 途中で気配を振り切って、町を目指す。

 やがて石壁に囲まれた町が遠目に見え始め、その周囲には多くの農場が広がっていた。


 エルドラ曰く、農業を好むのは牛人や羊人だ。

 犬人や鳥人は牛や馬、羊等を追って遊牧する生活を好むから、町では珍しいだろう。

 猫人は何でもするが、歌や音楽等、芸術を好む者が特に多い。

 虎人は戦士階級で、上級兵や騎士等の常備兵力の多くは彼等が占める。

 勿論戦時に集められる兵士に関しては種族を問わない。


 獅子人は統率者で、貴族階級だ。

 王家も獅子人の一族である。

 竜人は力も知識も優れ、他の獣人に一目を置かれる存在であり、統率者たる獅子人を諫める役割を負う。



 壁が間近に迫ると、僕は手を振り、仙術を一つ行使する。


―金行を以って鋭き針を成す、貫け―


 金行の仙術で生み出され、打ち出された五本の針が、町を囲む石壁にぶすぶすと突き刺さり、五つの足場を生み出した。

 僕はそれを駆けあがって跳び、城壁の真上を飛び越えながら、パチンと一つ指を鳴らす。

 すると五本の針は一斉に砕け散り、石壁には小さな穴が五つばかり残るのみ。

 証拠隠滅完了である。


 そうして僕は、無事にイル・ファーン国の城砦都市、ラジャールに侵入を果たした。




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