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聖水騎士様はブラックが許せない  作者: 寺内ワタル
16/25

2-7 シャリヴァリ

前話

聖騎士ってこんなお仕事

 夏も終わろうかという時期のある日、昼飯には遅く夕飯には早い時間に、いつもの食堂に入った。

 小柄な女性店員が注文を聞きにくると、アンナが急に大声を出す。


「あれ、店員さん、結婚するのー?」


 中途半端な時間で客も少ないせいか、余計に大きく店内に響いた。

 店員はおぼんで顔の下半分を隠しているが、目じりはだらしなく下がり、頬はピンクに染まっていて、返事がなくても図星なのだとわかる。


 この世界には、結婚指輪の風習がないのだが、何を見てアンナは店員の結婚に気づいたのだろう。

 俺がわからないでいると、店員はおぼんに隠れたまま、厨房のほうをちらりと見た。視線の先を追うと、照れくさそうな顔のガタイのいい店主が口を開く。


「お恥ずかしい。おじさんで再婚なのに、若い嫁さんをもらってしまいました」


 店主の首元を見て、アンナが気づいた理由に予想がついた。

 店主はいつもの白いコックコートだが、今日はスカーフにも似たブルーのコックネクタイを着けている。

 普段から店主に注目していたわけではないが、まったく見覚えもない。おそらくあのブルーのネクタイが、結婚成立の証のようなものなのだろう。


 日本でも、女性が男性にネクタイを送るのは恋人以上の関係が普通だ。

「あなたに首ったけ」が異世界でも共通だと知って腹立たしいが、これはけっして、嫉妬ではない。


「すごく年の差ありますよねー、二人はおいくつなんですかー?」


 アンナはずけずけと質問している。

 店主のコックネクタイが店員の贈り物だと気づいたアンナは、二人が恋人同士だと以前から気づいていた、もしくは知っていたのだろう。


 村で育った俺は、この手の「暗黙の了解」や「男女の機微きび」とやらがよくわかっておらず、同い年三人の話題にぴんとこないことが多々あった。

 娯楽が少ないことが関係しているのか、こちらの世界は日本に比べてみんな驚くほど色気付くのが早い。


「うふふ。私が十五で、この人が四十です」


 何がうふふだ。

 何が「この人」だ。

 四十の熊みたいな体格の男が、十五歳の小柄な少女に手を出す。日本だったら間違いなく犯罪案件だ、と心の中でつっこみを入れる。まあこちらの世界では十五歳は成人なのだが。


「すごーい、どっちから誘ったんですかー?」


 アンナの質問は何か、生々しい。


「ずっと口説いてくるしつこいお客さんがいて、そのことを相談したのがきっかけなんです」

「定番ですね」


 クリスの言うとおり、本当に定番だ。

 心なしかクリスも不機嫌そうで、やはり俺たちは親友なのだと確信する。


「それだけ旦那さんが年上なのは珍しいですね」


 嫉妬しているわけではないが、素直に驚いたところを口にした。この世界は女性の平均寿命が長いせいか、同い年か姉さん女房のほうが多めだからだ。


「数年前に妻を亡くして、いろいろと店で手の回らないところがあったんですが、二年前からずっとよく働いてくれてたんです」


 自分から振っておいてなんだが、わりとどうでもいい。


「おめでとー、じゃあこのお店、これからは二人の愛の巣だね!」


 愛よりも、早いところ注文を聞いて飯を食わせてくれと思う。

 重ねて言うが、嫉妬ではない。


「ところで、そのしつこいお客さんにはもう教えたのー?」

「ええ……昨日お店に来たので、私からも言ったんですけどね……」


 アンナの質問に、途端に店主の顔が曇る。

 何ごとかありそうな雰囲気を感じ、詳しく聞こうとしたそのときだった。

 突然、店外から変な歌詞の大合唱と合いの手が聞こえてきた。



「「ス・ケ・ベ、スケベ、ス・ケ・ベ!」」

「「フォウ!」」

「「こ・こ・の、店主、ス・ケ・ベ!」」

「「ンフォホホフォウ!」」



「な、なんだいったい?」


 特徴的なリズム感と、まともな大人なら口にしないような内容のその歌は、例えるなら「子供の替え歌」だ。

 事態を理解できない俺をよそに、歌はくりかえし店外から聞こえてくる。



「「ス・ケ・ベ、スケベ、ス・ケ・ベ!」」

「「よしこい!」」

「「こ・こ・の、店主、ス・ケ・ベ!」」

「「どすこい!」」



「えぇー、なんなんですかこれー?」


 アンナの疑問と同じ気持ちで、俺もクリスも店主を見る。

 店主に驚く様子はなく、眉をしかめており、どうやらこの店に向けての歌なのだと理解した。


「と、とりあえず街中でこんな変な歌を放置するわけにもいきません」


 席を立って店外に出ると、店に向かって身なりのいい五人組が歌っていた。



「「と・し・の、わりに、ス・ケ・ベ!」」

「「ばっちこい!」」

「「わ・か・い、嫁に、す・る・べ!」」

「「フォホホホフォウ!」」



 歳は俺よりはおそらく上だが、そう変わりはなさそうだ。

 周囲の通行人は何ごとかという雰囲気だが、老人は何やら苦笑している人もいた。


「すみません、どうして歌ってるんですか?」


 そんな変な歌を、という部分は心にしまって俺は声をかけた。

 五人組は歌うのをやめ、俺をわずらわしそうに見る。


「ふん、いこうぜ」


 五人組は背を向けてこの場を離れようとした。


「ちょ、ちょっと待ってください。何の意味もなく、さっきみたいなことをしないと思うんですが、どうして――」

「――うるせえなあ!」


 端の男が振り返り、俺の言葉をさえぎって怒声をあびせてくる。


「シャリヴァリだよ、シャ・リ・ヴァ・リ。目くじらたてんじゃねえって」


 去り際、五人のうち一人が「後ろのはジラール家の三男だぜ」と小声で話しながら去っていった。

 何やら、連中はクリスのことを知っているようだ。そしてシャリヴァリとは何なのだろう。





「シャリヴァリってのはそうだな……、まあ制裁、ばか騒ぎ、悪ふざけ、冷やかしを全部一緒にした、村社会のしきたりのようなものだ」


 聞き慣れない単語について質問すると、少し説明しにくそうにクリスは答えた。


「なるほど、わからん」


 さっきの五人組と変な歌、年の差新婚夫婦、クリスの説明がうまく一つにならない。


「とにかく料理を注文してからにしよう」



 店内に戻って改めて料理を注文し、待ってる間にクリスは説明してくれた。


「まず、あの五人組は宮廷学校の生徒だ。徽章もついていた。真ん中の男はたしか田舎領地のヴィドック準男爵家の三男で、今年成人だったはずだ」

「その人、ジャン・ヴィドックさんが、さっき言ってた『しつこいお客さん』です」


 クリスを知っていた理由は想像どおりだったようだ。


「今から言うのはシャリヴァリをされる一つの例だ。人の出入りがほとんどない村社会だと、若い男女の数も少なく、結婚相手の選択肢は少ない」


 クリスの説明は、シャリヴァリとやらの詳細に入ったようだ。


「そんな村で、年配の裕福な男性が妻を亡くしたあと、若い年頃の女性を妻にしたとしよう」


 相変わらず今日は客入りが少なく、クリスの声は厨房にも聞こえている。

 料理を作る店主の顔も、少しバツが悪そうだ。


「恋愛も結婚も、二人の自由だよねー」


 アンナは空気が多少読めない。いや、読まない。


「ま、まあ自由なんだが、若い男性としては『若者には準備できないほどの貯金を武器にした中年が、若い妻を手に入れやがった。あいつのせいで男が一人余計にあぶれる』となるわけだ」


 なるほど、気持ちはわからんでもない。


「年配の他の男性は『こいつめ、若い奥さん捕まえやがって、うらやましいぜ!』だ。これには半分お祝いの気持ちも入る」


 これもわからんでもない。


「また、他の年配の人には『一度結婚した年配の者が、若者の幸せの機会を奪うようなことをしてはいけない』と思う人もいる」


 これはあまりぴんとくるものがないが、仮に年頃の男女が一人ずつの村だとすると、そう思うのも無理ではないのかもしれない。


「若い年頃の女性には『早めに死ぬ男の財産目当てなんて、恥ずかしい女ね!』と思う人もいるだろう」


 真面目に説明してくれているのだが、クリスの女声は少し笑いそうになってしまう。


「年配の男性と、バツ一同士でくっつこうと思っていた年配の女性は『小娘が若さを武器にたらしこんで』とか『いい大人が小娘にたらしこまれて』と思う人もいるだろう」


 こっちもなんとなくわかる。他の立場の人も含めて、ただの嫉妬だろうと思うところもあるが。


「いろんなルール違反に対して、いろんな気持ちが生まれ、いろんな形でぶつけられる。それがシャリヴァリだ」


「『村のおしおき』って感じか?」

「それだ。リズムよく悪口を歌ったり、家に物をなげつけたり、場合によっては怪我させたりするようなものもある」

「なにそれ、ひどいー」

「もちろん『おしおき』の内容はルール破りがどの程度のものか、による。家庭内暴力を村人が何度注意しても聞かないときは、縛り上げて、馬でそいつを引き回したりするらしい」


 不満そうなアンナに、クリスはあわてて付け足した。

 俺の頭の中はもはや世紀末だが、引き回しするまでかはともかく、家庭内暴力はいけない。

 いい意味での介入もあるのなら、シャリヴァリも悪い面だけのものではないのだろう。


「今回は年の差婚に対してだな。聖都一等地の店持ち年配男性が若い娘を手に入れた。それで不当な結婚にはシャリヴァリだと騒いでるんだと思う」


 店主はしゅんとしている。法には触れなくとも、この年齢差ともなれば、村社会ならひんしゅくを買う程度の話ではあったらしい。


「お店を持ってる人だから一緒になるってわけじゃないんですけど……」


 料理を出し終えて、ホール側に出て来ていた店主が照れながら店員の肩を抱いた。

 俺も歌ってやろうかと思うが、ここは我慢だ。


「でも小さい村ならともかく、都会だと若い男女もいっぱいいる。店主さんのせいであいつがあぶれてると思うのはおかしくないか」

「そのとおりだ。ただのふられた腹いせだろう。実際、都市部でシャリヴァリの文化はもう残ってない。ましてやここは首都だ」

「奥さんと愛人いっぱいの貴族に怒ればいいのにー」


 イケメンがばっさりと切り捨て、アンナは可愛らしく口をとがらせて文句を言う。


「そのとおりだ。まあ準男爵家の三男なら平民と変わらない。それとつるんでるなら、他の四人も似たような立場だろう。そんな連中が貴族批判なんてできるわけもない」


 それにしても、よくヴィドックとやらはシャリヴァリのことを知っていたものだ。

 まあクリスが田舎貴族と言っていたし、地方にはまだそういう習わしが残る場所もあるのかもしれない。

 クリスは子飼いの兵と話すことが多いらしく、就学前講義の頃から何かにつけてませていたので驚かない。貴族のことも平民のこともかなり耳年増なクリスは、こういう話をするときの俺の先生でもある。


「貴族ガチ勢に文句も言えず、ふられた腹いせをしきたり扱いでぶつけてくるゲス、か」

「そういうことだな。だがたちが悪いことに、村社会だとシャリヴァリはやめさせるのが難しいらしい」

「どうしてー?」

「悪口の歌ぐらいじゃ犯罪でもない。愛のある冷やかしとか、愛のある悪のりだと言われてしまうとやめさせることもできない。村ぐるみでやられると特にだな」


 たしかにそう言われると反論しづらい。家庭内暴力への制裁のような、良いシャリヴァリもあるとなればなおさらだろう。


「今日のお昼も、たまに来ては歌っていくのをくりかえされて、正直客の入りにも影響して困ってます……」


 店主はげんなりとしている。まあここは村社会ではなく首都であり、聖教会のお膝元だ。

 歌の内容も個人的な攻撃で、実害も出ているようなら衛士としても放置はできないだろう。


「明日、また来るようなら俺がやめさせます」

「あ、ありがとうございます!」

「助かります……」


 頭を下げつつ、二人はいつのまにか手をつないでいる。

 こんなスケベたちは正直、どうなってもいい。

 だが俺の静かな昼飯のために、シャリヴァリはやめさせるつもりだ。


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