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 僕が参加せずとも、エルフの精鋭部隊は無事にゴブリンの長、オークの長、オーガの長を打倒する。

 精鋭部隊の中でも特にシェイファの活躍は目覚ましく、オーガの長を相手に単身で近接戦闘を演じて見せた。

 そのスタイルは短剣と短弓を用いた近~中距離戦型。

 動きの素早さと速射で、彼我の距離に関係なく射撃を繰り出すその様は、ある種芸術的だ。

 ゴブリンやオークと言えば、女エルフの天敵みたいなイメージがあるけれど、まあ無事に勝利したのなら何よりである。

 

 既に混成軍は瓦解しており、散り散りになって樹海の中を逃げて行く。

 まだ半数以上は残っているが、最早もう一度集まって再侵攻を行う気力はないだろう。

 先ずはそう、彼等は自分の住処に帰り、空いた長の座を巡って身内同士で争う筈だった。

 勿論僕にもエルフにも、それを追いかけ回して族滅する心算は毛頭ない。

 そこまで強い恨みはないし、そこまで暇でもないのだ。

 何せこの広い大樹海では、ゴブリンの一族も、オークの一族も、オーガの一族だって、一つきりではなく複数存在すると言う。

 だから一々攻め滅ぼそうとするよりも、防備を固める事の方が優先なのだ。


 今回は想定外の規模に襲撃を受けたエルフ達だが、一度経験した以上は、次からの襲撃は想定内である。

 大軍に対しても速やかな迎撃を行える体制を整えるだろうし、その為の防衛設備も急ぎ建設するだろう。

 まぁ流石にその備えに関して、余所者の僕が関われる事はない。

 故に僕は、第三支樹の集落で行われる戦後処理、勝利の宴を抜け出して、一人で夜の大樹海を歩き、その人物の前に来た。



「忌々しい。忌々しいわ。瑛花様の弟子、クヨウアキラ!」

 僕の姿を視界に入れるや否や、そう吐き捨てたのは黒髪を後ろで束ねた快活そうな少女。

 凜香仙の弟子を全て知る訳ではないけれど、彼女の事は知っている。

 名前は……、忘れたけれど、馬頭琴と呼ばれる楽器の妖物から昇仙した仙人で、凜香仙をとても慕っていて、ついでに凜香仙が慕う僕の師匠も慕っていた。

 そして凜香仙と同じくやっぱり僕の事が目障りらしい。


 だが今回ばかりは、何を言おうが既に負け犬の遠吠えだ。

 僕がトロールとの戦いでは碌に手札を晒さず、尚且つ覗き見を見付かった時点で、彼女に勝ち目はなくなった。

 あの戦いを見てわかる事と言えば、五行の仙術を少し使い、体術が得意って位だろう。

 それを知った所で何が変わる訳でもないのだから、彼女は素直に色々と諦めて逃げるべきだったのだ。

 何せ一度でも見付かってしまえば、後はどれだけ逃げようとも必ず僕が追い詰める。

 彼女は曲を通してあらゆる生き物と意思疎通が出来るし、好意を獲得し、更に思考を誘導して操る術に長けた仙道だった。

 でも直接戦闘では間違いなく僕に敵わないし、勝つ為の下準備を行う時間を、一度彼女を見付けた僕は決して与えない。

 欲をかいて、プライドが許さなくて、引き際を見誤った彼女は窮地に陥っている。

 多分これが、僕も言われた実戦経験が足りてないって事なのだと思う。


 それ故に彼女は、

「でも、でも、今回は負けを認めるわ。師たる凜香様に誓う。あの巨大樹は諦める。だから今回は見逃して」

 自ら僕に降参を申し出た。



 でもまぁ、さてどうしようか?

 彼女から降参を申し出た以上、交渉のアドバンテージは僕にある。

 尤も、降参を受け入れないって選択は最初からない。

 眼前のポニーテール少女は、師匠と同じ五悪仙である凜香仙の弟子だ。

 僕の感覚から言えば、家族ではなくても親戚位には近かった。


 またその感覚を持っているのは僕だけでなく、師匠や他の五悪仙も同様で、戦いの果てに結果的に命を落とすなら兎も角、降参を無視して殺害した場合は著しく心象が悪くなるだろう。

 なので降参しますと言われれば受け入れざる得ないが、かと言って無条件で許すかはまた別の話である。

「じゃあ今後この世界で活動中は僕との敵対を出来る限り避ける事。どうしても譲れない何かがある場合は事前に相談して。それに加えて一度は僕の要請に従って協力する権利をくれるか、或いは今後の協力関係をここで結ぶのが、ここで君を見逃す条件だ」

 だからこの位が、僕が彼女を見逃す条件だった。

 折角強敵を脱落させられる機会なのだから、今後の敵対は出来れば避けたい。

 勿論この世界で彼女にどうしても譲れない大切な物が出来て、その為に僕と敵対せざるを得ないなら、事前に相談してくれれば打開策、折衷案を考えるし、それでも駄目なら敵対も甘んじて受け入れる。

 けれどもその条件の譲歩分、僕の利益も欲しいのだ。


 もしも彼女がどうしても一度だって僕に従いたくないし、協力関係だって結びたくないと言うなら仕方ない。

 殺さぬまでも器物の姿、楽器としての彼女を晒さざる得なくなるまで追い込んで、戻れぬ様に封印しよう。

 彼女自身と凜香仙からはより嫌われるだろうが、他の五悪仙は仕方ないと理解し、寧ろ同情してくれる筈。



 僕の申し出に彼女はじっと考え込む。

 先程の提案は、決して僕だけに利がある訳じゃない。

 だからこそ彼女は、己のプライドと利益、自らの置かれた状況を天秤にかけて悩んでる。

 やがて折り合いが付いたのか、彼女は俯いていた顔を上げ、

「協力関係よね? 私が協力を求めたら、クヨウアキラは私に力を貸すの?」

 僕に問うた。


 そう、そこが彼女のメリットだ。

 協力関係を結んだ場合、直接戦闘を得手としない彼女が、僕の戦闘力をあてに出来るのは充分なメリットだろう。

「勿論力を貸すよ。僕の心情や利に反しないならね。当然僕が協力を求めた場合も、君の心情や利に反するなら断って良い。協力関係だからね」

 当然僕も、彼女の力はあてにする。

 直接戦闘力はさて置き、意思疎通や人心の掌握に関しては、彼女の力はこの上なく有用だから。


「ええ、なら協力関係を結びましょう。我、幸歌。師たる凜香仙の名に、貴方と協力関係を結ぶと誓うわ」

 そんな風に、誓いの言葉を口にする彼女。

 あぁ、そうそう、そうだった。

 彼女の名前は幸せの歌で、幸歌仙だった。

 確か馬頭琴は縁起の良い楽器だから、そんな名前が付いてたんだっけ。


「我、久陽・明。師たる瑛花仙の名に、貴女と協力関係を結ぶと誓う」

 勿論漸く名前を思い出したなんて事を口に、表情にだって出してしまえば、折角纏まりかけた話が壊れるから、僕は何事もなかったかの様に彼女に誓いの言葉を返す。



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