プロローグ
あらすじを物語として構成したようなものになります。
あらすじよりわかりやすくなってれば良いです。
ぜひ評価ブクマお願い致します
新月。
そんな夜は、ただでさえ暗い路地裏が、本当に暗い。
この二十三番街には路地裏と呼べる一帯が四つ存在し、そのうちの三つは街灯がない。
路地裏外の明かりが見えないところまで進んでしまえば最後、夜明けまで路地裏の迷路をさまようことになる。
しかし、行政や路地裏に位置する建物の所有者に街灯の設置を求む声はここ最近は全く無い。
最後に行政に要請があったとされているのが四年前。
その時を境に、全く路地裏の環境改善を求める人はいなくなった。
何故か。
簡単な話である。
四年前のある殺人事件。
その事件が引き金となり治安が世界最悪級となったこの街で、日没後に路地裏を歩くほうが間違っているからだ。
「あれ、あなた誰?この路地裏は街灯がひとつあるからまだマシだけど、暗くない?どうしてこんな時間にここへ?」
だが止むを得ず入ってしまう者もいる。
「……お前がジェネローか」
止むを得ず入るか、または自ら入って行くか。
「僕?そうだね、僕はジェネローって呼ばれてるね。でも本名は違うよ?坂元って言うんだ。坂元の『もと』は『本』じゃないよ?僕の字は――」
「元気の『元』という字だろう。悪いが、もう我々はそこまで暴いている」
朗らかな口調の青年一人と、真剣な面持ちを照らされる男が一人。
男はスーツの胸元に警察の者であることを示す旭日章を輝かせている。
「貴様はもう何十人も殺した殺人鬼だ。捜査も進められた。名前も顔も判明させた。……しかし!!」
男は胸の紋章を右手で握りしめ、怒気を隠すことなく目の前の青年にぶつけた。
「あと少しだったのに!捜査は打ち切りだと言われた!!クソが!この国の警察は大罪人のお前を見て見ぬふりをすると決め込んだんだ!!!」
激昂し叫び、路地裏にその声がこだまする。
二十メートルほど離れた青年もでも耳が痛くなるかと言う程の大声だ。
しかしそれに対する青年の反応は淡白だった。
「……そんなに叫ぶと危ないよ?」
「ッ!」
明らかに自分に向けられた言葉だと言うのに、まるで人事のように躱す。
心配をしているふうな言葉の内容だったが、男の怒りは治まらない。
当然だろう。
むしろ逆撫でた。
怒りを逆撫で、助長した。
男はこれでもかという程青年を睨みつけ、音が聞こえるほどに歯を食いしばった。
そして、静かな路地裏に男の怒りを込めた静かな声が響く。
「……どうして突然、上の者はお前の逮捕を諦めた」
「僕?捕まるようなことしたっけ」
「……お前は四年前の例の殺人事件を引き起こした張本人で、その後これまでに九十六人を殺害した。……これでどうして捕まらないと思う」
声は先程より大きくないが、確かに怒気は込められている。
その証拠に、男は依然として鋭く青年を視界に捕らえ、拳は両手共に握られている。
「僕は殺してないさ。勝手に皆が怒ったり泣いたりビックリして、それで死ぬんだ。知らないよ、僕。だから忠告はするんだけどね」
「忠告……だと?」
「そうさ。あなたにも言ったよ。『そんなに叫ぶと危ないよ?』…………って」
その瞬間だ。
何かが崩れた。
歯を食いしばり、叫ぶことを抑えていた男の中で、何かが決壊した。
何故かはわからない。
抑えていた怒りが爆発するような発言では無かったはずだ。
しかし、身体の下の方から頭の上に、込み上げる何かが伝う。
全ての内蔵が狂ったように怒り、脳はオーバーヒートするくらいに煮えたぎった。
「俺は……もう警察としてお前の捜査も逮捕もできない……。だが――」
握りこぶしに思いっきり力を込め、爪がくい込み血が溢れる。
しかし構わない。
今全身を流れる怒りの感情が男を感化させ、前へ押し出す。
心臓が高鳴り血が踊り、自分でわかるほどに血管が大きく脈打つ。
眼球に溢れ出した血で視界を紅く染めながら、男は尋常でない程の大声で叫んだ。
「俺がお前をぶっ殺してやる!!!!!」
人間とは思えないほど速く拳銃を抜く。
その銃口が青年の眉間を捕らえるほんの少し前。
その一瞬に、青年は口を開いた。
忠告を無視した、哀れな男に向かって。
「僕は、言うことを聞かない人が一番嫌いなんだ」
聞こえてくるはずの銃声はなく、次に路地裏で奏でられたのは銃が地に落ちる音。
石に当たり、金属音を発した拳銃。
構えていた男は、それに続くように倒れた。
前のめりになり、床に着いたまま動かない男。
血を流すことも、悲鳴をあげることも無く、ただ静かに突っ伏した。
制服に付けられている旭日章は全く動かない。
胸の拍動がないことを知らせていた。
「また勝手に死んだよ。どうせ僕のせいにされるんだろうけどね」
青年は踵を返し、男の死体を気にすることなく闇に消えていった。
全く静かな路地裏に、青年の足音は一切響かなかった。
「本部長、例の『ジェネロー』の件ですが――」
「……奴の話はもういい。あれは、我々警察ではどうにも対処できない」
警視庁本部の一室。
席に座った小太りの男と、高身長の男の二人きり。
話の内容は何にしろ、二人とも全く表情が変わらない。
「いいか北島。警察が逮捕するのは法律を犯した者。一連の殺人事件に関しては、要は『被害者を殺害した者』だ」
「心得ています」
「なら分かるだろう。あのジェネローという男を逮捕するのは無理だということが」
小太りの男は、咥えていたタバコを灰皿に捨てる。
少しずつ灰になるタバコは、まだほとんどが残っていた。
「それは、彼が化け物であり、その力による殺害だからということでしょうか」
「そうだ」
高身長の男の問いに、即答が返る。
「ジェネローの持つと思われている力は『相手が何かの感情が昂った場合、それを異常なまでに強くし発狂死させる』というものだ。これに科学的根拠はないし、これを裁く法律もない」
「……発狂死という死因は存在しません、本部長」
「言い方の問題だ。要は、『ヤツは法律で裁けないし逮捕できない』ということだ」
男は新しいタバコを取り出し、ライターで火をつける。
しかし、つけるだけで咥えない。
高身長の男は答えを得たと、踵を返す。
「ジェネローに相対した場合、怒りや喜びや悲しみを強く感じれば、それがさらに強まり、遂には脳卒中になると」
「……化け物だろう」
「ええ、化け物です」
高身長の男は扉を開け、背を向けたまま部屋を出た。
「失礼しました、本部長。次は彼を逮捕する法律を作ってきます」
「……政治家になりたいなら、その無愛想な顔をなんとかしないとな」
軽口を背中で受け、男は部屋を後にした。
ジェネローという青年は殺人犯でほぼ間違いない。
しかし、被害者の死因はいつも脳卒中。
殺人罪として彼を逮捕するには、あまりにも証拠不十分かつ、非科学的な理論に頼ることになってしまう。
故に青年は捕まらない。
そして殺人は止まらず、街の治安はそれに手を引かれて悪くなって行く。
この負の連鎖が続いているのが、東京南部、二十三番街であった。