2-6 聖騎士のお仕事
前話
ナヴァールが建築ギルドにやりこめられる
「リュド、来年春の叙任が決まったぞ。おめっとさん」
真夏に来年春の話をすることもだが、座席に着くよりも早く口を開くのもせっかちなことだ。
二重の意味でせっかちなコトゥさんが現れてお祝いを告げると、聞こえていた周りの人は少しどよめいている。
「来年春なら十四歳の聖騎士団入り、最年少記録になるぞ」
「驚くことじゃないわ。今年の春でもおかしくなかったぐらいよ」
「ありがたいことじゃ。まさに聖都を照らす光じゃ」
うわさ話の好きな人たちは、新たな燃料で再び話が盛り上がっているようだ。
まあうわさというか、本人の俺の目の前でも普通に話しているのだが。
「カキ氷くれ。レモンで」
今はいつものメンバーで行きつけの食堂に来ている。
コトゥさんは小柄な店員に注文をしながら、テラスにある同卓に座った。
「はい。アンナさん……、氷をもう一度お願いしてもいいですか?」
「はいはーい。コトゥさんは、私にもお代を払っていいぐらいだと思うなー」
「しょっちゅうおごってんだろ」
アンナは早くも、習得困難とされる上級水術の【氷作成】を使えるようになっていた。
開いた手から、店員の持ってきた平たいおけにごとりと氷が落ちる。
大きめのサイズで出してあげたのはサービス精神なのだろう。
さっそく他のテーブルからもカキ氷の注文が相次いでいる。
この食堂では【氷作成】が使える人がいないため、アンナがこの店に入った直後限定の裏メニューだと常連は知っているのだ。
「十三歳で【氷作成】はたいしたものだ」
「民を暑さから救う、夏の女神よ」
「ありがたいことじゃ。聖都に住んでいてよかったわい」
町の人たちは、結局何でもいいのではないだろうか。
「成人前に聖騎士の叙任を受けた前例ってあるんでしょうか」
紅茶のカップを置いてクリスが質問した。
かき氷をさじで口に入れながら、コトゥさんは首を振る。
「もともと成人してなきゃダメとかはねえが、強さとか、がっつり働けるかとか、日頃の行いとか色々見られるとどうしてもな」
「聖騎士って、そもそも何をするお仕事なんですか?」
クルーザが疑問を口にした。
「仕事がこれと決まってるわけじゃないし、使える術次第だな」
俺の回答でいっそう疑問が強くなったようで、クルーザは首をかしげている。
「何かしないといけないことがあるから、その仕事があるものではないでしょうか」
北区聖堂にも聖騎士は五人いる。しかし首都外の仕事が多いのか、あまり顔を見ることはないため、謎の仕事に見えてもしょうがないのだろう。
「もともとは貴族主導の戦争に対抗するための役割だった。バチバチで戦争やってた時代の話だがな」
どうやらコトゥさんが説明をしてくれるようだ。
「戦争で生死がかかってるのは兵士だけじゃねえ。むしろ占領された町や村は、死ぬよりひでえ目にあうこともあった」
周囲の人もコトゥさんの話を聞き入っている。
俺は以前、この聖騎士の成り立ちの話を村長から聞いていた。
兵士の大半は貴族が領地から集めるようになっており、爵位に応じたノルマをこなすべく、貴族は勝利後の略奪を許可するのがほとんどだったらしい。
「畑は荒らされ、貯えは持ってかれ、女は犯され、子供は売られる。その状況で創造神の加護と教えを信じるやつぁいねえ」
「それはそうですよね……」
クルーザも眉をしかめている。
戦争がなくなるまでのこの世界は、まさしく修羅モードだったようだ。
「民の平和のためにある神術が、戦争の道具でしかねえ。それは創造神と聖モレルの教えにも反する」
いつのまにか、テラスのそばで立ち聞きしている人までいた。コトゥさんの話は聖堂でも人気がある。
「で、信者を守るために聖教会は武力を持つことに決めて、聖教会騎士を叙任したってわけだ。それが略されて聖騎士、だな」
「貴族の軍の略奪から、村や町を守るから騎士なんですね」
「そうだ。村や町で信頼を得られるよう、普段は便利屋扱いだが、戦時は民に従軍を呼びかけて聖教会軍を組織する」
「聖騎士、かっこいいー!」
アンナは単純だ。
俺の場合は戦争も無いことだし、収入、社会的地位、幅広く仕事をこなす潰しの効きやすさがいいだろうと思って選んでいる。まあもうなれることが決まったので、潰しの効きやすさは考えなくてもいいのだが。
「最初は数も少なくてな、貴族の軍は聖教会軍をなめてかかってた。ところがいざやりあうと、軍は各地でいいように敗走した」
「いいことですけど、信者の集まりなのに、どうして聖教会軍はそんなに強かったんでしょうか」
「地の利、情報、やる気の三つだろな」
コトゥさんはかき氷の冷たさが頭に効いているらしく、手をあてて押さえている。
「常に守りの戦いだからな。掘や柵、落とし穴、毒、使えるもんはなんでも使ったらしい」
村長に教えてもらった詩曲で、村に酒樽を置いて逃げ出し、酔いつぶれた軍を明け方に襲撃するものがある。前世で軍記物が好きだった俺は、それを聞いてわくわくしたものだ。
「情報っていうのはどんなですかー?」
「信者が貴族の軍にスパイで入りこみ、聖教会にがんがん情報を流した。しかも大事なタイミングで、軍馬を奪って聖教会側への伝令に早変わりよ。攻めてくる軍の情報が入るとなりゃ、絶対勝てねえときは村ごと全員逃げる、とかも選べるからな。もちろん逃げた先の衣食住は聖教会が援助した」
やはり戦争は情報が命なようだ。勝てる戦争を選び、負ける戦争から逃げるのが大事だと、カエサルも孔明も言っていた。
「最後にやる気だが、まあこれがやっぱ一番でけえだろうな。なんせ自分の村や町を守るために決起したのが聖教会軍だ。戦うとなりゃ、老いも若きも男も女も命がけだ」
話を聞いている中で、老人勢は特に強くうなずいている。
おそらくはそういう戦いをしてきた経験があるのだろう。
「対して略奪目当ての荒くれどもは、勝ち馬に乗りたいだけの連中だ。死ぬ気で戦ったりもしねえし、危険を感じたら真っ先に逃げ出す」
「それもあって、最近の貴族はうちのような軍務専門が任命され、普段から私兵を職業軍人として訓練するようになった。数より質ということだ」
クリスが補足しながら、軍務伯家のプライドをちらりとのぞかせた。
「こっからはおまけの話なんだが」
コトゥさんはかき氷を食べ終えて、テーブルの空の皿を引き寄せた。
「各地の聖教会軍の勝利を聞いて、希望者は各地でばんばん増えた」
皿五枚を手元に引き寄せ、三枚と一枚を、三枚と二枚にしてみせる。二枚のほうが聖教会側ということなのだろう。
「当然略奪目当ての参加をする連中にしてみりゃ厳しい状況だ。敵軍に勝って、そのあと聖教会軍にも勝たなきゃならねえ。そうなると数はどうなると思う?」
「減りますよね」
「そうだ。逆に、聖教会は守った村からの寄付を、次の戦地になる国の信者を守るのにつぎこむ。そしてそれがまた次の寄付につながる。聖教会の財力と動員力は増えて、しまいにゃ貴族と力関係が逆転した。大勢になって攻められなくなった聖教会軍は次に何をすると思う?」
皿の割合は一枚と四枚に変わっていた。
「え? 攻められないならそれでいいと思うんですけど、何かするんでしょうか……」
「貴族の軍に合流した」
コトゥさんが四枚の皿を前にずいと出した。
「えぇ? 戦争に参加したんですか?」
クルーザは驚いて目をまん丸にしている。
「といっても殺し合いに加わるわけじゃねえ。一部の聖教会軍が、補給の援助とけが人治療の後方支援に参加するんだ。そんかわり、味方の軍に略奪させないように貴族と取引をした」
「おおー、すごーい」
「そっからは『戦争のスポーツ化』とか言われる流れだな。人が住んでない場所を指定してそこで戦争しあうようになった。で、そこそこ勝ったほうが話し合いで領地をもらう」
まさに陣取り合戦という言葉がふさわしい。
「つまり国対国の戦争が略奪をしないよう監視するのが聖教会。その監視する戦力を民から募るのが聖騎士ってこったな」
「じゃあ強くて優しい人が聖騎士に向いてるってことですね」
「リュドにぴったりだと思うなー」
クリスも周囲の人もうんうんとうなずき、なぜか拍手が起こる。
半分はコトゥさんの話、半分は俺の聖騎士叙任に対してなのだろうが、気恥ずかしいものだ。
「でも、もう戦争はなくなってますよね」
クルーザが身もふたもないことを言う。
「力を得た聖教会は、強気で各国に平和協定を納得させてな。聖教会が撤退するぞと言われりゃ、逆らえる国はなかった。国民が【洗礼】を受けられなくなったら国の終わりだからな」
聖教会の平和貢献度は本当に高い。
神術という絶対の存在があるとはいえ、地球の宗教とここまで違うのかと思うと、やはり俺が生きているのは異世界であり異文化なのだと実感する。
権力は腐敗する、絶対的権力は絶対的に腐敗すると後世に残した歴史思想家がいたが、聖教会がこのように高潔な組織であり続けることは驚異的だ。
役職者が選挙制ではないことと、【聖約】という汚職への抑止力が鍵なのだろう。
コトゥさんを始めとする役職者や、適性があるらしいアンナはそもそも裏表が無さそうな性格をしている。
ひょっとすると、聖の適性というのは人格にも関わっているのかもしれない。
「つっても、戦争無くなったから聖騎士もお払い箱です、とはならねえからな。ちゃんと世間と聖教会のためになってる仕事なら大抵の許可が出る。何でも屋でも構わねえしな」
コトゥさんの発言は輪をかけて身もふたもない。
しかし聞いていると、むしろコトゥさんが聖騎士なのではと思えてくる。
「北区聖堂の聖騎士団の人は、例えば今どんな仕事をしてるんですか」
「夫婦で聖騎士やってる二人は海賊取り締まりだな。帆船乗り回して、他国の聖教会との連絡役も兼ねて南海をまわってる」
「な、なんか、すごく楽しそうな感じですね……」
「私も聖騎士を目指そーかなー。聖の術力が出せるようにならないとダメなんですかー?」
アンナは水術は優秀だが、適性はあるものの聖の術力は出せるようにはなっていない。
「今の北区の聖騎士に聖術使いはいねえ。ただ今後は聖術使いか、よっぽど腕が立つ奴じゃなきゃ簡単には叙任されないだろうな」
「どういうことでしょう」
「さっきの理由だが、もう戦争がねえから叙任を増やす理由もねえ。リュドが聖騎士になったのは、『聖術使いが聖騎士を志望したから』だ」
「あーん、がっかりー」
アンナやクルーザも聖騎士志望になるのかとときめいたが、そううまくはいかないらしい。
「そういえばなんでリュドは教衆者を希望しなかったんだ? 聖騎士だと団長以上に役職が上がることがないと思うんだが」
クリスが当然の疑問をぶつけてくる。
「頭を剃るのが気乗りしないのと、体も鍛えたいって理由だったんだが、夫婦で聖騎士の話を聞いて正解選んだなと思った」
そう、働きづめではなく、楽しんで生きていくことも大事なのだ。
やってみて教衆者のほうがいいと思うようになったら、そのときまた異動を希望すればいいだろう。
「まあ何でも屋でいいなら、来年春以降も今とそう変わらない過ごし方ができそうかな」
「さ、さすがに下働きの派遣に聖騎士が入るのはおかしいだろう」
俺の発言に、クリスが少しあきれた顔になっている。
「建築とか染物ギルドあたりはけっこう楽しいんだけどな」
「下働きの依頼をしたら聖騎士様が来たー、なんていうのは向こうも驚いちゃうと思うなー」
「じゃあリュドはギルドのお仕事、あまり入れなくなっちゃうんですね」
少しさびしそうに見えるのは俺の願望だろうか。
最近のクルーザは聖教会のバイトにもよく入っていて、俺と一緒に働く機会も増えた。
「それはちょっと退屈かもなあ」
いろんなギルドに派遣されるのは、いろんな経験につながるものだ。
予想してなかった仕事内容が、思わぬ神術の訓練になったりすることもある。
俺はあまり選り好みせずバイトに入っていることもあって、各ギルドの所員の顔なじみになっているほどだ。
「リュドは、おじさんおばさんに人気があるよねー」
アンナがたいして嬉しくない褒め方をしてくる。とはいえがんばった仕事が感謝されるのはとても気持ちいいことだ。
「まあ教会は手広いからな。俺もそうだが、リュドも今後いろいろさせられるだろ」
コトゥさんが言うとおり、この国の聖教会が手がけることは非常に幅広い。日本で言う金融庁、文部科学省、厚生労働省、農林水産省あたりを国から引き受けているようなものだ。
ざっくり分けると、インフラと軍関連が国で、事業っぽいものは聖教会というイメージだ。
そしてそんな聖教会の役職者で、何にでも呼び出されるコトゥさんが言うと説得力もある。
「俺は、司祭様や司教様はずっと聖堂でほほえんでいるもんだと思ってました」
「んなわけねえだろ。教皇だって、二日に一回は外の仕事があんだぞ」
こちらの世界の聖教会の役職者は本当にフットワークが軽い。
まあブラック勤めにならなければ、どんとこいだ。
「そういえば、聖教会の【洗礼】をたてに平和協定を納得させたってことは、他の宗教には神術にあたるようなものはないんでしょうか。聖者様が追い払った東方のシンの国は闇魔法を使ったと学びましたけど」
「南東の果てに植物を操る術があるとか聞くが、見たことはねえな」
「南の大陸に、村長だけ雷が打てる部族がいるって聞いたことがあります」
ほほう、けっこうあるのか。
「広まってないってことは使えない術だろうがな」
まあそれももっともだ。便利な術が使える宗教が他にもあれば、聖教会の撤退が交渉材料にはならないだろう。
「そういえば、うちに出入りしてる貿易商が『絹を量産する術が編みだされたとしか思えません』と言ってたな。なんでも、政権と宗教が同時に変わった東方の国があって、それから質のいい絹がかなり安値で買えるようになったらしい」
クリスか貿易商の冗談なのだろうが、虫の術が使えたら少しおもしろそうだ。
しかしよく考えたら、絹とはちみつ以外に恩恵を思いつかない。
やはり、聖教会と神術は偉大ということだな。




