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聖水騎士様はブラックが許せない  作者: 寺内ワタル
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1-4 聖活設計

前話

身の振り方構想

 開放感のある場所での放尿もいい。だ静まり返った木々の中でおごそかに放つのも、おつなものだ。

 放尿後にぶるりと体を震わせて、もと来た方向に戻ろうとしたそのときだった。


「なんだありゃ」


 視界の左にかすかに光るものが見える。

 そこはちょうど、石碑広場の突端の下だった。

 家ほどの高さの崖下は、木々や雑草が生い茂っただけの場所だと思っていたが、よく見ると茂みの先にちょっとした空間がある。

 木々や葉の合間から見えるその空間に、かすかに光が見えた。


 慎重に草を押しわけて進み、茂みを抜けた。

 空間には日が差していて、そこにはうっすらと金色に光るタンポポが咲いていた。



 小さな崖の足元にはかがんだ大人一人分ほどの洞穴があり、赤子の頭ほどの大きさの、球体の花崗岩かこうがんが鎮座している。


「これは……、恋慕石れんぼせきか」


 後家石ごけせきとも呼ばれる球体の石について、村長から知識としては教わっていた。

 しかし、実際に目にしたのは初めてで、思った以上の綺麗な真球ぶりに驚く。

 恋慕石とは、結婚相手を亡くしたあとに再婚の意思がない者が、長い期間をかけて磨き上げる石だ。 

 生前の思い出を石に話しかけながら磨き上げる事で、伴侶の魂が穏やかに現世に留まり、いつか自身も亡くなった時に、連れ立って天国へ旅立てるという伝承がある。

 伴侶を成仏させずにこの世に留めるというのは、日本人の死生観しせいかんとは大きく異なるが、この世界では仲が良かった夫婦の定番らしい。


 それにしても、このように恋慕石がそこらに転がっていることは通常ありえない。

 作成した恋慕石は夫婦の名前を刻み、夫の好きだった場所に沈めるか、埋めるかするものだと村長からは聞いている。

 ごろりと石を転がし、彫られた夫婦の名前を見て納得した。


「マテュー・モレルとブリジット・モレル、か」


 モレル姓を名乗る事は聖教会によって禁止されており、ブリジットは聖モレルを支えた妻として歴史に名が残っている。どうやらこれは聖者夫婦の石とみて間違いはなさそうだ。

 ダンドリオン村の石碑広場こそが、聖モレルが最も愛した場所であるという逸話はどうやら事実だったらしい。


 地表に転がっていた理由は、洞穴ごと土で埋めていたのが長い年月で土だけ侵食され、このようになったのだろう。

土に埋められていたなら、そうでなくとも四百年以上の歳月を経たら石材などはぼろぼろになっておかしくないのだが、不思議な事に石は昨日磨き上げられたかのような状態だった。


 しかし、聖者夫婦の恋慕石となると、どう扱うべきか。

 間違いなく貴重なもので、気軽に放置もできない。

 しかし、常時誰かが見張れるような村ではなく、おそらく村長に知らせた時点で聖教会本部に持っていかれるだろう。


「それは果たして正解だろうか」


 とっくにブリジットもお亡くなりになり、仲良く天国に召されているはずではある。ならば、もともとの役割は済んでおり、特に気にする事はないのかもしれない。

 とはいえ、本来は誰の目にも止まらぬように埋められる物だ。世界中で慕われる聖者様だが、夫婦の絆までもが観光客の衆目に晒されるのは気の毒では無いだろうか。


 しばらく考え込んだ末、もう一度埋めることにした。少し離れたところの土を掘っては洞穴に運び、その繰り返しで洞穴をふさいでいく。

 八歳にはつらい作業だが、鍛錬しようと思ってここに来ているわけだし、乗りかかった船というやつだろう。




 やがてすっかり土に埋まった洞穴を見て、一安心する。

 周囲の土を掘った際に抜いた金色のタンポポは、しばらくすると光が消えた。

 聖者様の加護にあやかれるかもしれないと考え、このままもらっていく。

 広場の沢でさっと洗って葉をかじってみた。


「うっま」


 さっきまで金色に光っていた葉は、驚くほど清涼なシャキシャキ感をしていた。

 満足感と疲労感にも包まれながら、夕暮れに染まる家路を歩いた。

 そして聖なるタンポポでお茶を作って、翌日その効能に気づき、今に至る。



 聖なるタンポポの根と葉から作った聖タンポポ茶は驚くほど美味かった。

 葉部分も使う事で、いっそうコーヒーっぽさは無くなったが、代わりに清涼感が増した。

 葉っぱの清涼感、根の香ばしさとコクが絶妙にマッチし、後口にはキャラメルのような甘さがかすかに感じられる。


「これはうまい」


 便利なことに、煮出したあとでも時間で風味が悪くなったり腐ったりすることがないようだ。

 試しに二十日ぐらいとっておき、毎日味を確認したがまったく変化がなかった。


 聖タンポポ茶の価値は飲み物としてだけではなかった。

 飲んだ後に力がみなぎるのを感じ、試しに身体全体に術力を流してみる。

 体を包む術力が金色に光り、その状態では力強さ、身体のキレ、持続力などの身体能力が大幅に向上する事に気づいた。

 試してみると、腰の高さぐらいもある岩が簡単に持ち上がってしまうほどだ。

 ゆっくりと効果は薄くなるが完全に消えるわけではなく、追加で飲んだら追い増しも可能なようだ。


 身体能力強化以外の効能もあった。

 筋肉痛や疲労なども飲んだ直後から即座に解消し、打ち身、すり傷、切り傷などは、できた瞬間から治っていく。


「まさに、伝説の聖者様の力じゃないか」


 術力も飲んだ量に応じて増大したが、残念なことに基礎神術は術力が大きくなっても火柱や大津波や竜巻や巨大岩石を作れるわけではないらしい。

 そこは十二歳以降の上級神術に期待しておこう。

 怪力、疲れ知らず、自動回復だけでも僥倖ぎょうこうというものだ。

 これで人生設計の一番は完全に見通しが立ったと言えるだろう。


 聖タンポポ茶の検証が終わると、これも地面に書き記した。


「つまり、メリットをまとめるとこうなる」


一、飲む量に応じて術力が増大

二、聖属性の効果も同時に得て、自動治癒と身体能力強化の効果

三、飲んだ直後が効果のピーク

四、追加で飲めば追い増し可能


 ただしデメリットも存在した。

 普通のタンポポ茶にもある利尿作用が、本来の体の水分バランスを無視するぐらいまで強化されていた。


「こ、これは用を足せないタイミングだと、とてもじゃないが飲めないな……」


 壊れた蛇口のようになった体をぐちる。

 また、用が足せたら問題ないというものでもなかった。

 あまりに急激な利尿作用は、本来必要な体の水分まで失うほどだった。

 聖タンポポ茶を飲んで用を足したあと、のどの渇きがなくなるまでに飲んだ真水の量は、聖タンポポ茶の実に十倍近かった。

 最初から水で十倍に薄めておけば、トントンで脱水の心配はない。とはいえ同じ効果を得るまでに十倍の量を一気飲みするのもつらい。


 悩ましい選択だったが、結果的には薄めずに持ち運ぶことにした。

 必要なときには、まずは聖の力を得る。そのあと、脱水状態にならない程度に【水作成】を口の中に発生させて飲めばいいだろう。



 聖タンポポ茶は日々多量に消費し、かつ一年を通して飲み続ける事になるはずだ。

 ならば、この季節のうちに大量に自作しておく必要がある。

 心強いことに聖者様の恋慕石の前には、抜いても抜いても聖タンポポがすぐに育っていた。


「間違いなく、聖者様が俺に味方している」


 引っこ抜いた聖タンポポを洗いながら、確信をもって一人つぶやいた。




【盾】を習得するシーンを堅信式以後に移動しました

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