1-8 聖教会入り
前話
狼を追い払ってコトゥに問い詰められる
どうやって納得させようか悩む俺を見て、コトゥは再び口を開く。
「ちっと、村長たちも外してもらえるか」
この男と二人きりにされるのは怖いが、村長夫婦はあっさりと部屋を出てしまった。
どうあってもお茶を濁して終わらせることはできないらしい。
【よし、まず言っとくが俺はお前の味方だ。今からお前が話すことを、お前の不利益になるようには絶対にしない】
金色の光を出すコトゥの言葉が、とてつもない説得力で俺の胸と頭に響いた。
あっけにとられて言葉が出ない俺に、コトゥはにやりと笑う。
「今、俺が嘘を言ってなかったことが直感でわかっただろ?」
「わかります。これは、いったいなんでしょう」
「これは【聖約】って神術で、教衆者なら全員使える基礎聖術だ。言葉に聖の術力を乗せることで、本音しかしゃべれなくなる。しかも心変わりしても、自分が【聖約】したことは絶対くつがえせねえ制約がかかる」
つまりは、今コトゥは害意や敵意がないことを証明するために使ったということか。
こんな神術が使える教衆者は、おちおち悪事も働けないだろうし、その点でもやはり聖教会は信用できそうだ。
「聖モレルと同じ神術が使えるとなりゃ、聖教会としちゃ早めに保護してえ。力を出せたり出せなかったりするもんなら、なおさらだな」
「保護、ですか」
「おう。聖術は軍事にしろ、商売にしろ、とんでもない力を発揮するものがある。王家やら豪商にいいように使いつぶされねえように、聖術使いはなるべく聖教会に集めてんだ」
「使いつぶされた例ってあるんですか?」
「【聖約】だけしか使えない奴でもけっこうあるぞ。例えば……」
コトゥは指を一本、ぴんと立てた。
「戦時中の話だと、他国への使者だな。王に近い立場にいることと、持ってきた手紙に嘘がないことを【聖約】すりゃ絶対の信用が得られる。だがその価値に気づいた敵国に捕まり、従わなかったら殺されちまった」
納得している俺を見て、コトゥは二本目の指を立てる。
「最近の例だと骨董商に雇われた場合もある。贋作じゃないと【聖約】して儲けてたんだが、そもそも雇い主が贋作を見抜けてなくてな。あとで商売先の貴族から訴えられると、今までの顧客が返金希望で殺到だ。結局賠償もできず、有罪で投獄された」
なるほど、真作の証明ではなく、本人が嘘をついてないことの証明だと伝えてなかった悲劇ということか。
「ひでえ話だと、隣国の公女が聖の術力に目覚めたやつだ。王太子に嫁いだんだが、国民の前で王の善政を【聖約】で褒めたたえるように強制されちまってな」
「うわぁ……結果が予想できそう」
それを強制させている時点で、善政をしてなさそうな予感しかない。コトゥは立てた三本の指をぱしぱしと手のひらで叩いている。
「結婚式で急に言われたらしくてな。黙り込んじまった公女に怒った王は、偽物だと騒いで公女を手討ちにしちまった。そっから内乱が二十年続いて、国はひっくり返った」
立場的な身の安心が必要だと考えていた俺だが、この世界は貴族や王族でも悲惨な場合があるようだ。
「上級が使えるならなおさらだな。村の入り口で狼相手に俺が使った【聖火】だが、あれはハッタリの炎じゃねし、水で防げねえ」
「たしかに距離がそこそこあるのに、けっこうな熱さを感じたような」
「戦時中に俺の【聖火】の力を貸してくれと、防衛戦の従軍要請が国から来たことがある。村や町ならともかく、軍事施設の防衛には力を貸さねえ決まりで、聖教会が断ってくれたがな」
「ちなみにその行かなかった防衛戦の結果は?」
「隣国の街道拠点の都市を大軍で急襲するために、その砦はかなり手薄な戦力だったらしくてな。一晩であっさり押し潰された」
「ひぃぃ……」
つまり丸根・鷲津砦のようなところだったということか。
だんだんコトゥの提案が天使の福音のように思えてきた。
【これでだいたいわかったろ。聖教会一強が一番、安泰なんだよ。聖術使いにとっても、国にとっても、世界にとってもな】
コトゥはもう一度、【聖約】を使った。少なくとも今、彼は俺をはめようとはしていない。
もっとも彼がそう思っているだけで、俺にとってはそうでないという可能性は残るが。
村長の歴史講義でも、聖教会が尽力して今の平和があると聞いた。ならば、ここは信用してもいいだろう。
ただし、聖タンポポ茶を横取りされない範囲で、だ。
「わかりました。俺も貴族や商家に勤めるつもりはないですし、望むところではあります」
「おう」
「まず聖強保護と自然治癒は、術を使ってそうなってるわけじゃありません」
「まあ堅信式もまだだし、上級が使えないのは当然だわな」
「俺は聖の術力を一時的に得る方法を発見したんですが、その状態で勝手に起きる現象みたいなもんです」
「その方法ってのはどんなだ」
そりゃあ聞いてくるか。
「すみません、それは俺が死ぬ前ぐらいにお話します」
「ガキらしくねえやつだな。八歳のガキンチョなら、普通は鬼の首取ったみてえに自慢してくるもんだろ」
前世の記憶があることや、前世が異世界だということを話すべきだろうか。
聖の術力を得る方法を話せないとなると、他の秘密をしゃべっておくほうが秘密一点張りにならなくていいかもしれない。
それに別にばらしたところで、俺に不都合があるわけでもない。
「実は俺は前世は別の世界だったんです。そしてその記憶が、今でもはっきりとあります」
「まじかよ。合計何歳だ、今」
コトゥは驚くこともなく、ずいぶんと軽いリアクションだ。
「二十四歳と八歳で三十二歳ですね」
「俺と同い年じゃねえか」
「あんまり驚いてないですけど、他にもそういう人はいるんでしょうか」
「先代の教皇もそう言ってたらしい。聖教会主導の貨幣統一、為替発行、資金貸付業、児童教育を考えたのは、前世の知識を参考にしたって話だな」
「地球出身とか言ってたりしませんでしたか」
「チキュー、それは聞いたことねえな」
さらに別の世界からなのかもしれない。とはいえ良い前例があるなら、前世知識を役に立てて出世のネタにすることも期待できそうだ。
「んで、脱水状態だった理由は?」
「副作用でとんでもない量の尿が出るんです。今後は脱水状態にならないように、しっかり水分補給します」
「川だったから漏らしたのがわからなかったってことか。けっこう大変だな」
「はい、おれはこれを聖水と呼んでいます」
「やかましいわ」
どうやら聖タンポポ茶については追求されずに済みそうだ。
「んじゃ教衆者連中と上には『聖の適性持ちだが、それを隠せる能力がある』ってことにしとくし、村長夫妻にはもっかい口止めしとく。普段は人目につくところで使うんじゃねえぞ」
「わかりました。お願いします」
「聖術力使うと尿意がやばくなるってのは、話さない方がいいのか?」
「なんで尿意がひどくなるのかと、詳しく突っ込まれても困りますんで、なんとかばれないようにします」
「わかった。んじゃ、飯でも食わせてもらうか。腹も減ったろ」
夕飯はまさかの狼鍋で、予想に反してくさみもなく美味しかった。
村長はアリゼさんの水術による血抜きのおかげだと言い、アリゼさんは村長が栽培しているサフランのおかげだと褒めあっている。我が家と同じく、夫婦仲はいいようだ。
一夜明けて朝、コトゥと一緒に帰宅した。
俺に聖の適性と聖教会勤めの意思があること。
聖教会勤めをするには、十二歳以降に聖教会の寄宿学校に通う必要があること。
北区にあるので、通いでも問題ないこと。
十二歳になるまで、週一で就学前児童の講義に通えることなどを、コトゥは説明した。
「就学前児童の講義は別に強制じゃないが、リュドなら前倒しで勉強しといたほうがいい」
コトゥの説明に家族全員がうなずいた。
「リュドが聖適性持ちとはな。将来は聖教会勤めか」
「じゃあエドモンさんの次の神師様を継ぐのかしら」
「こんな小さな村の神師より街の教衆者だよ。ゆくゆくはコトゥさんが聖都の司教になるだろうから、リュドもしっかりついていくのがいいね」
家族は上機嫌だ。なにやらフィル兄のコトゥヨイショが激しいが、俺が知らないだけで若手の有望株と評判らしい。
「朝食、ごちそうさまでした。んじゃリュド、次の風曜日、朝二つの鐘だぞ」
コトゥは父から渡されたかぼちゃの土産をかついで帰っていった。
色々あったが、案ずるより産むが易しとはこのことだろう。この世界で安心した人生を送るならやはり聖教会勤めが良さそうだ。
【聖約】が使えるようになれば、無実の罪を着せられるようなことはないし、聖教会所属なら昨晩聞いた話のような理不尽な目にあうこともないだろう。
俺の生活設計の力と後ろ盾は早くも見通しが立った。
金に関しては大きな稼ぎ道を考えるのはしっかりポジションを確立してからのほうがいいだろう。
まあ聖術が使えて聖教会勤めをする場合は稼ぎも悪くないらしいので、あせることはない。
昼、村長は狼の毛皮を俺に持ってきたが、にわとり小屋を荒らされたマルセルさんの生活も大変だろうと思い、彼に渡すよう伝えて辞退した。
村の皆からは狼を撃退したことの感謝と、聖の適性が認められて聖教会預かりの身となったことを、口々にお祝いされた。
朝二つの鐘=朝八時です。
六時=ゴーン、八時=ゴーンゴーン、十時=ゴーンゴーンゴーン
正午=ジャーン、十四時=ジャーンジャーン、十六時=ジャーンジャーンジャーン
十八時=ボオゥゥン
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