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ぐるぉぉぉぉぉぅ!
びりびりと空気を震わせる咆哮は、第三支樹に迫るゴブリン、オーク、オーガからなる混成軍より発せられた。
それ自体に意味はない。
迎え撃とうとするエルフを威圧する為でなく、共に歩を進める仲間を鼓舞して士気を引き上げる為でもない。
けれどもだからこそ、その咆哮はもっと性質の悪い物だ。
これから起きる戦いを待ち切れずに、思わず漏れ出た破壊衝動に一片。
エルフ達を殺したくて、壊したくて、喰らいたくて、犯したくてたまらないと、ゴブリンとオークとオーガは吠えている。
そもそもゴブリンとオークと言った風に、異なる種族が手を取り合って攻めて来る事はあり得ないらしい。
欲が故に悪質な神に唆された人の末である彼等は協調性に乏しいのだ。
オークがゴブリンを奴隷として使って戦力にする事は稀にあるが、オーガはゴブリンを手軽な食糧程度にしか考えないから、共に並んで群を成す状況は異常の一言に尽きるだろう。
但し例外はトロールで、彼等は個体数は極めて少ないが、寿命が長く力も強く、魔力も豊富で容姿も美しいと、エルフから世界樹の力を奪う事に成功した種族とも言われている。
故にエルフ達は、恐らく今回の混成軍を纏め上げているのはトロールだろうと予測していた。
……でも、果たして本当にそうだろうか?
ゴブリン、オーク、オーガの混成軍が攻めて来るなんて、これまでのエルフの歴史には例がない事だ。
そんな例外が、僕が世界樹の集落に滞在している時に起きる。
それはきっと、偶然で済む様な確率じゃない。
僕がこの世界にやって来て今日で十日。
つまり僕以外の五悪仙の弟子達も、この世界にやって来て十日が経ったのだ。
五悪仙の弟子って肩書は同じでも、師匠が違うし、得意とする分野が違うし、思想だって異なるのだから、時間の使い方は当然それぞれ違う。
五行を得意とする樹精の仙道である瑛花仙を師に持つ僕は、先ずは気を交えて世界に溶け込む事を重視した。
しかしそんな暇を惜しんで動き回ったなら、十日で五千の軍勢を用意するのも、仙人ならば然程難しい話じゃない。
そしてそうだと仮定するなら、混成軍の後ろに居る誰かの目的は、エルフを蹂躙して楽しむ事じゃなく、恐らくは世界樹の入手だった。
この世界に残された最後の世界樹、巨大な生命力の塊は、確かに手中に収めたならば五悪仙の誰もが高い評価を下すだろう。
しかも厄介な事に、その一手は他者の巻き返しを許さない可能性がある一手だ。
世界樹の守護獣たるエルダーグリーンドラゴンのエルドラは、最後の世界樹を失えば世界は滅ぶと言っていた。
エルドラの言う世界が、世界樹を祖とする生き物にとっての世界か、それともこの世界自体を言うのかは不明である。
仮に世界自体が終わってしまうなら、五悪仙が余興とする弟子の競い合いは勿論、修行だって続けられやしない。
たった一人の功名の為に全てが終わってしまうなら、僕は断固としてそれを阻止する必要があった。
まぁ少し考え方を変えれば、エルフを助けて世界樹を守れば、返す恩以上に恩が売れるし、尚且つ派手な戦いは五悪仙にも評価をされる機会だろう。
要するに、多少回りくどい言い方をしたが、僕が戦うには充分過ぎる理由があるって話だった。
尤も、状況はエルフにとって酷く悪い。
今回の混成軍に対して、集まったエルフの軍勢は二千五百。
元から第三支樹に居た兵数が七百で、世界樹の集落から八百と、その他の集落から百から二百ずつで、必死に掻き集めての二千五百である。
無論それがエルフの全兵力と言う訳ではないだろうが、手早く動かせるのはそれが限界だったのだろう。
倍の兵力差と言うのは、奇襲を成功させるか、或いは砦に籠るかでもしなければ埋められない大きな差だ。
手段を択ばず勝ちに行くなら、エルフ達は纏まらずに素早く動ける小部隊に分かれ、攻撃と撤退を繰り返すゲリラ戦に徹すれば良い。
弓と精霊魔法、森での活動能力に長けるエルフは、優秀なゲリラとなれるだけの資質があった。
少数で戦うなら、森はエルフの味方をするだろう。
入り組んだ木々は隠れ潜んでの襲撃場所をエルフに与え、逃げる際には敵の足を鈍らせてもくれる。
けれどもエルフ達には守らねばならない場所、世界樹の支樹があり、拠点の放棄が選べない。
森がエルフの味方をするのはあくまでも少数で動くならの話で、纏まって防戦を選ぶなら隠れ潜む事も、襲撃と逃走を繰り返す事も出来やしない。
それどころか森の木々は、弓や精霊魔法を遮る障害物にしかならなくなってしまう。
故にこの戦いは、そう、始まる前からエルフの敗北は見えていた。
防衛用の設備はあれど、それも規模の小さな物に過ぎず、軍規模の敵を前にすればあっさりと踏み潰される。
力の強いオーガは防衛設備を難なく粉砕し、頑健なオークは多少の弓や精霊魔法は物ともせずに、小回りの利くゴブリンは浸透して、思う存分にエルフ達を蹂躙するだろう。
エルフ達にとって、ゴブリン、オーク、オーガが手を結んで大軍を成す事は、あまりに突然過ぎて想定外過ぎたのだ。
戦う為の有効な対策が、援軍要請以外には何一つとして取れていなかった。
但しそれは、全てこの場に僕が居なければの話である。
不幸中の幸いなのは、支樹の防衛はエルフの使命である為、圧倒的に不利な状況にあってもエルフの士気は折れてない。
更に平野での戦いとは違って、森の中では二千五百と五千が一度にぶつかる訳じゃないから、戦いの決着には時間が掛かるだろう。
つまり僕が介入し、戦局を変える時間は充分にあるのだ。