2-1 堅信式デビュー
前話
コトゥさんに誘われて聖教会入り
俺は早めの成長期を迎え、背も伸びた。
成長期が早いとあまり伸びないと前世で聞いたが、両親ともにガタイがいい血筋だけあってか、十二歳にしてそれなりの身長になっている。
風曜日以外は今までと変わらず、聖騎士路線を意識して日課の鍛錬を継続中だ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、リュド」
今日は北区聖堂に行く風曜日だ。週一だけだが、コトゥさんの講義は楽しかった。
寄宿舎学校でどの分野を専門に学ぶか決められるよう、広く浅くさまざまなことを教わった。
普段は聖堂の図書室や会議室で開かれるが、今日は神術講義なので内庭で全員座っての青空授業となっている。
講義を終えたあと、コトゥさんと十二歳組の居残り雑談となった。
余談だが、コトゥさんは助祭から司祭に出世している。
「リュド、クリス、クルーザ、アンナは来月が堅信式だな。希望属性が決まったら忘れずに申請すんだぞ」
「私とクルーザは当然水でーす」
「もう申請も済んでます」
アンナとクルーザは顔を見合わせて笑う。
「そりゃまあ二人は水だろな」
女性はほとんどすべての人が水術を選択する。というか俺は水術以外を選択している女性を見たことがない。
一つ目の理由は、家事において水術が必要不可欠なことだ。
特に汚れを落としたり、殺菌したりする【衛生】は、掃除・洗濯・炊事で大活躍する。
またこの世界は水術があるせいで、井戸の数が少ない。
台所、水洗トイレ、手洗い場の水がめは【上級水生成】を使ってためることになる。
どこの家も筋力に優れた男が力仕事、術力に優れた女性が家事仕事という分業がはっきりしているが、水術で家事がすぐに終わるため、共働きが基本になっている。
「『花嫁修行は水術修行』って言われるぐらいだからな」
コトゥさんの言葉に二人もうなずいている。
家事だけではなく、仕事面でも有用な水術は多い。
畑の近くに井戸や川がない農家は、農業用水を【上級水生成】でまかなっている。
飲食業では【衛生】使いが最低一人、店にいるよう法で義務づけられていて、【保冷】や【浸透】なども役に立つ。
【回復力強化】は医健ギルドの必須術で、軍従事者にも人気だ。
「もうずーっと、水の加護を待ってたから、やっとって感じだよー」
「お肌も髪も待ち遠しいです」
とはいえ二人が話しているように、二つ目の理由のほうが女性にとっては大きいようだ。
水の加護は肌や髪のうるおいが増す。また、病気や体調不良に対する抵抗力も向上するため、女性にとっては実質、水一択みたいなものらしい。
ちなみに、それ以外の加護は風が俊敏性、土が筋力と持久力、火が精神力を向上させるようになっている。
改めて同い年の女の子二人をまじまじと見る。現時点でも二人は文句なく美少女だが、うるんだ唇、うるんだ瞳をこれから得るのだと想像すると、その破壊力に末恐ろしくなった。
茶髪のロングヘアはクルーザ・ルテル。
ぱっちりした目が可愛らしい。
祖父は有名な水術使いで、王宮筆頭医師として一代のみの爵位を得ていたらしい。
残念なことにクルーザの両親は見込み薄で、現在は苗字持ちの平民の子だ。
クルーザはおとなしい性格だが術力の多さはすさまじいらしく、現教皇すら超える「神童」だともっぱらのうわさになっている。
「最近、ますます両親からの期待が重いです」
とはいえ、本人はそれを喜んではおらず、よくぐちっている。
返り咲きたい元・貴族の娘も楽じゃないようだが、多大な術力を生まれ持った宿命としてあきらめるしかないだろう。
けっして、俺の術力の少なさからくる嫉妬ではない。
赤髪ショートはアンナ。
パン屋の娘だが、聖適性があって就学前講義に呼ばれている。
内面は無邪気そのものだが、外見はすらりとしたスタイルで大人びている雰囲気だ。
その二面性がウケるのか、就学前だというのに早くも年上の寄宿学校生から情熱的に口説かれている。
「リュドの旦那もー、早めに私を口説いておいたほうがいーんじゃないっすかー」
モテ自慢を隠そうともせず、軽い口調でからかってくるのは完全に勝者の余裕というやつだ。
腹いせに、ひっきりなしにアプローチをしにくる年上の男どもを、もっと勉学に励めと蹴り飛ばしたくなるが、当然これは嫉妬ではない。
「俺は当然、風術です」
「まあ馬術極めるなら風だよな」
「軍務伯家なら無難だろな」
「クリスっぽいねー」
「イケメンは風率が高めらしいですからね」
親友のクリストファー・ジラールは目元が涼しげなイケメンだ。
腹立たしいことに、さらさらの髪は現時点でも風になびいているかのように見える。
なおかつジラール伯爵家の生まれで馬術が得意という、まさにこの世の不公平を体現したかのようなイケメンだ。
「三男坊が継げるわけじゃない。平民と同じだ」と本人はよく言っていて、宮廷学校ではなく聖教会寄宿学校を志望したのも自主的な動機らしい。
まあそのエピソードも「気取らなさが素敵」となってしまうので、イケメン補正は本当に許されない。
もちろん、嫉妬ではない。
「ただ、軍務向きの風を選んでも、上の兄貴の手伝いはしません」
風術は軍や流通、漁師、猟師に人気の属性だ。
【疾風】は自身や馬にかけることで俊敏性が得られ、帆船乗りはこぞって【上級風吹】の強さを競い合う。
ちなみにマルセーズ王国は平和協定の提唱国で戦争こそないが、軍は普通に存在している。
軍と言っても日本でいう警察、消防、災害救助隊、山岳救助隊、海上保安庁、国土交通省、郵便局、税関が一緒になったような組織で、貴族が編成・指揮をしている。
「せっかく貴族生まれなら従士家になればいいのに。小隊指揮官はだいたい【拡声】持ちらしいし」
「上の兄貴に一生仕えるなんて冗談じゃない」
平民生まれの俺にしてみれば、兄の太鼓持ちで安定した暮らしが得られるのはうらやましい限りだが、そうでもないのだろうか。
「リュドは何の属性にすんだ?」
「土だろう。教会衛士のバイトをするなら、組む俺とは別の属性がいい」
クリスは早くも、俺とペアでバイトする気まんまんだ。
「土がいいと思うなー、やっぱり男の人は力持ちさんが素敵だよー」
アンナにそう言われると、乗せられたみたいで嫌なのだが。
「細身イケメンと男前の組み合わせは定番の良さだと思います」
クルーザの意見は何かちょっとおかしい。
土術の有用性はなかなかに、幅広い。
農家なら【土壌良化】、土木建築なら【加工】が鉄板だ。
【筋力強化】も肉体労働系や軍従事で役に立つ。
俺の場合は聖タンポポ茶で術力を増やせるため、土木建築無双ができそうだ。
聖の身体強化効果と併せて、ダブルガチムチ狙いも悪くない。
「一応、本命は土術で考えてはいます」
俺の返事に、なぜか同い年三人は満足そうにうなずいた。
「でも水術もけっこうありだと思ってるんですが、それはどうなんでしょうね」
実は使ってみたいと思わせる術は圧倒的に水が多い。
男でも水を選択する者は多いので、多いなりの需要も期待できるだろう。
「水術が便利なのは否定できねえがな」
「リュドには似合わないな」
「男が美肌狙いは嫌かなー」
「うちの実家がそうですけど、夫婦で同じ属性はやっぱり不便だと思います」
ひどい言われようだが、女性が水一択の現状で考えると、やはりかぶるのはよろしくないだろう。
俺の人生の生活設計三番を考慮すると、女性うけも大事だ。
しかし、ここまで火は話題にもなっていない。
「なんで火は不人気なんでしょうね」
「昔から少ねえな火術使いは」
「家庭だと、基礎の【着火】に炭と油があれば事足りるイメージだ」
「変わった人が多いよねー」
「暑苦しい人が多いですよね」
本当にひどい言われようだと思う。
とはいえ【衛生】のせいで風呂の文化もなく、この世界は炭も油も安いとくれば、火のありがたみは少ないのだろう。
「そもそも戦時中ですら、殺傷力が高いわりに少なかったからな」
「それってどういう理由だったんですか?」
殺傷力が高いとなると、たくさん火術があるほうが良さそうなもんだが。
「ま、【水壁】で防ぐ側の数と術力のせいだろな」
なるほど、この世界では女性の従軍者も多い。水術には怪我や疲労の回復だけではなく、防御の術もある。
ただでさえ女性は術力が高めで、しかも数が多いとなると、火はあまり有効ではないのだろう。
「どーしてコトゥさんは、火なんか選んだんです?」
「ちったぁ遠慮しながら聞けよ」
アンナは本当に遠慮というものを知らない。
「いろいろあんだが、ガキの頃は火ぃ出すのがかっこいいと思ってたのが一番だな」
どうやらコトゥさんは厨二病らしい。他の三人の目も冷ややかだ。
「一応希少価値はあんだぞ。人数が少ない分、いろいろと応援で呼ばれるから、食いっぱぐれは絶対にねえぞ」
そう言えば、村に近づいた狼の山追いでコトゥさんが呼ばれたこともあったか。食いっぱぐれがないなどという単語にはつい食いついてしまう。
「例えばどんな応援で呼ばれますか」
「司祭だと火葬だな」
聖教会では火葬以外は認められていない。説教、献花のあとに火葬場まで仕切れるコトゥさんは、まさに葬式マスターか。
「あと、港につんでるカキ殻を焼くのに呼ばれるな。石灰になるらしい」
「ほ、他には……」
「教会棟の【灯り】の点火作業で、教会衛士と一緒に夕方ちょろっと出てまわったりもある」
「雑用っぽくないのは何かありますか」
「夏の【花火】祭りと冬の鍛治祭りの炉は、俺が回してるみてえなもんだ」
「いいように使われてるだけなんじゃ……」
「人徳に決まってんだろ」
聞いて損した感でいっぱいだ。
コトゥさんが慕われていることに異論はないが、俺はブラック勤務はごめんだ。
やはり土がいいだろう。
「こんなコトゥさんにも美人の奥さんがいるし、やはり聖術は偉大だ」
「こんなって言うんじゃねえ」
俺の聖の力も、来月以降は隠す必要がなくなる。
どんなバイトをしながら学校生活を送ろうか、今から楽しみだ。
聖教会の【堅信】は、洗礼式と同じくルゥド河を引き込んだ泉につかって受ける。
初夏らしくない肌寒さと泉の冷たさで、周りの子供たちも少し震えているようだ。
大勢の人が見守る中、土術を希望する子供の列が順番に進む。
俺の順番となり、頭上で泉の水がしたたる冬小麦の穂が振られると、術力が開放されるかのような感覚を得た。
これからは聖の術力を人前で使えるようになる。聖なる力が俺の人生の幸せを約束してくれるとなれば、堅信の言葉は聖者様への感謝がベストだろう。
この日に備えて、聖の基礎神術は習得済みだ。
前もって聖タンポポ茶を飲んでおいた俺は体に術力を通し、【聖約】で堅信の言葉を述べた。
【聖モレルの献身に心から感謝し、等しくまねぶ覚悟と共に、我が堅信を誓います】
息をのむ音とざわつく音が周囲に広がった。
俺の聖なる力を使った人生の生活設計は、順調な滑りだしと言っていいだろう。
「リュド……、堅信の誓いが【聖約】として響くなんて、史上初じゃないか」
「リュドすごーい……」
「体全体が、金色に光ってます」
すでに堅信を済ませた就学前講義組の三人も驚いているようだ。
聖タンポポ茶を飲んだあと、自分の順番まで待ち長いことは不安要素だったが、堅信式が泉につかる形式で本当に良かった。
俺は目を閉じたまま尿意を開放し、体をぶるりと震わせる。
「あの少年、信仰の悦びに震えているじゃないか」
「心なしかほほえんで、神々しさすら感じるわ」
「わしらは伝説の目撃者になったのかもしれん」
大勢が感動に酔いしれている中、麦穂を持ったコトゥさん一人だけが顔をゆがめていた。