SS クリスとソフィー
八歳時のお話です。
講義が終わったあとの教育館前では、知り合ったばかりの生徒同士が話をしていた。
「クリス様、お迎えにあがりました」
「ソフィー」
細身の少年は家で聞き慣れた声に呼びかけられ、振り向いた。
「ただ今、奥様とベルトラン様がご一緒に近くの仕立て屋にいらっしゃいます。クリス様もお連れするように仰せつかって、まいりました」
「ああ、わかった。それじゃ三人とも、これからよろしく。また来週な」
「ああ、また」
「お疲れさまでした」
「ばいばーい」
迎えの使用人を見て、一瞬驚いたような表情になった同い年の学友にあいさつし、少年と使用人はその場を離れた。
首都の大通りを歩く最中、使用人は暗いトーンで少年に話しかける。
「初めての就学前講義だというのに、ご学友の方といらっしゃるところ、申し訳ありませんでした」
「もう話は終わってたから大丈夫だ」
「いえ、そういうことではなく……、クリス様の体面もありましょう」
使用人は、南大陸の血を引いていることをはっきりと示す褐色の肌を何かと気にしていた。
「気にしたことはない。母上も、ソフィーを街にだって連れて歩いている」
「それでクリス様も同じように接していただいておりますが、今後どのようなそしりを受けるかもわかりません。アルベール様のおっしゃるとおり、私は表に出ないよう遠慮するべきかとも思っています」
少年の母親は気にしない性格ではあったが、過去に王国が差別政策をしていた頃の名残で、肌の色の違いによる差別は根強い。
去年成人した長兄が、やたらとこの褐色肌の使用人の扱いについてうるさく言ってくることを、少年は苦々しく感じていた。
「アル兄の言うことは気にしなくていい。うるさく仕切ってアピールしてるだけだ」
「はい……ですがご学友の方も驚いておられるようでした。きっと『名門ジラール家が使用人に、しかも外の使いに南植人などを』と思われたのでしょう」
さきほどの学友の表情を思い出した少年は、否定することもできず、仕立て屋までの道のりを黙り込んで歩くことになった。
「おはようクリストファー、聞きたいことがある」
次の週、学友は朝のあいさつもそこそこに質問をしてきた。
「先週のあの人は、メイドさんか」
「そうだが」
こいつも長兄と同じタイプの人間か、と早合点して少年は不機嫌になる。
だが次の言葉は少年の予想とは異なるものだった。
「くそっ、なんたる不公平。褐色、お姉さん、巨乳、綺麗系、カチューシャのメイドさんだと……」
学友は机に両ひじをついて伏せてしまった。
「ど、どうした」
「なんて名前のメイドさんなんだ」
「ソフィーという」
「いい名前だ。歳はいくつなんだ」
学友は顔を伏せたまま質問を続ける。
「十四だ」
「十四なのにあの大人っぽさか。性格はどんなだ」
「優しく献身的だ。家族全員、助かっている」
「くっ、綺麗系で献身的だと……」
学友は少し無言のあと、小声で追加の質問を投げた。
「『きれいきれい』と『あーん』はどうしてる」
「なっ」
「『きれいきれい』と『あーん』はどうしてるのか、聞いてるんだ」
少年はあわてた様子になり返答につまる。
「そ、それは当然、寝る前にはどちらも清めている」
「とぼけるな。ソフィーさんにしてもらってるのかと聞いてるんだ」
「…………そうだ」
答えにくいことを問い詰められ、やっと答えた少年に対し、学友は机を叩いた。
「くそっ、くそっ」
「お、落ち着け」
「これが落ち着いていられるかっ。『あーん』は立ってか、椅子でか、それとも膝まくらか?」
「ひ、膝まくらだ……」
学友は手のあとに額をうちつけ、そのまま横を向いた。
「ほんとにこの世は理不尽だ」
「そ、そうか」
「うらやましい。クリストファーは恵まれてるな」
「ま、まあ自慢の家族のようなものだ」
「そうだろうそうだろう。いっそ、そう言われるほうがすがすがしい」
学友は、少年の使用人がいかにすばらしい存在であるかを語り始めた。
少年を貴族家だとは思っていなかったその奇妙な態度は、少年にとって初めてのものであり、驚きもしたが不快ではなかった。
就学前講義に通う同い年の二人は、これより講義以外の日も遊ぶ仲となる。
「クリスでいい」
「リュドだ」
聖教会寄宿舎学校に貴族が通うなどとはあまり話を聞かない、と心配していた母親は、使用人に様子をたずねた。
「ソフィーから見たクリスの様子はどうかしら。最近、楽しそうに見えるのだけれど」
「はい、楽しそうにしていらっしゃいます。何やら、『やっぱりどっちも正解だった』などとおっしゃっていました」
「どっちもとは、学校と何かしら」
「何なのでしょう。お聞きしたのですが内緒だと言われてしまいまして」
「まあ楽しそうならいいのよ」
【衛生】があったらこういうことになるんだろうなあ、と想像して書きました。
ソフィーさんはクリス主軸のお話のときにまた出てきます。




