1-6 襲撃 〜エドモン視点〜
前話
村長エドモンと狼の話
「狼よ!」
「家に入りなさい!」
複数の女性の叫び声が、夕暮れ前の村に響いた。
エドモンは予想もしていなかった事態に、あわてて扉を開けて村を見渡す。
「襲われておるのは……にわとり小屋か!」
村の入り口付近にある小屋の薄い戸が破られていた。
村人が襲われているわけではないことに、エドモンは少し安心する。
【襲われておるのはにわとり小屋じゃ! 皆、絶対に出てくるでないぞ!】
風術で村に警戒を呼びかけたあと、素早くエドモンも家に入り、扉に鍵をかけた。
「あんた、外の具合はどんなだい」
いつのまにかエドモンの妻アリゼが、鉈と包丁を構えてエドモンの後ろに立っていた。
「大丈夫じゃ。おそらく入口のにわとりだけ喰らって、出ていくじゃろう」
エドモンはまるで自分に言い聞かせるかのように、願望混じりの予想を伝えた。
にわとりの世話をしている村のマルセルは、幸いにも山追いで不在にしている。
このまま被害無しで事態が終わることのみを期待し、外側に格子戸がついた窓から村の様子を観察し続けた。
「それにしても異常じゃ。狼が人里に、しかも日が暮れる前から来るなどとはな」
「よっぽど飢えてる群れなんじゃないかね。にわとりだけで出て行くならいいんだけどね」
アリゼはエドモンに鉈を渡しつつ、自身は包丁を逆手に持った。
「山向こうで大規模な山火事があったそうじゃが、それが何らか関係してるかもしれんな」
「あんたっ! 狼が村の中に入ってきたよ!」
台所の小さな煙窓から外を見ていたアリゼが叫んだ。
すぐに狼たちはエドモン宅の正面にやってくる。
先頭の三頭は向かいの家の勝手口に突進したり、木戸の割れ目にかみついたりし始めた。
「「いやああああああああ!」」
向かいの家の女性と、幼い女の子の叫び声が響く。
「いかん! リリアたちが!」
エドモンは正面の息子一家が勝手口の戸の修理前だったことを思い出し、顔面蒼白となった。
村の男連中は全員出ていて、他に助けに行ける者もいない。
狼は今にも木戸を食い破ろうとしている。
「お前はここにおれ! 【疾風】で、すぐに一頭仕留めて追い払うわい!」
義理の娘と孫の危機に、エドモンは即決した。
「なにいってんだい。最悪、自分一人喰わせればいいとでも思ってんだろう。私も行くよ」
「おまっ、なにを――」
「問答してる暇があるもんかい!」
言うが早いか、アリゼは鍵と扉を開けた。
「十頭ほどか……、こっちじゃ狼ども!」
扉を開けた以上はどうしょうもないと開きなおり、エドモンは大声で狼の注意を引いた。
胸の前の手から緑色の輝きがあふれ、エドモンとアリゼの体全体を包む。
エドモンは老体に似つかわしくない俊敏な動きで、一番近くにいた狼の頭上に鉈を振り下ろす。続いて、左右から飛びついてくる狼を後方に跳んでかわした。
「とっとと消えないとひどい目にあうよ!」
アリゼが青い光の漏れる手のひらを前に向けると、スイカ大の水の球が狼の顔を包んだ。
顔を振っても地面を転がっても水球は外れず、狼が酸素を求めて悶絶する。
隙あらばかみついてこようとする他の狼は包丁を振り回して牽制し、エドモンもアリゼが囲まれないようにフォローした。
生垣と塀を利用して二方向のみで狼に応戦し、ほどなくして鉈と溺死で二頭を仕留めた。
しかし予想に反して状況は変わらない。
「なぜじゃ、二頭もやられたのに、こやつらまだ引こうとせん」
エドモンを包む緑色の光は、だんだん薄くなってきている。それを見てか、群れの後方にいた一番大きなボスがいつのまにか前に出てきていた。
ボス狼は動きの鈍くなったエドモンの鉈をかわし、切り返しより早く右腕にかみつく。
武器を持った利き手に喰らいつかれるという状況に、エドモンに終わりの予感と激痛が走った、その瞬間――
金色に輝く少年が、ボス狼の横っ腹に突っ込んできた。
エドモン視点です