1-2 神術デビュー
前話
ブラック勤務で死亡して異世界転生
ダンドリオン村と家族構成
「おはよう、リュド」
「おはようございます。村長」
今日も優しいほほえみをたたえた白髪の老年男性に迎え入れられる。
村長であるエドモンは、ダンドリオン村の神師も務めている。
神師とは地球で言う神父のようなものだが、特に妻帯や飲酒などが禁止されているということはない。
村長宅に併設された小さな礼拝堂は村の子供にとっての寺子屋的な存在だ。
地球の中世ヨーロッパと同じく、この世界でも教育に携わっていたのは国ではなく、教会となっている。
「今日は国と聖教会と神術について勉強する。聞いたことがある子はおさらいじゃ」
村長は地理に関する説明から始めた。
ダンドリオン村は正確にはダンドリオン村区であり、首都の一画であること。
首都サンフォルタレスは、マルセーズ王国の南東部海岸沿いにあること。
広く大陸で信仰される聖教会総本部が置かれているため、「聖都」と称されること。
俺にとってはどれも覚えていたことだが、年少組の子供たちは興味深く話を聞いている。
「では聖教会を開いたのは誰か、知っておるか?」
「聖者様!」
「聖モレル!」
「マテュー・モレル!」
子供たちが競うように発言し、村長はにこやかにうなずく。
「そう。四百五十八年前、東方に闇魔法を使うシンという国があった。死の恐怖を感じない闇の軍勢に、いくつもの国があっという間に支配された」
声のトーンを落としながら村長は語る。
「この町にまだ城壁もなく、聖モレルは民衆に団結を呼びかけた。そして弟子と一緒に創造神に祈りを捧げたとき……、奇跡は起こった」
村長が胸の前でゆっくり手を合わせると、体全体が神々しくうっすらと光った。
続いて、両手の中に集まった光が赤く変わって火となり、青く変わってコップに落ちる水となる。
「神は四人の娘を地上に遣わし、加護を与えた。火・水・風・土の女神じゃ。人々はそのうちの一つの加護を選択し、神術を得た」
村長の両手の間の光は、先ほどよりいっそう輝きを増している。
「また、創造神の力が与えられた聖モレルの体は金色に光り、声は天から地へ清らかに響いたという。そしてモレルから光を付与された人々は一時的に頑強な肉体となり、ついにシンの軍勢を討ち滅ぼすことができた」
両手を叩くように合わせて村長は光を消し、ゆっくりと間を置いてから子供たちに再び問いかける。
「では、神術以外に聖モレルがもたらしたものは何か、わかる者はおるか?」
今度は子供たちも頭をひねっている。村長の視線を感じて回答した。
「洗礼と曜日?」
「正解じゃ。シンを退けたその年、聖モレルが初代教皇となり、弟子たちに【洗礼】の聖術を伝えた。そして聖術が使える弟子が司教となって各地に赴任し、聖教会は発足したのじゃ」
以降、日々を闇・火・水・風・土・聖の曜日の順番でめぐる一週間としたこと。
聖の日は全ての人にとっての休日となったこと。
自身が選んだ属性の日は、朝のみの仕事とする定めとなったことを村長は説明した。
ブラック勤めだった俺には神様みたいな人だ。
なんせ一週間が六日なのに、実質週休二日なのだから。
「今ではほとんどの国で、王より聖教会の力のほうが強くなっておる。だからこそ、聖教会が主導する平和協定が十年前に成立した。それからは、とうとう天下泰平の時代が始まったと言われておる」
村長はもう一度両手を開き、今度は青い光からコップに水を出し、白い光をコップの側面にあてたりしてみせながら、再び神術について話し始めた。
「神術に話を戻すぞい。これは基礎神術で、【着火】【水作成】【風吹】【地固め】といって、大人なら誰もが四つとも使える。家族に見せてもらったこともあるじゃろう」
基礎神術は兄からもよく見せてもらっていた。
それぞれ火をつける、水を作る、風を吹かせる、固さを向上させるといった効果で、基礎だけあって、ささやかなものでしかない。
「八歳の洗礼式より基礎神術が使えるようになる。そして十二歳の堅信式で一つだけ選んだ属性のみ、上級神術を使えるようになる」
この事実を最初に知ったときは、かなりがっかりした。上級神術は四属性のうち一つだけしか選択できず、選んだ属性によって職業の適性も変わる。
「それと神術の練習をよく続けた者の一部は、聖属性の適性が目覚めることがある。その場合は堅信式のあと、選んだ属性に加えて、一部の聖術も使えるようになる」
村長は授業の締めに入った事を示すかのように、こほんと咳払いをした。
「神術は人生を決める。みな、【洗礼】を受けたらよく練習することじゃ。そして、十二歳でどの属性を選んで【堅信】を受けるかは、よく考えるようにな」
村長は、最後は俺の目をまっすぐ見ながら語った。
そう、明日は俺も参加する洗礼式の日。いよいよ、待ち望んだ神術デビューだ。
首都北区とダンドリオン村区を管轄する北聖堂は壮観だった。
サンフォルタレスは、北の山脈から流れでる東西二又に別れたルゥド河に囲まれている。その清流の一部が敷地内に引き入れられ泉となり、三本の聖堂塔を水面に映していた。
圧倒的な存在感を持つ聖堂で、ひんやりとした澄んだ水につかって洗礼を受ける。
門出にふさわしいさっぱりとした気持ちで、式を終えた。
「お前は体に流れる術力はそれほど多くねぇな。だが術の扱いはいいじゃねえか」
洗礼を受けた子供達は三つの集団に分かれ、司祭と助祭二人がそれぞれ基礎神術講義を担当していた。
さっそく【水作成】と【地固め】が出せるようになった俺に、ぶっきらぼうに言い放ったのは担当のコトゥ助祭だ。
「……ありがとうございます」
一瞬返答に困ってしまったが、なんとか一言お礼の言葉を返した。
「おう、基礎神術を自在に操れるぐらいじゃなきゃ、上級は使いこなせねぇからな。しっかり頑張れよ」
彼は胸の前の火を膨らませたり、回転させながら消したりしてみせた。
けなされているのか、褒められているのか、励まされているのかわかりづらいが、自在に神術を操るさまはさすがに教衆者というべきか。
しかし、聖教会の役職につく者が、こんなにがらの悪い口調と人相でいいのだろうか。
細く鋭い目つき、存在感のある耳、無骨さを感じさせる無精ひげと、どこをとっても聖職者の雰囲気ではない。
つるりとした頭は聖教会の教衆職の象徴だが、それすらも神聖要素ではなく、むしろ悪漢要素に映る。
「流す、集める、変えて出すの順番だ。やってみろい」
とはいえ、なかなかうまくいってない子供へのケアは入念にやっている。
口は悪いが根は悪い人間ではなさそうだ。
「それじゃお疲れさん。四年間、地道に努力しろよ。堅信式で聖の適性が見えたやつは、聖教会勤めで出世もできるからな」
最後に金色の術力を胸の前に集め、コトゥ助祭はにやりと笑う。
神聖さを感じさせる金色の光を、子供達は同じぐらいに輝く目で見つめていた。
村に帰った俺は、早速村長に洗礼と講義の成果を見せにいった。
「術力は多くはないが、初日で二つも基礎神術を扱えるなら、リュドは上級神術もいろいろと期待できそうじゃな」
やはり俺の術力は少ないのか。
コトゥと同様の評価にがっかりしていると、村長はあわてて俺をなぐさめた。
「そもそも、術力の平均は女性の方が多めじゃ。リュドは多くはないが、男性の平均より、少しだけ下ぐらいじゃろう。大きくなるにつれて、多少は増える事もあるから気にせんででもいい」
あまり気の晴れない情報に頭を下げつつ、俺はお気に入りの場所へと向かった。