2-14 アクアマリン
前話
闘技大会優勝
「なるほどな。しっくりくるぜ」
クルーザ暴発理論について説明を終えると、コトゥさんも納得の表情となっていた。
「津波と放水砲でも十分な武器だと俺は思うんですけどね」
「でもやっぱり普通の神術も使えるようになりたいので、術力をあふれさせないような訓練をしたいです」
「そらそうだろな。家事だってあるし」
なんといっても【衛生】の存在は大きい。
地球でいう掃除・洗濯・食器洗い・風呂・歯磨きを担う神術だ。生活の基盤と言ってもまったく大げさではない。
結婚相手が水術選択者なら問題ないのかもしれないが、あいにくと俺は土術だ。
実家の夕飯にクルーザを招待した日のことを思い出す。
元貴族のクルーザを小汚い我が家に呼ぶのはやや気後れしたが、母も気合の入った料理を作ってくれて、クルーザも喜んでいた。
ただ話題が神術におよび、クルーザが上級をまだ使えてない自身の状況を説明したとき、場の空気が凍るのを感じた。
父も母もこれからだよと励まし、兄と兄嫁は闘技大会の話題を持ち出してフォローしてくれたが、内心では「大丈夫なのか」と思う部分はあっただろう。
俺自身は【衛生】が使えなくてもクルーザと結婚したい。
お互い気心も知れて、慕いあっている。なにより、顔も気立ても何もかも最高だ。
定めた人生の目標的にも手放してはいけない。
だがクルーザは少し思いつめやすい性格をしている。
こんな私とは一緒になってはいけません的な発想に戻らせないためにも、やはり暴発を本格的に防ぐ手段は必要だ。
しかしやはり相談するなら年の功というべきか、考え込んでいたコトゥさんは一つの策を口にした。
「なら、術石から発動してみたらうまくいくんじゃねえか」
各四属性に応じた四つの宝石は術石と呼ばれている。
それぞれ大きさに比例した術力をためこむ力があり、水はアクアマリンだ。だがその特性もあって、こちらの世界ではもっとも高額な宝石となっている。
「あれって石に術力を込めたら、体の術力を消しても石には残るんですかね」
「うちの実家にはなかったから使ってみたことはないですね……」
「おう、メグ司教が持ってるから一回試させてもらおうか」
術石は、主に術力が少ない人が、わずかながらも溜めるために持つものだ。
家系的に術力が多いルテル家ではそこに価値が見えなかったのだろう。
事情を聞いたメグ司教はこころよく了承してくれた。
話を聞きつけたクリスとアンナも揃い、今は六人で内庭に来ている。
クルーザに手渡した指輪には、青く透き通った小さなアクアマリンが輝いている。すでに術力もたまっているようだ。
「発動させるのに特に変わった点はないわ。変換イメージと放出イメージを込めるだけでいいのよ」
石が青く輝き、小さな小さな【衛生】が司教の手のひらに発動した。
「あまりたくさんの術力は溜められないんですね」
この石の大きさで、手のひらほどの広さの【衛生】となると、一日の体の汚れを落とす場合は何回繰り返す必要があるかわからない。
「大きさだけでなく、輝度によっても違うらしいわよ。さ、クルーザちゃんもやってみて」
クルーザは宝石を受け取り、両手で包み込むように持ってから体に術力を流した。
「もう大丈夫。体の術力を止めてみて」
クルーザの体を包む術力が消え、ゆっくり開いた手の中の石を見ると最初に見たときと同じ青い光を放っていた。
「じゃあ【衛生】を試してみます」
全員緊張の面持ちで見守ったが心配には及ばず、クルーザは最初の一回目で【衛生】を成功させた。
「おおおおおおおお」
「きたー! やったねクルーザ!」
「できんじゃねえか!」
「これで『婚約者の嗜み』も心配いらないな」
クリスが知らない単語を口にして意地悪そうに笑い、コトゥさんが頭をはたいている。あとで意味を聞いておかねばなるまい。
指輪を受け取りながら、メグ司教がさらなる情報提供をしてくれた。
「闘技大会優勝賞品のネックレスは銀の台座だけで、石が入ってなかったはずよね」
「あ」
クリスから聞いていた「習わし」のことを思い出す。
元ネタは古いおとぎ話だ。祝福の銀のネックレスに、夫婦二人で得た宝石を装着して末長く幸せになったという内容をなぞらえているらしい。
石は結婚するときに改めてつけるものらしいが、この状況ならなるべく大きなアクアマリンの石を、なるべく早めに贈りたいところだ。
「がんばってね」
メグ司教はにこやかな顔で一言だけ付け加えた。しっかり俺が意を得たことをわかっているのだろう。
「しかしそうなると、一つ問題があるな」
難しそうな顔になったクリスが口を開いた。
「問題?」
「アクアマリンは、東の国境線よりやや先、ヴェルナ共和国西部の宝石鉱山から産出される。だが情勢不安で鉱山はもう半年近く稼働していない」
「となると、お値段もやっぱり高いんですよね」
「高いどころか、売りに出てるかどうかも怪しいだろう」
「ちょっと見にいこーよ」
必要な物がわかれば行動も早い。四人で聖都一の品揃えを誇るとクリスが薦める店に向かう。
「アクアマリンは品切れです。どうしても購入なさりたい場合は中古品の店でしょう。ただし今は平時の新品の五倍のお値段するそうですが……」
やはりというべきか、買えそうな状況ではなかった。
店員に中古品の石の大きさと値段の目安を聞いてみても、現実的ではない案となってしまった感がある。
「落ち込むのはまだ早い」
帰り道、クリスが足を止めずに口を開く。
次なる提案に期待しているのか、クルーザの顔を上げる速度はなかなかの反応だった。
「情勢不安の原因は、共和国西部に出没する野盗団だ。けっこう大規模な移動集団らしくてな。たまに国境を越えて、マルセーズ王国側でも悪さをしているらしい」
偶然にも、事態はジラール軍務伯家に関連深い内容だったらしい。
王国側にも被害が出ているということは、討伐に出向く可能性は高いのだろう。
ただ共和国側にいる野盗団なら、越境進軍しなければならず、そのあたりの折り合いは難しそうだ。
「少し家で相談してくる。明日また話そう」
クリスは俺を見ながら保留として話を締めた。この時点で予想はついたが、実際俺としても色んな意味で渡りに舟ではある。
人生設計的にまだまだ準備段階として過ごしてきたが、そろそろ時期が来たのかもしれない。
翌日、クリスに呼ばれて執務室に集合した。なぜかメグ司教も顔を出している。
「以前から話はあったみたいだが、野盗団の討伐に出向くそうだ」
クリスは追加で得た情報を順番に説明した。
野盗団はヴェルナ共和国の財政悪化が原因で勢力拡大中であること。
ヴェルナ共和国に治安維持の体力がなく、支援要請が届いていること。
該当地域の宝石鉱山すべての利権がマルセーズ王国側に移譲されること。
聖教会からの金と物資の支援があること。
ジラール軍務伯家が担当して軍編成中であること。
「そして共和国側の聖教会の要請もありますのでね。こちらからはコトゥを出します」
軍務伯家からの情報が終わると、メグ司教も続けて説明に加わった。
今日来ていた理由はこれだったらしいが、相変わらずコトゥさんはあちこちで使われる体質のようだ。
「で、だ。俺も今回父上に同行しようかと思う。リュドも参加しないか?」
クルーザとアンナは驚いているが、やはり予想どおりの提案だった。
ジラール家の私兵の訓練に俺とクリスも参加することがあるが、すでにジラール伯爵には俺の実力は見せている。
先陣を務めれば全体の被害もなく野盗を制圧できるだろうし、伯爵もそれを期待しているのは明らかだ。
「もちろん配置や役割は最大限希望を尊重するし、成果に応じた礼を用意するそうだ」
つまりは、利害は完全に一致しているという訳か。
功一等の働きを見せれば、宝石鉱山の稼働後にアクアマリンの原石がご褒美として待っているということだろう。
叙任を控えていることもある。ここらで実績と実利を求めて、今まで積み重ねてきた準備と鍛錬を派手な結果にしておくのも悪くはなさそうだ。
「わかった。参加すると伝えておいてくれ。先陣でいい」
「あなたの聖の術力については聞いてるけど、無理は厳禁よ。コトゥもちゃんとみんなを見てあげてね」
「了解」
「じゃあ細かいことは父上とも話してもらう。明日の――」
「私も行きます」
「わたしも参加するー」
打ち合わせの日時を伝えようとするクリスを遮って、二人が手を挙げた。
「もちろん歓迎だ。アンナは【回復力強化】があるし、クルーザは戦闘でも頼りになるからな」
クリスは予定どおりといった雰囲気だ。
さすがに二人は危険な配置や役割とはならないだろうが、安全には念を入れる必要がある。
聖タンポポ布を俺たち全員分は用意して、使い方も教えたいところだ。
「あわただしい準備になりそうだな」
「はは、万全の準備で取り組もう」
何やらクリスは機嫌が良さそうだった。
勇者を恨む四人パーティ のほうをメインで更新してますが、こちらも地道に書いていきます。




