2-7 シャリヴァリ
前話
聖騎士ってこんなお仕事
夏も終わろうかという時期のある日、昼飯には遅く夕飯には早い時間に、いつもの食堂に入った。
小柄な女性店員が注文を聞きにくると、アンナが急に大声を出す。
「あれ、店員さん、結婚するのー?」
中途半端な時間で客も少ないせいか、余計に大きく店内に響いた。
店員はおぼんで顔の下半分を隠しているが、目じりはだらしなく下がり、頬はピンクに染まっていて、返事がなくても図星なのだとわかる。
この世界には、結婚指輪の風習がないのだが、何を見てアンナは店員の結婚に気づいたのだろう。
俺がわからないでいると、店員はおぼんに隠れたまま、厨房のほうをちらりと見た。視線の先を追うと、照れくさそうな顔のガタイのいい店主が口を開く。
「お恥ずかしい。おじさんで再婚なのに、若い嫁さんをもらってしまいました」
店主の首元を見て、アンナが気づいた理由に予想がついた。
店主はいつもの白いコックコートだが、今日はスカーフにも似たブルーのコックネクタイを着けている。
普段から店主に注目していたわけではないが、まったく見覚えもない。おそらくあのブルーのネクタイが、結婚成立の証のようなものなのだろう。
日本でも、女性が男性にネクタイを送るのは恋人以上の関係が普通だ。
「あなたに首ったけ」が異世界でも共通だと知って腹立たしいが、これはけっして、嫉妬ではない。
「すごく年の差ありますよねー、二人はおいくつなんですかー?」
アンナはずけずけと質問している。
店主のコックネクタイが店員の贈り物だと気づいたアンナは、二人が恋人同士だと以前から気づいていた、もしくは知っていたのだろう。
村で育った俺は、この手の「暗黙の了解」や「男女の機微」とやらがよくわかっておらず、同い年三人の話題にぴんとこないことが多々あった。
娯楽が少ないことが関係しているのか、こちらの世界は日本に比べてみんな驚くほど色気付くのが早い。
「うふふ。私が十五で、この人が四十です」
何がうふふだ。
何が「この人」だ。
四十の熊みたいな体格の男が、十五歳の小柄な少女に手を出す。日本だったら間違いなく犯罪案件だ、と心の中でつっこみを入れる。まあこちらの世界では十五歳は成人なのだが。
「すごーい、どっちから誘ったんですかー?」
アンナの質問は何か、生々しい。
「ずっと口説いてくるしつこいお客さんがいて、そのことを相談したのがきっかけなんです」
「定番ですね」
クリスの言うとおり、本当に定番だ。
心なしかクリスも不機嫌そうで、やはり俺たちは親友なのだと確信する。
「それだけ旦那さんが年上なのは珍しいですね」
嫉妬しているわけではないが、素直に驚いたところを口にした。この世界は女性の平均寿命が長いせいか、同い年か姉さん女房のほうが多めだからだ。
「数年前に妻を亡くして、いろいろと店で手の回らないところがあったんですが、二年前からずっとよく働いてくれてたんです」
自分から振っておいてなんだが、わりとどうでもいい。
「おめでとー、じゃあこのお店、これからは二人の愛の巣だね!」
愛よりも、早いところ注文を聞いて飯を食わせてくれと思う。
重ねて言うが、嫉妬ではない。
「ところで、そのしつこいお客さんにはもう教えたのー?」
「ええ……昨日お店に来たので、私からも言ったんですけどね……」
アンナの質問に、途端に店主の顔が曇る。
何ごとかありそうな雰囲気を感じ、詳しく聞こうとしたそのときだった。
突然、店外から変な歌詞の大合唱と合いの手が聞こえてきた。
「「ス・ケ・ベ、スケベ、ス・ケ・ベ!」」
「「フォウ!」」
「「こ・こ・の、店主、ス・ケ・ベ!」」
「「ンフォホホフォウ!」」
「な、なんだいったい?」
特徴的なリズム感と、まともな大人なら口にしないような内容のその歌は、例えるなら「子供の替え歌」だ。
事態を理解できない俺をよそに、歌はくりかえし店外から聞こえてくる。
「「ス・ケ・ベ、スケベ、ス・ケ・ベ!」」
「「よしこい!」」
「「こ・こ・の、店主、ス・ケ・ベ!」」
「「どすこい!」」
「えぇー、なんなんですかこれー?」
アンナの疑問と同じ気持ちで、俺もクリスも店主を見る。
店主に驚く様子はなく、眉をしかめており、どうやらこの店に向けての歌なのだと理解した。
「と、とりあえず街中でこんな変な歌を放置するわけにもいきません」
席を立って店外に出ると、店に向かって身なりのいい五人組が歌っていた。
「「と・し・の、わりに、ス・ケ・ベ!」」
「「ばっちこい!」」
「「わ・か・い、嫁に、す・る・べ!」」
「「フォホホホフォウ!」」
歳は俺よりはおそらく上だが、そう変わりはなさそうだ。
周囲の通行人は何ごとかという雰囲気だが、老人は何やら苦笑している人もいた。
「すみません、どうして歌ってるんですか?」
そんな変な歌を、という部分は心にしまって俺は声をかけた。
五人組は歌うのをやめ、俺をわずらわしそうに見る。
「ふん、いこうぜ」
五人組は背を向けてこの場を離れようとした。
「ちょ、ちょっと待ってください。何の意味もなく、さっきみたいなことをしないと思うんですが、どうして――」
「――うるせえなあ!」
端の男が振り返り、俺の言葉をさえぎって怒声をあびせてくる。
「シャリヴァリだよ、シャ・リ・ヴァ・リ。目くじらたてんじゃねえって」
去り際、五人のうち一人が「後ろのはジラール家の三男だぜ」と小声で話しながら去っていった。
何やら、連中はクリスのことを知っているようだ。そしてシャリヴァリとは何なのだろう。
「シャリヴァリってのはそうだな……、まあ制裁、ばか騒ぎ、悪ふざけ、冷やかしを全部一緒にした、村社会のしきたりのようなものだ」
聞き慣れない単語について質問すると、少し説明しにくそうにクリスは答えた。
「なるほど、わからん」
さっきの五人組と変な歌、年の差新婚夫婦、クリスの説明がうまく一つにならない。
「とにかく料理を注文してからにしよう」
店内に戻って改めて料理を注文し、待ってる間にクリスは説明してくれた。
「まず、あの五人組は宮廷学校の生徒だ。徽章もついていた。真ん中の男はたしか田舎領地のヴィドック準男爵家の三男で、今年成人だったはずだ」
「その人、ジャン・ヴィドックさんが、さっき言ってた『しつこいお客さん』です」
クリスを知っていた理由は想像どおりだったようだ。
「今から言うのはシャリヴァリをされる一つの例だ。人の出入りがほとんどない村社会だと、若い男女の数も少なく、結婚相手の選択肢は少ない」
クリスの説明は、シャリヴァリとやらの詳細に入ったようだ。
「そんな村で、年配の裕福な男性が妻を亡くしたあと、若い年頃の女性を妻にしたとしよう」
相変わらず今日は客入りが少なく、クリスの声は厨房にも聞こえている。
料理を作る店主の顔も、少しバツが悪そうだ。
「恋愛も結婚も、二人の自由だよねー」
アンナは空気が多少読めない。いや、読まない。
「ま、まあ自由なんだが、若い男性としては『若者には準備できないほどの貯金を武器にした中年が、若い妻を手に入れやがった。あいつのせいで男が一人余計にあぶれる』となるわけだ」
なるほど、気持ちはわからんでもない。
「年配の他の男性は『こいつめ、若い奥さん捕まえやがって、うらやましいぜ!』だ。これには半分お祝いの気持ちも入る」
これもわからんでもない。
「また、他の年配の人には『一度結婚した年配の者が、若者の幸せの機会を奪うようなことをしてはいけない』と思う人もいる」
これはあまりぴんとくるものがないが、仮に年頃の男女が一人ずつの村だとすると、そう思うのも無理ではないのかもしれない。
「若い年頃の女性には『早めに死ぬ男の財産目当てなんて、恥ずかしい女ね!』と思う人もいるだろう」
真面目に説明してくれているのだが、クリスの女声は少し笑いそうになってしまう。
「年配の男性と、バツ一同士でくっつこうと思っていた年配の女性は『小娘が若さを武器にたらしこんで』とか『いい大人が小娘にたらしこまれて』と思う人もいるだろう」
こっちもなんとなくわかる。他の立場の人も含めて、ただの嫉妬だろうと思うところもあるが。
「いろんなルール違反に対して、いろんな気持ちが生まれ、いろんな形でぶつけられる。それがシャリヴァリだ」
「『村のおしおき』って感じか?」
「それだ。リズムよく悪口を歌ったり、家に物をなげつけたり、場合によっては怪我させたりするようなものもある」
「なにそれ、ひどいー」
「もちろん『おしおき』の内容はルール破りがどの程度のものか、による。家庭内暴力を村人が何度注意しても聞かないときは、縛り上げて、馬でそいつを引き回したりするらしい」
不満そうなアンナに、クリスはあわてて付け足した。
俺の頭の中はもはや世紀末だが、引き回しするまでかはともかく、家庭内暴力はいけない。
いい意味での介入もあるのなら、シャリヴァリも悪い面だけのものではないのだろう。
「今回は年の差婚に対してだな。聖都一等地の店持ち年配男性が若い娘を手に入れた。それで不当な結婚にはシャリヴァリだと騒いでるんだと思う」
店主はしゅんとしている。法には触れなくとも、この年齢差ともなれば、村社会ならひんしゅくを買う程度の話ではあったらしい。
「お店を持ってる人だから一緒になるってわけじゃないんですけど……」
料理を出し終えて、ホール側に出て来ていた店主が照れながら店員の肩を抱いた。
俺も歌ってやろうかと思うが、ここは我慢だ。
「でも小さい村ならともかく、都会だと若い男女もいっぱいいる。店主さんのせいであいつがあぶれてると思うのはおかしくないか」
「そのとおりだ。ただのふられた腹いせだろう。実際、都市部でシャリヴァリの文化はもう残ってない。ましてやここは首都だ」
「奥さんと愛人いっぱいの貴族に怒ればいいのにー」
イケメンがばっさりと切り捨て、アンナは可愛らしく口をとがらせて文句を言う。
「そのとおりだ。まあ準男爵家の三男なら平民と変わらない。それとつるんでるなら、他の四人も似たような立場だろう。そんな連中が貴族批判なんてできるわけもない」
それにしても、よくヴィドックとやらはシャリヴァリのことを知っていたものだ。
まあクリスが田舎貴族と言っていたし、地方にはまだそういう習わしが残る場所もあるのかもしれない。
クリスは子飼いの兵と話すことが多いらしく、就学前講義の頃から何かにつけてませていたので驚かない。貴族のことも平民のこともかなり耳年増なクリスは、こういう話をするときの俺の先生でもある。
「貴族ガチ勢に文句も言えず、ふられた腹いせをしきたり扱いでぶつけてくるゲス、か」
「そういうことだな。だがたちが悪いことに、村社会だとシャリヴァリはやめさせるのが難しいらしい」
「どうしてー?」
「悪口の歌ぐらいじゃ犯罪でもない。愛のある冷やかしとか、愛のある悪のりだと言われてしまうとやめさせることもできない。村ぐるみでやられると特にだな」
たしかにそう言われると反論しづらい。家庭内暴力への制裁のような、良いシャリヴァリもあるとなればなおさらだろう。
「今日のお昼も、たまに来ては歌っていくのをくりかえされて、正直客の入りにも影響して困ってます……」
店主はげんなりとしている。まあここは村社会ではなく首都であり、聖教会のお膝元だ。
歌の内容も個人的な攻撃で、実害も出ているようなら衛士としても放置はできないだろう。
「明日、また来るようなら俺がやめさせます」
「あ、ありがとうございます!」
「助かります……」
頭を下げつつ、二人はいつのまにか手をつないでいる。
こんなスケベたちは正直、どうなってもいい。
だが俺の静かな昼飯のために、シャリヴァリはやめさせるつもりだ。




