2-9 申し込み
前話
クルーザの家出事情
聖堂手前の回廊で、昼の礼拝を終えたコトゥさんと顔を合わせ、経緯を伝えた。
「目立ちたくねえって言ってたリュドが、どういう風の吹きまわしだよ」
コトゥさんはにやにやしながら質問してきた。
「まあ三分の一は成り行きで」
「残りはなんだ」
「聖騎士叙任の前に、ちょっとぐらいハクもあっていいかなっていうのがもう三分の一」
目立ちすぎてはいけないと考えていたが、学生だけの競技でもある。それほど心配することはないだろう。
「優勝者は王家の表彰を受けるし、悪くはない。俺はヴィドックの情報を集めておいてやろう」
クリスまで何やら楽しそうだ。
「残り三分の一はなんだ」
「ペアっていうのがちょうどいいかなって思うところがありまして」
「おうおう」
コトゥさんがいっそうにやりと笑った。
「さっそく話題になってるから、ペアの誘いが殺到するだろな。まあいいんじゃねえか、青春だ。じゃあ相手が決まったら事務室に知らせにいけ。明後日までだぞ」
最後まで機嫌が良さそうなコトゥさんの発言の意味がわからないでいると、急に回廊に騒がしい声が入ってきた。
「リュド君、話は聞いたわ」
「パートナーが必要だよね。私、【回復力強化】使えるよ」
「私、【水壁】が得意だし、家が槍術の家系なの。足手まといにならないから、組んでほしいな」
なんとなく見覚えのある女の子三人が、口々にペア相手の立候補を始めた。
「え、ちょ、ちょっと待ってください」
体にくっついてくる勢いの三人を制止する。たしか三人とも一つ年上の子たちだ。
「三人とも、組む相手を探してたってことですか」
君ら同士で組まないのかと言いかけて、すぐに気づいた。考えてみれば水術は防御と回復に優れる属性で攻撃手段は少ない。
非力な女性だと物理的な攻撃も効果的ではないとなると、水術使い同士で組むのは悪手というわけか。
火・風・土術使いは、違う属性のどれと組んでもそれなりに悪くなさそうとなると、なおさら、余りがちな水術使いは必死の勧誘になるのかもしれない。
「違うわ、リュド君と組みたかったの」
セミロングの子が俺の左腕を両手で抱きしめている。
十四歳らしく控えめだが、胸の谷間の感触が俺の思考力を奪う。
「リュド君は出ないと思ってたから、諦めてたんだよ」
ツインテールの子は、正面の近い距離で俺の上着の腰あたりを掴み、見上げてきている。この上目遣いはあざとい。
「私、がんばる。一緒に優勝しようね」
ロングのスリットスカートの背が高い子は両手で俺の右の手のひらを包んでいる。
耳元でささやかれる声の妖しさにどきりとした。
予想してなかった突然のモテ期に戸惑うばかりだったが、おもしろがって必死に笑いをこらえているクリスの様子を見て、俺は少し冷静を取り戻した。
「三人ともごめん。誘う相手、もう決めてるから」
さっきも考えたように、彼女たちは聖術使いの俺と組みたいだけだ。
鍛え続けた体と土術の【筋力強化】、しかも聖術も使えるとくればこれ以上ない「優良物件」だ。
日頃の女っ気のなさのせいで取り乱してしまったが、だからといってこれを「モテ期」と勘違いするのは童貞までだ。いやこちらの世界では童貞だから間違いではない。
だが中身は大人なのに、この程度であたふたしては恥ずかしいというものだ。
礼拝を終えて出てきた人の目もあり、くっついてきた女の子たちを引き離す。
あからさまにがっかりした様子の三人の向こうに、見慣れた茶髪ロングの姿が現れた。
バイト出発前の祈りで、これから聖堂に入るのだろう。ならば手短に用件を伝えた方がいいと思い、俺は単刀直入に話しかける。
「クルーザ、俺と一緒にペアの闘技大会に出てくれないか」
クルーザは驚いて目をまん丸にしたまま、持っていた術士用の杖を落とす。
静まりかえった回廊に乾いた木の音が鳴り響き、何回か反響していた。
「ちょ、ちょっとリュド、何言ってるんですか」
クルーザは、さっきの俺に負けないぐらいにあわてている様子だ。
「無理なのか?」
「私は無理じゃないですけど……、リュドは、私なんかと組んだらだめですよ」
「そんなことはない。おれはクルーザと出場し――」
「ちょっと待って!」
セミロングが俺の発言にかぶせながら左腕を引っ張る。そして先ほどの三人が同時に、話に割り込んできた。
「上級が一つも使えない子なんて、リュド君にはふさわしくないわ」
「聖騎士様だもん、ちゃんと支えてくれる人を選ばないとダメだよ」
「闘技大会だって、水と笑いでいっぱいになると思うな」
売り込みに必死なのだろうが、本人を目の前にしてるというのに失礼な言いようだ。
クルーザへの悪口に、内心で腹を立てた俺は三人にぴしゃりと伝える。
「いや、クルーザと組むのがベストなんだ。俺はもう前から決めてたんだ」
闘技大会に出ると決まったとき、真っ先にクルーザのことを思い出した。
術の習得がうまくいかず、どんどん自信を失くしているクルーザにとって、この闘技大会がいいきっかけになればいい。
最悪、一人で学生二人を倒すぐらいはやれるだろうが、それではクルーザを元気付けるきっかけにはならない。
クルーザの力をしっかり活用する方法は考えている。勝算は十分だ。
「ありがとうございます。リュドは優しいですから、きっと私を心配してくれてるんですよね」
クルーザは少し困ったような顔になって口を開いた。
俺は図星を突かれてぎくりとしてしまう。こういうときの女性は鋭くて困る。
「でもやっぱり、私とはだめです。『洪水女』って影で呼ばれてるし、実際そのとおりだと思います……」
クルーザ、お前は何を言っているんだ。
「『神童』だなんて呼ばれてたのが、今は『洪水女』です。笑っちゃいますよね……」
たしかに笑ってしまいそうだが、こっちの世界はこの単語になんとも思わないのだろうか。
三人の女の子も、回廊で話を立ち聞きしている人たちも何も笑いをこらえている様子はない。
「両親も私にはすごくがっかりしてました。訓練してるところを見て『またびしょびしょになってるじゃないか』ってあきれてばかりで……」
ご両親、あんた娘になんちゅうことを。
「一年半もがんばってるのに、だめなんです。どうしても私、大洪水になっちゃうんです」
やめろ、もうそれ以上はいけない。
「こんなダメな私の心配なんてしなくて大丈夫です。リュドはちゃんとした相手と一緒になってください」
クルーザのほほに涙が流れていた。まさかのこっちも大洪水か。
うるんだ唇ときらめく涙の破壊力がすさまじい。まったく可愛いは正義だ。
しかし真面目な話だというのに、さっきから俺の思考がまったくまとまらない。心臓の音は速くなりっぱなしだ。
「いや、俺はクルーザがいいんだ」
美少女の涙と大洪水のインパクトが強くて、会話が頭に入ってこない。
そうだ、クルーザが見ていたシュシュをプレゼントに買っていたんだった。
闘技大会前に一緒に訓練するなら、髪をしばっておいたほうがやりやすいだろう。
樹皮紙の包みを開き、栗色の髪に映えそうだと思って選んだ水色のシュシュを出した。
「クルーザ、これを」
クルーザが驚き、息をのむ。
「リュドは、大洪水の私でもいいんですか?」
最高です。いや、待て、落ちつくんだ俺。
ここで伝えないといけないことは、クルーザのポテンシャルを俺はちゃんと知っていて、そしてそれが俺に必要だということだ。
クルーザの出す大量の水こそが、俺にとって最高の武器になる。
そう、俺にはクルーザが必要なんだ、クルーザの力が欲しいんだ。
自信喪失中のクルーザは、俺の誘いをただの同情だと思っている。
ならば、本音を伝えるのにぴったりなあの術で伝えるしかあるまい。
今ならもう聖タンポポ茶を直前に飲まなくても出せるようにはなっている。
先ほど心の中で練習した言葉を、今度ははっきりと口に出す。
【俺はクルーザが欲しいんだ】
クルーザは無言のままうなずいて、シュシュごと俺の手を握った。
◇◇◇◇◇
闘技大会間近の聖都は、来年の聖騎士叙任を控えた少年のうわさで持ちきりだった。
「戦士が力を試し、栄誉を欲するソロ闘技ではないそうだ」
「男女が絆を試し、祝福を欲するペア闘技に出るそうよ」
「幼い頃より共に過ごした少女は、神前で愛の告白を受け入れたそうじゃ」




