1-5 狼の山追い
前話
聖タンポポ茶の効能
今日も村長宅に行こうかと思ったが、何やら村が騒がしい。父ダミアンも弓や鉈などを出して、朝から手入れをしていた。
「罠にかかってたウサギが、食い殺されてたらしい。最近、狼の群れが村の猟場に近づいてきてるから、男連中で山追いして遠ざけることになった」
「まあ……。大勢なら心配ないと思うけど、無理して怪我なんか絶対にしないでね」
「大丈夫だ。愛するお前たちの元へ、無事に帰ってくると約束する」
二人の世界に入っている両親は放っておき、兄にたずねることにした。
「フィル兄さん、村の中を出歩くことは大丈夫?」
「狼は賢いから、人間に近づきすぎることはあまりないんだってさ。村の外に行かなければ大丈夫だと思うよ」
格子戸の間から村を見ても皆、普通に出歩いてはいる。
兄の許可もあるし、もしも狼が来たところで、木の上にまでは登ってこれないだろう。
「リュドや、狼の話は聞いたかの?」
村長のエドモンも、開口一番は狼の話題だった。
年齢もあってか、さっき出発していた山追い組には不参加らしい。
「でもなんで追い払うだけにするんだろう。困るようなら罠とか毒の餌とか使えばいいのに」
「ほほう、いい質問じゃな」
村長はにっかりと笑う。
「もちろん狼の数が増えすぎるようなら、そうするかもしれん。だが猟場と軽くかち合う程度なら、無理に狼を駆除しようとしては森のため、人のためにもならんのじゃよ」
「森のため?」
「さよう。狼は森の守護者と呼ばれておる」
前世でも、何やら聞いたことのあるフレーズな気がしないでもない。
「森に入ってくる相手を排除する役目ってこと?」
そうなるとますます駆除したほうが猟師にとっては良さそうに思う。
「それもあるが、狼を駆除してしまうと森そのものが滅びる可能性もあるのじゃ」
「どうして?」
理由がわからない俺に、村長は丁寧に説明する。
「狼の群れを全滅させると、鹿などの草食動物が次第に増える。そうなると森の背の低い植物がほとんど食い尽くされる。すると小動物や熊はその森を離れ、いっそう貧弱な森へと変わっていくのじゃ」
前世で観た自然ドキュメンタリー番組を思い出す。
「天敵がいなくなった鹿はさらに増え、貧しくなった森から、人里の畑を荒らしに来るのじゃ。残された森も、地崩れなどが起きやすくなる」
そういえば日本はニホンオオカミが絶滅したせいで、農作物の被害が増えたんだっけ。
それにしてもこの文明レベルで、生態系や自然環境の概念を理解している村長はすごいと思う。
まあこういう話をしてくれるから、俺はいつも村長宅に押しかけているわけだが。
「狼だけではない。すべての生き物に役割があって、何かが欠けてしまうと全体がうまくいかなくなる。それは人の社会でも同じじゃ」
たいていの話を教訓にする村長は、今日も意味深な締め方をした。
「でも追い払うつもりでも、狼のほうが襲ってきたら?」
「群れの先頭だけ、殺すことになるじゃろうな。そうなったら狼も逃げ出すじゃろう」
「先頭ってことに何か意味がある?」
「ボスや若い夫婦は群れの後方じゃ。先頭は力が落ちてきた年寄り狼が多い。殺しても群れの存続に影響はせんじゃろう」
「なんかひどい話だな」
「自然を生き抜くというのは厳しいものじゃ。老いた者が若者や子供の足を引っ張ってはならんからな」
「俺は人間に生まれてよかった」
「なんの。人間とて、若者と年寄りを比べるなら、若者を優先させねばな」
村長は俺の頭をなでながらほほえんだ。
「そういえば今日の夕方には、聖教会から応援が来るそうじゃ。広範囲の空に上がる【聖火】を使えば、狼もしばらくは近寄らなくなるじゃろう」
「たぶん助祭のコトゥって人かな」
火と聖術を使っていたガラの悪い助祭が頭の中に浮かんだ。
それにしても聖術は色々と便利なようだが、教わる相手がいないのは困ったものだ。聖の力を得た俺は、やはり将来は聖教会勤めがいいのかもしれない。
視点が変わるのでここと次の話は文章量少なめです。