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トンと地を蹴り身軽く跳び、涎を口から溢れさせながら突撃して来たオークの頭に着地する。
軽身功は己の身を軽くする技だが、上手く使えば一瞬だけ自重を本来以上に跳ね上げる事も可能だ。
踏み付ける際に勁、身体を伸ばして発する力を発すれば、オークの首の骨は容易く砕けた。
そして僕は踏み殺したオークを足場に、更に前へと跳ぶ。
次に前に立ち塞がるは、見上げる程の巨体を誇る怪物、オーガ。
巨体に見合った筋力を持ち、動く物なら何でも喰らって飢えを満たすオーガの姿は、鬼を連想させる物だった。
けれどもまぁ姿がそれを連想させるだけで、真なる鬼には程遠い。
神通力を使いこなす真なる鬼は、仙人ですら手出しを躊躇う怪異だ。
それに比べれば身体が大きく力が強いだけのオーガは怖れるに足りない相手だろう。
勢いは殺さず、強く踏み込み、その胸目掛けて抜き手を放つ。
普通なら、その分厚い胸板の前には精々僕が突き指をして終わりだろうが、硬身功、身を鋼の如く硬化させる技を使えば、抜き手は刃を思わせる強さと鋭さを備える。
ずるりと胸から引き摺り出したのは、脈打つオーガの心臓だ。
ぶちぶちと血管を千切って奪ったそれをポイと捨てれば、オーガの身体もそのまま前のめりに倒れて行く。
如何に力が強かろうが、大体の生き物は心臓を失えば絶命する。
オーガも例外ではなかったらしい。
そして僕は、更に前へと進む。
そんな僕の姿に、付き従う選抜されたエルフの精鋭達は、歓声を上げながら眼前の敵に己の武器を叩き付けた。
さて、窮地のエルフに対して僕が提案したのは、選抜したエルフの精鋭を僕が率い、迫り来る敵を正面から突破する事。
もう少し猶予があれば、僕が敵陣に忍び込み、混成軍を纏め上げている存在を倒しても良かったのだが、敵の突撃が始まってしまってからではもう遅い。
敵の突撃が始まった以上、僕の攻撃が成功して混成軍が纏まりを失ったとしても、ゴブリンは兎も角、オークもオーガも目の前のエルフを襲う事は止めないだろう。
故に纏まりを失えば、同時に戦う気も失う様、ゴブリン、オーク、オーガの士気を圧し折ってやる必要がある。
その為の手段が、精鋭による敵中突破なのだ。
無謀だとの声は出た。
エルフ達からすれば、そもそも御前は誰なのだとの思いもあっただろう。
けれども最終的にエルフ達が僕に従う事を決めたのは、彼等の中でも有数の実力者として知られ、更には最も権威ある世界樹の集落、その長の娘であるシェイファが疑う事なく真っ先に僕に従ったから。
勿論敵中突破を狙う精鋭部隊の負担は非常に大きいが、僕が大きな気を発しながら先頭で暴れれば、敵の注意は殆どが僕一人に向く。
まぁ間近で熊が暴れている時に、こっそりと蜂が飛んできて刺そうとしても、すぐには気付いて対処出来ない様な物だ。
例え迫る蜂が、どんなに強い毒を持っていたとしても。
本能に訴えかける大きな脅威の傍で、それを無視して別の脅威を対処する訓練は、ゴブリンもオークも、オーガだって積んではいない。
エルフ達を猛毒の蜂とする為に、僕は精一杯暴れ熊の如く、或いは怪獣の如く暴力を振り撒きながら前へと進んだ。
突き出される槍を硬化した身で受け止めて圧し折り、ついでに降って来た矢を無造作に払い除け、ゴブリンを蹴り殺し、オークを殴り殺し、オーガを投げ殺す。
混成軍の侵攻を喰い破りながら進み続ける僕達に、やがて敵は完全に勢いを失った。
僕と精鋭部隊が前に進めば、まるで自動ドアの様に、混成軍は左右に割れて道を開く。
完全に勝敗は決したと言って良いだろう。
混成軍の兵等は既に心が挫けていて、このまま僕等が前に進めば恐怖に負けて潰走を始める。
仮に混成軍を纏め上げた者が、まだ支樹への侵攻、そして世界樹の入手を諦めていなければ、完全に崩れて潰走する前に僕等を、僕を打倒して見せねばならない。
だから当然、その攻撃は予測済みだったのだ。
敵陣の中から業火が巻き起こり、樹海の木々だけでなく僕等から逃げようとした混成軍も飲み込んで、炎の波がこちらに迫る。
けれどもそれに対して僕が何かをするまでもなく、
「風よ!」
シェイファが真っ先にその言葉を発し、
「風よ!」「風よ!」「風よ!」
「「「吹け!」」」
精鋭部隊のエルフ達がそれに続いて、合わさり吹き荒れた風の精霊魔法に、炎の波が吹き散らされた。
「――――――!」
その結果に憎々し気に顔を歪ませながら、混成軍の陣内からこちらに向かって歩み出る一人の男。
生憎口にした言語は全く理解出来なかったが、美しい顔と2mを超す巨体、それに先程の炎の術から考えて、これがトロールと言う生き物だろう。
そしてそのトロールが率いるのはそれぞれが威風を纏った、体格の良いゴブリン、オーク、オーガである。
恐らくは各種族の長だった。
……これだけを見ればトロールがゴブリンの長、オークの長、オーガの長を従えて、混成軍を成したのだと判断するに十分な材料だ。
実際に背後のエルフ達からは、
「やはりトロールが」
なんて声も聞こえて来るのだし。
だが、違う。
ゴブリンの長、オークの長、オーガの長だけでなく、彼等を従える風に見えるトロールだって、その目はどろりと濁り、発する気が淀んでる。
アレは間違いなく、支配、洗脳とまでは行かずとも、思考誘導を受けた痕跡だ。
故におおよそ、今回の件の裏に、どの五悪仙の弟子が動いていたかは察しが付いた。
孔狼仙と双覇仙の弟子では間違いなくない。
弟子と師は別の存在だが、それでも弟子はある程度は師の嗜好を汲んで動く。
それは師を慕うからかも知れないし、そう教えられたからかも知れないし、単に機嫌を取る為かも知れないが、いずれにせよわざわざ師の嫌うやり口は取らないだろう。
もし双覇仙の弟子だったなら、自分が戦うに値する敵、僕と精鋭部隊が現れた時点で姿を見せている。
もし孔狼仙の弟子だったなら、雑兵がやられるのは兎も角として、従えた配下である長の連中やトロールだけを使い捨てる様なやり方は取らない。
だから今回動いていたのは緑青仙か凜香仙の弟子で、まぁ十中八九は凜香仙の弟子だ。
仮に緑青仙の弟子が相手だったら、倒した雑兵が僵尸となって起き上がって来ていただろうから、この状況になるまでにもっと苦戦をしていた筈。