夏の瞳
目も日焼けをするというのを聞いたことがある。
きっとテレビのニュース番組でやっていたことだと思うのだが、幼い記憶のことではっきりとは覚えていない。
けれど、夏の黄色い太陽がさんさんときらめく中で、たっぷりと白い絵の具をつけて塗ったような雲がのっかる青い空を見上げると、いつもそのことを思い出す。
私は自分の瞳が嫌いだった。
小学校の時、目が青いというだけで気持ち悪がられて、宇宙人だエイリアンだといじめられてきた。
いじめられてべそをかいて家に帰ってきたとき、たまたまついていたそのニュース番組を見て、そして私は考えた。
「目が日焼けすれば、みんなと同じ、黒になるかもしれない」
それからは毎日、家に帰ってからベランダで太陽を実目に見続けた。
いじめられた日はいつもより長く太陽を見る。それはまるで、眩しさで薄く開く瞳の中に太陽が溶け込み、やがて自分の瞳の中にもその灼熱の塊が出来上がってしまうのではないかというくらいに、私は必死でその光の塊を見続けた。
曇りや雨の日は太陽が顔を出さなかったので仕方なかったが、それでも天井からぶらさがる照明を、夕飯を食べながらジッと見つめていた。
すると母が不思議そうに聞いてきた。
「そんなお日様や電球を見続けて…、目が悪くなるわよ?」
その通りなのだ、母よ。と、その時は思った。
自分自身、日焼けよりも視力が悪くなるんじゃないかと恐々としていたが、それよりも、毎日みんなにいじめられることのほうが恐怖でしかなかった。
それでもなお、電球を見続ける私に、母は言った。
「今度の土曜日、お出かけに行こうか」
そうして休日に、母と久しぶりにお出かけをした。
デパートから始まり、可愛いお洋服に新しいおもちゃ。そして美味しいご飯を食べ、豪華な二段アイスまで買ってもらい、屋上の小さな遊園地では一緒に観覧者にも乗った。
一日をデパートの中と言えど、全力で遊びきった私はとてもご機嫌だった。しかし、楽しい時間はあっという間である。もうすぐ日が暮れる時間になった時に、私はふと思い出した。
今日は日課の太陽を見ていない。
もうすぐ日が沈んでしまうことにおかしな焦りを覚える私に、母はやさしく話しかけた。
「帰りにいつも見ている物を見に行こうか」
そういうと母は、私の手を包むように優しく握り、デパートを後にした。
日は落ち込んで、太陽はその赤さをまといながら地平線にジリジリと近づいている。
母に手をひかれ、連れて行かれた場所はデパートからずいぶんと離れた空き地だった。
そしてそこにあるものが、私はいまだにこの目に焼き付いて離れないでいる。
「今日は見ていなかったでしょう」
目的地に着き、母がそういいながらほほ笑む。
空き地にあったもの、それは山吹色の花びらをまるで太陽のカケラのごとく輝かせた、一面のひまわりであった。
「あなたがね、毎日ベランダからお日様を見てるのを横で見てたけど、あれじゃああなたの綺麗な目を悪くしてしまうわ」
優しく話す母の隣で、初めての光景に私は、あのつんざくように眩しい太陽ではなく、暖かくやわらげにこちらを向いて花咲くひまわりに感激していた。
すると、母はひと際背の高いひまわりに近づくとこちらを振り向き、
「どう? 今日の太陽はきれいだった?」
と、にこっと笑った。
それからというもの、実は母はいじめのことを知っていたことが、大人になってからわかった。
今思えば、あれは母なりの励まし方だったのだろうと思う。
ただ単に子供の目のことを心配していたのかもしれないが、それであっても、あの一件から私は自分の青い目を気にせず、そして周りも大人になるにつれ、目のことでのいじめはなくなっていった。
夏になり、あのつんざく太陽を、あの頃からは大分日焼けしたであろう瞳で見ると、いまだに鮮明に思いだす。
一番背の高い花の隣に並んだ、太陽のような母の笑顔を。




