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聖水騎士様はブラックが許せない  作者: 寺内ワタル
17/25

2-8 闘技大会

前話

シャリヴァリ五人組

「そういえば今日は一日、クルーザを見てないな」


 シャリヴァリの話も終わり、食後の紅茶を飲みながらさりげなくアンナに動向を聞く。


「バイトがんばってるよー。今日は精肉ギルドの仕事で、作業場の一斉洗浄だってー」

「得意な仕事だな」

「クルーザは最近やたらとバイトしてるみたいだけど、何かあった?」

「知らなかったのか。クルーザは家を出て、今は寄宿舎暮らしだ。生活のためにもバイトしないといけないんだろう」


 クリスから衝撃の事実が知らされた。


「え、家を出たって、一人暮らしを始めたって意味で?」

「家出したっていう意味でー」


 アンナが首を振りながら言った。


「実家からのプレッシャーがつらいとは聞いてたけど、それが原因か?」


 クリスとアンナは同時にうなずく。堅信式から一年半、クルーザは上級水術の習得がうまくいっておらず、苦しんでいる様子だった。

 本人はかなり地道な努力を続けているのだが、術力がとんでもなく膨大なせいなのか、術を出すのにいつも失敗する。

 様々な術を試しているが、難しいものから比較的簡単なもののすべてを発動させることができていなかった。


 問題は術力が術にならないだけではない。水が大量に暴発して、自分と周辺を水びたしにしてしまうという問題つきなのだ。そのせいで冬は訓練もできず、それが余計に彼女を焦らせているようでもある。

 いや、寒くなくても美少女に水がしたたり、十三歳にしてすでに豊かなお胸のラインがはっきり見えるのも問題だ。主に訓練に付き合う俺の目のやり場的な意味で。


「聞いた話だが、貴族に返り咲きたいルテル家は、最近妻を亡くした侯爵の後妻にクルーザの縁談を申し入れたらしい」

「侯爵って……、けっこう歳じゃなかったっけ」

「もうお孫さんいるようなおじいちゃんだよー。でも侯爵さんも乗り気で、両親がクルーザに学校をやめて嫁ぐ準備をするよーに言ってきたんだってー」


 ほんと、侯爵、スケベ。


「そんな家に嫁いでも、爵位や領地は今いる子供や孫が継ぐんじゃないのか?」

「当然だな。一応、領地の一部を分与されれば、準男爵位ぐらいになれるときもある。だが口約束だけで終わる場合が多いようだ」

「釣った魚に餌はやらないってやつか」

「そのとおりだ。鐘や領地をちらつかせて若い妻を釣り上げるのは、妻を亡くした老年貴族の『余生の楽しみ』の一つ、だと聞いたな」

「なにそれー、シャリヴァリだ、シャリヴァリー」


 アンナに全面的に同意したい。


「まあそういう老人は一通りの宝飾品を売り払われ、その後は妻の毒殺に毎日おびえるようになるらしいがな。自業自得だが」


 あきれた顔と声で貴族社会の闇を語るクリスは、やはり耳年増だ。

 まったく貴族社会は地獄だぜ。


 しかし目の前の店員の年の差婚のインパクトは、侯爵とルテル家に簡単に吹き飛ばされた。 

 そのように露骨な縁談を無理強いされるとなれば、クルーザが家出したくなるのもしょうがないだろう。


 以前にクリスに聞いたのだが、勲功爵で一代だけの貴族になった家は、二代目がなりふり構わず継承できる爵位を手に入れようとするもので、無理な借金をして娘を売るような話も多いらしい。

 俺には理解できないが、一度貴族の生活水準と気位になってしまうと、そこから平民に戻るというのは受け入れがたいものがあるのかもしれない。


「クリスはこのまま平民になってもいいのか? 従士家を立てて真面目に勤め上げていれば、領地貴族じゃなくても宮廷貴族の爵位は狙えると思うんだが」

「貴族社会でぺこぺこしながら生きていくのが苦痛だ」


 この話の流れだと説得力があるが、だからと言って平民の方がいいと言う人間も少ないはずだ。

 気になって詳しく掘り下げようかとしたが、アンナが話を戻してくる。


「クルーザ、あんなに術の練習がんばってるんだもん。一つものにしたら、そこからはうまくいくと思うなー」

「そうだな、何か元気づけるようなことがあればいいが」

「まあ寄宿舎学校だから、そのまま入れてそこはよかった」


 聖教会は親の虐待や配偶者の暴力から逃げたい人の駆け込み宿でもある。クルーザと同様、親から逃げてきて寄宿舎学校通いとバイトをしている人はそれなりにいた。

 とはいえ食と住を世話になる分、それなりに遅くまで働かなければいけないらしい。



 聖堂に戻るいつもの帰り道、先日クルーザが眺めていた装飾品店を横目で見た。

 そういえば、クルーザはここのシュシュを熱心に見ていた。

 普段髪をくくらないクルーザの心境の変化かもしれないし、家出中のお財布が購入を許さずに悩んでたのかもしれない。







 翌日、俺は一人で開店直後から店のテラスに待機していた。


 アンナは一応コトゥさんに事情を話していたが、あの輩程度のことで毎回コトゥさんに助けを求めていてはいけないだろう。

 貴族相手に強気に出るのは慎重になる必要があるが、そこはクリスに確認済みだ。


『ヴィドック準男爵家に力は無い。しかも三男、しかもやってる行為があれだ。気にせず取り締まっていいし、何かトラブルになっても気にするな。俺の父上もリュドのことは気に入っている』


 ジラール軍務伯は偉い立場のわりに気さくなおじさんで、俺を狩りや食事によく誘ってくれている。

 クリスが言うには「ときに民から反発を受ける軍務伯家にとって、旬の人気者と仲良くするのは大事なことだ」らしい。聖堂警備時でもたまに話しかけてくるのはそれか。

 まあどれほど俺が役に立つかはわからないが、やはり持つべきものは利害の一致する後ろ盾というやつだろう。


 正午の鐘がそろそろかという頃に、連中は今日も五人組で現れた。歌わせる前に、俺は五人組に近づいて挨拶をする。


「こんにちは。もしも昨日みたいに店主さんの悪口を歌うつもりなら、それはもうやめてください」

「なんだこいつ……、シャリヴァリだって言ってるだろ。空気を読めよ」


 あの歌を街中で合唱できる奴に言われたくはないが、表情を崩さず俺は続ける。


「あんな大声で、営業中のお店に向かって歌うのは迷惑行為です」

「道端に大道芸も流しの歌い手もいるだろう。あいつらは取り締まらないのか」


 取り巻きにそんな屁理屈を、と言いかけてやめる。

 考えてみれば吟遊詩人の中には【拡声】まで使う人もいるわけで、音量的にはあながち間違いではない。

 まあ音量ではなく内容が今回の問題なのだが。


「個人を攻撃する内容なのが迷惑行為なんです。シャリヴァリと言いますけど、閉鎖的な社会のしきたりを、こんな都市部に持ち込むのもおかしいと思います」


 今度は逆側の取り巻きが、威圧するように前にでてきて凄みだす。


「お前に迷惑はかけてないだろ」

「街と店の迷惑になることは聖教会として見過ごせませんから。店主さんからも頼まれてます」


 今日は最初から取り巻きのボルテージが高い。五人は俺を囲むようにしてにらみつけている。

 二つ返事でもうしませんとはならないと思っていたが、予想以上に引き下がってもらえなさそうな雰囲気だ。

 安心してください、気持ちは俺も一緒ですと先に同調する気持ちを伝えたほうがよかったのかもしれない。やはりDJポリスさんは偉大だったらしい。

 次第に険悪になる雰囲気に、町の人も何ごとかと心配そうにしていた。


「聖術使えるからって調子に乗ってるようだが、【聖約】なんて強さとは関係ない。いろいろとうわさに尾ひれがついてるみたいだけどな」

「大して術力もなさそうだぜ」


 どうやらヴィドックは、俺の身体能力強化と自動回復効果は知らないらしい。まあ別に言わなくてもいいのだが。


 取り巻きの目線も完全に俺をなめているのがわかる。まあ素の状態の俺の術力は多くはないので、間違ってはない。


「俺もそう思いますけど、強さの話とヴィドックさんの迷惑行為は関係ありません」

「俺を知ってるのか。なら平民が文句をつけてくることじゃないだろう」

「貴族ならなおさら、年の差婚に目くじらを立てなくてもいいと思います」


 早く侯爵のじじいを盛大に歌い上げろと言いたい。


「……うっとうしいな。お前、闘技大会に出ろよ。そこでわからせてやる」


 少し考える様子をしていたヴィドックが、脈絡の無い提案をしてきた。



 闘技大会とは神術有りの戦闘形式で行う競技で、秋に開かれるようになっている。

 名前は物騒だが、ローマのコロッセオのような殺し合いをするわけではない。

 あからさまな首より上への攻撃は禁止、武器の刃は潰したもの限定、規定の防具ありと、競技性が強いものとなっている。

 各地から腕自慢が集まり、聖都の話題は誰に賭けるかで一時盛り上がる。ちなみに賭けの胴元は王家だ。


「と、闘技大会ですか?」

「そうだ。学校から申請すれば学生の部で出られる」

「詳しくなくてすみません。大会は来週だと思うんですけど、今から申請して出場できるんでしょうか」

「明後日まで参加受付はされている。学生のペアの部はまだ十四か十五組ほどらしい」

「は、はぁ、シャリヴァリとの関連性がよくわかりませんが、とにかく俺がそれに出たら歌うのをやめてくれるんですね?」


 取り巻きはにやにやしている。意味不明な急展開に当惑している俺が、自信がなくて弱気になっているように見えているのだろう。


「そうだ。ただし俺に当たるより先に、お前が負けた場合はここで俺に謝罪しろ」

「そちらが先に負けた場合はどうなるんですか?」

「ありえないが、その場合はもちろん俺の負けでいい。おもしろくなってきた」


 ヴィドックの目つきがさらに険しくなり、まったくおもしろそうではない表情で言った。


 何やら話がまとまった雰囲気だが、そもそも俺に、そこまでして治安維持の義理立てをしなければいけない道理はない。

 しかし、街の人は早くも賭けの予想を始めている。ここで「すみません、出たくないのでどうぞ歌ってください」とは言えないだろう。


「わかりました。よろしくお願いします」

「逃げるなよ。受付は明後日までだ」


 五人組は声高に笑いながら帰っていった。

 店員は心配そうにしているが、うわさ好きな人たちは早くも盛り上がっている。


「前座のはずの学生の部が、急に目玉イベントになったな」

「聖騎士様が、誰とペアを組むのかも注目だわ」

「ありがたや、死ぬ前に冥土のみやげが増えるわい」



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