1-3 生活設計
前話
神術デビュー
ダンドリオン村には聖者マテュー・モレルの石碑が置かれた広場がある。
聖モレルが首都で一番愛した場所と伝わるだけあって、山の斜面を吹き上げる風が心地よい。
とはいえ戦争に関する特別な逸話もなく、観光に来る者はあまりいない。
だからこそ、もくもくと木剣を振って鍛錬する俺にはうってつけの場所だ。
村長宅で勉強半分、この広場で鍛錬半分が俺の日課となっていたが、今日は思案したいこともあり、軽く汗が吹き出るぐらいでいったん中断することにした。
今日は洗礼式という言わば幼少期の節目の日だった。
子供としては順風満帆。ただし、今後の人生には多大な不安がつきまとう。
前世のような失敗はもうしたくない。
努力せずに楽な方向へ流れ、苦しい人生となった。
辛い環境を思考停止で受け入れ続けて、抜け出せなくなった。
今世こそは幸せな人生を送らなければいけない。
抑えるべきポイントをリストアップし、木剣で地面にがりがりと書き連ねる。
一、力
二、金
三、愛
四、後ろ盾
書き終えると手首を鋭く振り、木剣を地面の一番にかざす。
前世から独り言が多かった俺は、それぞれを口にしながら確認していった。
「まずは物理的な安全、つまり力だ」
十年間戦争が起きてないとはいえ、これからも平和とは限らない。
世紀末的な悪党が世にはびこる状況になった場合、無力な市民のままでは降りかかる火の粉を払えないだろう。
もちろん軍隊相手に戦うわけではないし、力で何でも解決しようとする方針でもない。
ただし、悪党相手に独力で叩きのめすか、最低でも逃走ができる実力は必要だ。
ならば、毎日の鍛錬と術の訓練はこれからも継続しなければならない。
「次に先立つもの、つまり金だ」
金にあくせくしているようでは、幸せな生活とは言えない。
平均的な平民で甘んじた場合、もしもの怪我や病気や事故で暮らしが立ちゆかなくなってしまうかもしれない。
なにやら入院保険のCMみたいな言いようになってしまったが、金は多く稼ぐに越したことはないだろう。
現代日本の知識も、きっと金稼ぎに役立ってくれるはずだ。
「ただし、がむしゃらに突っ走るのはダメだ。同時に後ろ盾が要る」
出世や金に向かって、ただ突っ走るのは危険だ。
こちらの世界は現代日本のような法治国家とはまったく違う。
人対人の民事裁判や日々の教義違反は聖教会が仕切っているが、国の法に触れた場合、つまり刑事裁判は王国法により貴族が裁判を担当する。
当然、この世界に科学的な捜査などはない。
慣習法で判断する形式らしく、つまりは「お偉い様の気分一つ」で決着するのだろう。
遠山の金さん的な名裁きは期待するだけ無駄なのだ。
つまり、商売繁盛して大金を得ようとも、武功無双で立身しようとも、内政で活躍して出世しようとも、それだけではダメだ。
何の後ろ盾もない身では、裁判担当と手を組んだ権力者ににらまれ、罪を押し付けられるだけで身の破滅となりうる。
可能な限りリスクを減らすため、力や経済力に応じた後ろ盾が必要だ。
「大事なのは、愛のある人生」
鍵になるのは友人と妻と子供、そして心と時間のゆとりだ。
前世は就職して以降、親しい人間がいなかった。
同僚は次々と辞めていき、大学生の頃の友人と遊ぶ暇もなく、癒しあえるような彼女もいなかった。
相談できる存在がいなかったせいで、追いかけるべき未来も自身の健康も見えなくなっていたように思う。
金も力も大事だが、最終目的では無い。
もちろん努力無くして成功はないだろうが、修羅の如く働き続けることは避けたい。
前世のような過労死はまっぴらごめんだ。
「つまり筋力、術力、経済力、後ろ盾をバランスよく得て、友人や妻や子供と幸せに暮らす」
しかし方針は定まったが、だからと言って具体的な方法ははっきりとしていない。
神術の才能に期待していたが、術力が多くはないことは今後の不安材料だ。
いくら便利な神術が使えたとしても、効果が薄かったり、使える回数が少なかったりしては術によっては意味がない。
思いつく金稼ぎのネタもいくつかあるが、この世界には特許がない。
アイデア一つで儲けようとしても、元手がなければ大手にパクられておしまいだろう。
あまり先進的なことは後ろ盾がなければ、あらぬうわさで陥れられる可能性もある。
現実的には、町の大手商家の下働きから番頭あたりまで勤め、そのままそこを後ろ盾にして稼げるネタを出していく順番だろうか。
しかし、神術の使い勝手の良さもあって、生半可な理系知識はこの世界ではそもそも不要なものも多い。
「やはり聖教会勤めが安定か」
この世界、後ろ盾という意味では聖教会以上の存在はない。
体を鍛えて教会衛士の下積みを経て、聖騎士団入りを目指すのはかなり手堅い路線だ。
「しっかしファンタジーな世界に来たわりに、進路の悩みが世知辛いもんだ」
最後まで声に出してぐちり、結局は日課の地道な鍛錬に行き着く。
さて、のどをうるおした後に鍛錬再開といくか。
木剣を置き、置いていたコルク栓の水筒を拾い上げ、乾いたのどにごくりとタンポポ茶を流し入れた。
前世でコーヒー好きだった俺は、タンポポコーヒーを昨年から自作している。
味としてはコーヒーというには物足りず、お茶風味が強い。それでタンポポ茶と呼んでいたが、独特の香ばしさは思いもよらず病み付きとなった。
作るのにも苦労はない。
こちらのタンポポの葉はえぐみもなく、食材としてよく食べられている。
自宅の食材集めのときに根も一緒に掘り、洗って細切れにする。風術が使える兄に乾燥させてもらったあと、鍋で少し炒って完成だ。
しかし幼い身の上で唯一楽しめるこの嗜好品には、困った事もあった。
タンポポ茶は「おねしょのハーブ」と呼ばれるほど、利尿作用が強い。
鍛錬中は水分不足にならないよう、広場の入り口にある沢からちょくちょくと水を飲んでいた事もあり、しょっちゅう尿意に悩まされた。
「まさか、生まれ変わって八歳の身でトイレの近さに悩むとは」
コーヒーばかり飲んでいた社畜時代を思い出しながら立ち上がる。
しかし、聖なる石碑の広場で用を足すような事はもちろんしない。
俺は休日を定めた聖モレルを心から尊敬しており、吹きっさらしの石碑もたまにふき掃除をするぐらいだ。
さびれていようとも、ここは聖地であり罰当たりは許されない。
木剣を置き、いつもの場所へ向かう。
広場東側の斜面をさらにくだり、木に囲まれた場所にたどり着いた。
今日中に、堅信式を終えるところまではアップロード予定です。
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