2-5 ナヴァールの失敗
前話
荷馬と跳ね橋の妨害
「だが納期に間に合ったから万事解決というのはちょっと違う」
今は教育館の雑務室でコトゥさん、クリス、クルーザ、アンナと一緒に作戦会議をしている。
「違いねえな。元をなんとかしねえと、今後も同じことが起きるはずだ」
「そんなひどい人なら、みんなでお店行かないようにしないのかなー」
「安さが評判で、お店のお客さんからは悪く思われてないみたいです」
つまりは下請けいじめのようなものか。
「またすぐ建築ギルドに依頼をすることになると思う。今回の件を話しておいて、ギルド単位でやり返すのがいい」
「どーして、またすぐ依頼があるのー?」
「さすがに調子に乗りすぎたみたいだな」
よく見るとクリスの顔が腹黒モードになっている。
「おぉ怖い。何か聞いたのか?」
「昨日、父上から聞いた。契約書の文面に細工するのが気に入ってるみたいでな。軍の備品の取引で、うちの寄子の男爵家にまで『おいた』をしてきたらしい」
「貴族さん相手にやっちゃったかー」
「どこの家も、二代目はバカ率たけえからな」
コトゥさんの言葉に三代目のクルーザがとても微妙な顔つきをしているが、見なかったことにしておこう。
「それじゃ、あとで俺が建築ギルドに伝えておきますね」
おそらくクリスの言うように、ナヴァール家の建物には近いうちに『不運』が降りかかるはずだ。
金が力だとか、契約書が絶対だとか勘違いをしては、この世の理不尽からは身を守れない。
ナヴァール氏にはいい勉強になるだろう。
まったく、この世は理不尽だ。
俺は誠実に目立たず、そして権力に隠れながら生きていこうと思う。
◇◇◇◇◇
聖都の大手商家であるナヴァール家の代表室に、朝から信じがたい知らせが届いた。
「は? もう一度申してみよ」
「は、はい。今日から着工の予定地ですが、納入済みの石材がすべて無くなっています。いかがいたしましょう」
聞き間違いではないことを確認したナヴァールは声を荒げる。
「街灯もあって城門近くの立地だぞ! 家一軒とその塀の石材が盗まれて、誰の目にも耳にも止まらぬはずはなかろう!」
「もちろん西の城門衛士にも確認したのですが、その晩から朝にかけて、何も異常はなかったと言われまして……」
怒り狂う主人におびえ、従者は滝のような汗をかいている。
「大量の石材が消えることこそが異常だろうが!」
「も、もちろんです。とはいえ目撃情報がなくては訴える相手もいません」
「盗難届けは?」
「もちろん先ほど出しました。ですが、先日のロビノ男爵とのやりとりを考えますれば、寄親のジラール伯爵が本腰を入れて対処してくれるとも思えません」
だから申し上げましたのに、という気持ちを抑えて従者は目を伏せた。
「くそっ、むしろロビノかジラールが犯人だろうよ」
「おそらくは」
「西の城門衛士なら、先日金を握らせた二人だろう。今回もいくらか握らせてみろ」
「それが先日の二人ではなく、西城門の担当は昨日から配置が代わり、別の衛士でございました」
「ジラールのしわざで確定ではないか! 汚い仕返しをやりおって」
ナヴァールは怒りにまかせて机を叩き、声を張り上げた。
「いずれにしましても、今後の対応を考えませんと。納入翌日に着工契約をしておりますので、このままですと大工の連中に無駄に給金が発生してしまいます」
「タダ飯を食わすこともない。着工契約を解除するしかあるまい」
ナヴァールはいらだちを表現するかのように、羽ペンをかつかつと机に当てている。
「は、はぁ、そうなると大工への手付け金は戻ってきませんが」
「では解除ではなく、契約無効だ。何か無効にできる条件は契約書にないのか」
「契約無効にできる条件は戦争と大災害の場合のみです。そもそも、契約をおいそれと無効にさせないために、契約書は存在するものでございます」
従者のすましたような態度にまたもナヴァールは声を荒げる。
「そのようなことはわかっておる! お前は私を小馬鹿にしておるのか!」
「い、いえとんでもありません。本件につきましては、すぐにでも石工と再契約し、改めて石材を注文するより他にないかと思います」
「くそっ、ならば建築ギルドに……、いや待て」
「はい」
「読めたな。これはセグエラ組のしわざだろう。北西の石切り場に隠している可能性が高い。再契約したら同じ石材を持ってきて、意地汚くも二回目の代金を得ようと狙っているのだ」
一転して機嫌の良さを感じさせる顔になったナヴァールを見て、従者も胸をなでおろしつつ気をまわしてみせる。
「ならば四名ほど、馬で北西を調べてくるように指示して参ります」
「ふふっ、ではのちほど建築ギルドで報告を聞こう。ギルドが紹介した契約で、逆恨みと盗みにあったと追求すれば、セグエラ組とギルドのどちらからもしゃぶれるだろうよ」
「かしこまりました」
「で、その石材はありましたか?」
ギルドの所長は目を細めてナヴァールをにらんでいる。
ナヴァール家の従業員四名の報告はいずれも「見当たらず」の内容だった。
「石材が消えたのはもちろん、お気の毒ですけどね。必死に納期を守ったセグエラ組に対して、その石材を盗んだなんて、ひどすぎるいいがかりですよ」
「おうとも。職人の誇りにかけて、わしらはそんなことはしねえ」
事情を聞いたセグエラも建築ギルドに駆けつけ、当然の無実を主張していた。
「逆に文句を言いたいのはこっちですよ」
所長がぴしゃりとセグエラ組の契約書を叩く。
「契約書の隙をついて、代金を踏み倒そうとするような行為はギルドとして許せません」
ナヴァールは反論できず、悔しさで唇をかんでいる。
「石工と大工を守るための建築ギルドです。今後はナヴァール家には紹介もしませんし、ギルド所属の組はそちらと新しい契約はしないよう決定しましたので」
「なっ、ギルドを通さない契約まで制限するのはおかしいだろう!」
「所属する石工組と大工組すべての賛同が得られています。もう首都にナヴァール家の仕事を新たに受ける組はありません」
話は終わったと言わんばかりに椅子から立ち上がる所長に、ナヴァールは声ですがった。
「馬鹿な。購入した土地と着工契約はあるのだぞ。石材が無くてはどうするのだ」
「知りませんよ。首都以外から石材を運んではいかがですか」
「それこそ馬鹿を言え。首都以外から運ぶなど、石材ではなく宝石の値段になってしまうわ」
「だから知りませんって。どうしても調達できないなら、無駄に大工に給料を払うこともないですし、手付金を諦めて契約解除してはいかがですか」
話を終えさせようとしないナヴァールへの嫌悪感を隠そうともせずに、所長は発言を切って捨て続けた。
とりつく島もないその態度に、ナヴァールは今日一番の大声をあげる。
「購入した土地を、空き地のままにしてどうする!」
「何度も言いますが、知りません。店舗が必要なら土地を売って、別の場所で中古の建物でも買えばいいでしょう。既存の店舗の修理も、これからはご自分でどうぞ」
言い放って背中を向けたあと、「ああ」と思い出したように声をあげ、少しだけ笑いながら所長は振り返る。
「でも土地の売却は、貴方の事情が広まると、大変に買い叩かれるでしょうね」
ギルドから出てきたナヴァールは落ち込んで顔を上げられず、まるで鎖の切れた跳ね橋のようだったという。
◇◇◇◇◇
真冬の聖都に、またも聖なる衛士のうわさが駆けめぐった。
「術は大地を切り、力は馬車を動かし、愛は凍える河を超えたという」
「強欲な商人から、石工師弟の絆を守ったのよ」
「伝承の奇跡じゃ。ワインを飲んだ師弟の怪我が、たちどころに治ったらしいぞ」
余談だが、聖都のうわさは後の世で『石を惜しんで金を失う』と題された演劇となる。
王国一の喜劇役者が演じた強欲商人の取り乱しように、観衆は腹を抱えて笑い、最も民に愛される喜劇の一つとなった。
以後、実力のある喜劇役者が「名ナヴァール」と讃えられることになるゆえんである。




