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世界樹の下層にあるエルフの町で見る物は、全てが珍しくて面白かった。
例えばエルフはベッドで寝る習慣がなく、代わりに部屋にはハンモックがあったが、そのハンモックの素材が世界樹に棲む蜘蛛から取れた糸とかで、大層柔らかくて寝心地が良い。
食事に出て来る野菜や果実も見た事のない物ばかりだし、肉はまぁ、もしかしたら巨大蟲の肉だったりするのかも知れないけれど、そこは敢えて確かめずに目を瞑る。
そして案内役に付いてくれたシェイファを筆頭に、集落のエルフには腕が立ちそうな人物が多い。
樹上生活をしてるだけあって、エルフ達は足腰が強く、またバランス感覚も優れている為、強くなる為の下地があるのだろう。
と言っても、全てのエルフがこの世界樹の上に暮らしてると言う訳ではないそうだ。
世界樹の麓にも、根を傷付けない様に少し離れた位置に、世界樹を囲む様にエルフ達は暮らしており、また更に離れた場所にある七本の支樹の麓にもエルフ達は暮らすらしい。
多分上空に放り出された時に見た、世界樹を囲むように配置された七本の大樹の事だろう。
支樹とは、創造主ではなく世界樹が生み出した、世界樹の予備らしい。
他の大陸の世界樹が魔王や魔族に刈られた為、危機感を感じた世界樹が機能を強化する為に生み出したのだとか。
また仮に他の大陸を取り返せた際には、その大陸に支樹が植樹される事が予想された。
勿論どうやってそれを成すのかは、流石のエルダーグリーンドラゴンのエルドラでさえも知らなかったが。
まぁ兎も角、ここのエルフ達は世界樹の上に住み、直接世界樹に奉仕する事を許された、少し特別なエルフなのだ。
尤もここのエルフ達からは、それを栄誉には思っても、鼻にかける様な態度は見受けられない
麓に暮らすエルフも、支樹に暮らすエルフも、等しく世界樹の為に尽してると言う認識だった。
俄かには信じ難いが、もしもエルフ達が互いを見下さず、嫉まずに尊重し合っているなら、それは凄い事だと思う。
少なくとも僕の居た世界、日本の、地球の人間達には不可能である。
何せ仙人の間にすら、余程の高仙になって周囲への興味を失わない限り、それは存在するのだから。
そう、珍しいと言えば絶対に外せないのが、エルフの扱う精霊魔法だろう。
仙人としては未熟でも、百年以上生きた僕は、日本でそれなりに色々な術を目の当たりにした。
久陽の家も幾つかの術は伝えていたし、仙術、道術、陰陽術、呪術、修験道、鬼の神通力、それに西洋魔術の類も幾つか。
似た術理で働く物もあれば、全く違う術理の物もある。
でもエルフの使う精霊魔法は世界樹が生み出した自然の力を運行する存在、精霊に己の活力を譲り渡して、力の行使を願うと言う物だった。
多分西洋魔術のいずれかには、似た様な物があるのだろう。
何せ基本が四大属性なのだ。
地、水、火、風の精霊を基本とし、それ以外にも数は少ないが特殊な精霊も居るらしい。
精霊は力の行使の対価にエルフから活力を貰い、その活力を世界樹に与える。
つまりエルフにとっては精霊魔法の行使すらが世界樹への奉仕になると言う。
奉仕を誇りと、喜びとするらしいエルフ達には言えないが、僕から見れば実に上手い具合に共生関係が出来ていた。
しかしそんなエルフにも、この大樹海の中に敵は居る。
僕が過ごすエルフの町、世界樹の集落にその救援要請が届いたのは、エルフの世話になり始めて三日目の事だった。
五穀を断って昇仙した仙人は兎も角、僕は普通に食事を食べる。
否、本当は食べなくても問題はないが、娯楽として食べれた方が嬉しいし、何より全く飲食しなければ他人に不審がられてしまう。
故にその時は丁度、エルフの長やシェイファと共に朝食の席を囲んでいたのだが、血相を変えたエルフの兵士が長の家に駆けこんで来たのだ。
「き、北西の、第三支樹の集落にゴブリン、オーク、オーガの連合軍が迫りつつあります! 至急援軍を!」
……と、そんな報告を携えて。
ゴブリンやオークと聞くと、僕のイメージではモンスターだから件の魔王や魔族の関係かと思ったが、どうもそうではないらしい。
何でも昔、神の導きに従って森を出た人の一部が、森で暮らすエルフの長い寿命を見てそれを嫉んだそうだ。
すると世界の管理に飽き、悪さを楽しむようになっていた神の一柱、悪質な神がその妬みを持った人々を唆した。
曰く、エルフを喰らえば寿命が延びるかも知れない。
エルフから世界樹を奪えば寿命が延びるかも知れない。
エルフとの間に子を成せば、その美しい容姿と寿命が手に入るかも知れない。
等々と。
そして唆された人々は新たな役割を与えられ、ゴブリンやオーク、オーガやトロール等の怪物の姿へと落ちて行ったと言う。
因みにモンスターの類は、世界樹の生命力が淀んで生まれた存在で、これまた魔王や魔族とは無関係だ。
モンスターはきちんと退治すれば、その淀んだ力も再び精霊によって運行され、世界樹に還るのだとか。
魔王や魔族は、神々の大半が世界の管理に飽きて創造主を追って消えた後、入れ替わる様にこの世界に現れた、創造主とは全く無縁の存在である。
さて話は逸れたが、つまり第三支樹を襲おうとしているゴブリンやオークの類は元は変質した人間の末裔であり、エルフにとっての敵だった。
攻め寄せる軍勢は少なくとも三千以上で、恐らくは五千に達するらしい。
その数が多いのか少ないのかは、この世界の常識を知らない僕には全く判断できないけれども、エルフの長の顔色を窺う限りはどうやらかなり拙そうだ。
だとすれば、僕が滞在してる間にそれが起きたのも何かの縁だろう。
「難事の様ですね。ならば僕も少し御手伝いしましょう」
一宿一飯、否、二日は泊まったし、食事はこれで六食目だから二宿六飯の恩はエルフ達にある。
エルフ達にとっては些細な事かも知れないが恩は恩だし、短い時間とは言え共に過ごした相手の難事を見捨てるのも、僕としては気分が悪い。
何より僕が動かねば、案内役のシェイファと言う、集落で有数の強者が動かせないだろうし。
エルフの長は客である僕を戦いに使う事に少しの、いやかなりの躊躇いを見せたが、
「御客人を戦に駆り出す等、誠に申し訳なく思います。しかし守護獣に招かれ、単身で世界樹を下れる程の実力、何卒我等にお貸しください」
それでも少しでも犠牲が減らせるのならと、最終的には首を垂れた。