2-4 石工の苦難
前話
石工の手伝い開始
悪い予感はえてして当たるものだ。
雪が舞う翌日朝、荷馬を連れて石切り場に来る予定だったのっぽが来ない。
こちらから首都西口に行こうか、そう考えた矢先に白い息を吐きながら走ってきた。
しかし荷馬に乗ってきたわけでも引いてきたわけでもなく、正真正銘の手ぶらだ。
「馬が、馬が準備できませんでしたぁ!」
見た目でわかってはいたが、どうやらのっぽは荷馬が借りられなかったらしい。続いて両膝に手を当てながら、切れ切れの息で状況説明を始める。
「西口にある荷馬のレンタルにセグエラ組で予約してたんですけど、早朝にセグエラ組を名乗る人が二頭借りて、料金を払っていったって言われて……」
どうやらセグエラ組は、自前の馬は持っていなかったらしい。
まあほとんど石を切り出す作業で過ごし、運ぶ時間は少ないとくれば当然なのだろうか。
「やられたか。まあ当然、ナヴァール氏でしょうね」
荷馬のレンタル事業はナヴァール商家が首都の西半分を占めている。
そもそも貸さないつもりだった可能性も高い。
「空いてる馬は他にいなかったすか?」
「いたら借りてきてるよ! あちこちで呼びかけたんだけど誰も相手にしてくれなくて……」
徒弟たちは口ゲンカをしながら青ざめている。
しかし借りれなかった以上は、それについてここでどうこう言っていても進展しないと思い、さえぎるようにこの不毛なやりとりを制する。
「いないものはしょうがない。僕らでがんばって押しましょう」
「え、あ、はい。でも人の力でやれるもんでしょうか……」
馬に【筋力強化】をかけて運ぶ量を想定しているせいか、この世界は荷馬車がとにかくでかい。俺には聖の身体強化もあるとはいえ、楽にはいかないだろう。
「よそで馬を調達しようとしても、おそらくそっちも手が回ってそうです。半分ぐらいはゆるい下りですし、なんとかなるでしょう」
すでに荷馬車に石材は積み込んである。序盤は全員馬車に乗り込んで出発した。
斜面で勢いがつきすぎないよう、【盾】で馬車のハーネスを進行方向の逆側に引っ張って速度調整をする。我ながら細かい術の使いこなしが上手くなったと思う。
方向転換も、馬車のボディに角度をつけて【盾】を当て、調整できた。
ミニ四駆にはまった経験がここで活きたな。
ゆるい下り斜面が終わり、馬車を飛び降りた。
「よし、じゃあここからは全員で力技でいきましょう!」
しかし、問題は俺の尿意だ。
動かし始めるときが一番しんどいことを考えると、ちょくちょく用を足すわけにはいかない。
三人はハーネスがある馬の位置、俺だけが最後尾から押すプランを伝えて配置につく。
今回ばかりは力技もやむなしだ。【筋力強化】は術力を込めるほどに効果があがるし、がぶ飲みするしか方法はない。
すでに正午を超えており、他にも妨害がある可能性を考えると、時間の余裕もない。
幸い、みんな血管が浮き上がるほど力を込めていて、押すのに全力で後方を気にする余裕はないだろう。
「がああああああああ!」
俺が力を入れると、馬車はゆっくり動きだした。
「す、すごい……」
「すげええええ!」
俺は一人、最後尾で全力全尿を出し続けた。
城門が見えてきたところで、三人には少し待つようお願いする。
打ち身になった部分を少し冷やすと伝え、河横の土手を降りた。
城壁沿いに流れるルゥド河の流れに、下半身を腰までつかって清める。
湯気が出るほど火照った体と、真冬のルゥド河の水温差はかなりのものだった。
西門の手前は下り坂になっているため、再度馬車に乗り込んで進んだが、どうも門の様子がおかしい。
「あれ、跳ね橋が上がってません?」
のっぽが疑問の声をあげた。
普段、城門から対岸にかかっている跳ね橋は、夜間は上がり、日中は降りて通行できるようになっている。しかしこの時間は降りているはずの跳ね橋が、なぜか今は上がっていた。
西街道から来た旅商人たちも、首都に入れず戸惑っている様子だ。
「すみません、これは一体何ごとでしょう?」
「さっき、跳ね橋が上がっちまったんだ。なんでも緊急の修理で、今は鎖が一つ切れちまってるから降ろせないんだと」
旅商人はいらいらした雰囲気で教えてくれた。
そんなバカなと駆け出して、身を切るように冷たい河を突っ切る。
対岸側からよじ登って、町側の跳ね橋操作部にたどり着いた。
「すみません、跳ね橋が直るのはいつ頃になりそうですか」
「切れた鎖を、鉄工組合に注文してます。今日は終日無理なので、北門か南門をご利用ください」
「朝は普通に降りてましたよね。鎖が破損するなら昇降時だと思いますけど、なぜ日中に操作したんですか?」
納得できない俺は、城門衛士に食い下がる。
そもそも、昇降時に鎖が切れたら跳ね橋が落ちて下がりっぱなしになるはずだ。
このように完全に上がった状態で鎖が外されている状況は、普通ではないように思う。
「調子が悪くて、緊急整備をすることになりまして、すみません」
理由にもならない説明をしながら、城門衛士に後ろめたい雰囲気が流れている。
どうやらこれもナヴァール氏が手を回しているとみて間違いなさそうだ。
通行量が一番少ない城門だとはいえ、首都の衛士を買収するリスクやかかる金を考えると、普通に石材代ぐらい払った方がいいように思う。
彼ももう引っ込みがつかなくなってるのかもしれない。
城門衛士は聖教会ではなく国の所属なので、城門衛士の上にかけあうならジラール軍務伯だ。
しかし、今からだと話を通す時間も鎖を付け替える時間も間違いなく足りない。
「これは困ったことになった」
いつのまにか近くにいたナヴァール氏が、まったく困ってなさそうな声で、わざとらしく眉をしかめている。
「南門から搬入するしかないか。約束の、夕一つの鐘までには頼むぞ」
ここまできてこの男の妨害に負けるわけにもいかない。
しかし、北門や南門から回るのは、馬がいたとしても厳しい。
石材を運び入れる場所は、この西門を入ったすぐの場所にあるのだ。
跳ね橋を諦めて外側に戻り、徒弟たちに状況を説明した。
「くっそ、ナヴァールのやつめ。オレら職人をなめてやがる」
「こ、こんなことが……、許されて、いいのでしょうか、うぅ……」
小柄徒弟は怒り、のっぽ徒弟はまたもさめざめと泣いている。
俺は諦めムードがただよう徒弟たちに最後の檄を入れる。
「落ち込まないでください。俺が河を突っ切って運びます」
持ってきたのは塀部分の石材だけなので、一人で持つことは可能な大きさだ。水の中なら浮力も手伝ってくれるだろう。
「うえぇぇ?」
「こんな雪が降る中、河を突っ切って石材運ぶだなんて、死んじゃいますよ!」
「もう時間がありません。一人はこれ以上の妨害を防ぐために、聖堂に走ってコトゥさんを呼んで来てください」
手に軽い怪我をしているのっぽを聖堂に走らせ、改めて聖タンポポ茶をがぶ飲みする。
「さあ、どんどんいきましょう!」
小柄と太っちょは悲痛な顔をしている。
構わず河に入り、小柄徒弟から石材を受け取っては、河を突っ切って対岸の上で待っている太っちょ徒弟に渡していった。
いつのまにか城門内部に何事かと見物している人が増えているようだ。
「あれは聖なる衛士様。この身を切るような寒さの中、どうして河に」
「親方が怪我した石工組を、助けているらしいわ」
「ナヴァール家がまた無理な仕事をさせていると聞いたぞい」
ナヴァールはそそくさと消えていた。
「おおい、リュド! 最後までいけんのか?」
「リュド、無茶しやがって」
半分ぐらい運んだところで、コトゥさんとクリスが駆けつけた。
コトゥさんの【炎心】とクリスの【疾風】が俺の身を包む。
今日は金・白・赤・緑と、かなりカラフルな術力になってしまった。
「大丈夫です、これなら最後までいけます」
身も心も熱くなり、体のキレもばっちりだ。
クリスの後ろにはジラール家の徽章をつけた私兵が五人ほどいて、渡河済みの石材を運んだり、観衆整理をしてくれたりしている。
「うちの手勢を少し連れてきた。建設予定地まで運ぶのと、置いた石材を見張るのは任せろ」
「ありがたい」
これだからイケメンってやつは。
「リュド君、ずっと一人で河を渡すのは体を壊します! 残りは僕が代わりますよ!」
のっぽはもう、さっきから泣きっぱなしだ。
「風邪でも引いて、妊娠中の奥さんにうつしたらいけません。俺に任せてください」
「うぅ、君って人は、君って人は……」
俺は聖の術力を得てから、風邪をひいたことはない。
河の作業は尿意も気にする必要がないので、このままがいいだろう。
「なんという慈悲深さ、あんなに体を震わせて」
「それでも、ほほえみをたたえていらっしゃるわ」
「かの身を慈悲の盾として、民を守っているかのようじゃ」
見物人は手を合わせたまま見守っている。
手伝いを申し出てくれる人も多いが、コトゥさんにナヴァール家の手先が紛れ込んでいる可能性を伝え、丁重にお断りしてもらっていた。
「確かに納入完了です。では」
ナヴァール家の従者が、驚いた顔で石材を確認し終えた。
「頑張ったな、リュド」
ほんとに今回はがんばったと自分でも思う。
クリスの【上級風吹】とコトゥさんの【上級着火】の合わせ技で、気持ちいい温風が服をはためかせる。やはり身近な者同士で属性が別なのは大きなメリットだ。
「なっ、揃ってるだと……。これは、いったい……」
両手で松葉杖をついたセグエラ親方が建設予定地に現れた。
「親方! 骨折なんですから無理しないでください!」
「リュド君が応援に来てくれたんす」
「そうか……、リュド、ありがとうよ」
「いえ、仕事を教わったお礼です。徒弟の皆もかなり頑張ってくれました」
「おめえら! こんなに傷だらけになって……、今回はすまねえ」
徒弟たちは時間勝負の突貫作業と馬車押しで、すり傷、切り傷、打ち身だらけの泥だらけだ。
「親方、僕らのほうこそすみません。僕らの尻ぬぐいで親方に無理させてしまって……」
「なに、言ってやがんだ。せがれが生まれるってときに、こんな無茶させちまって、本当にすまねえ……」
「いいえ……、いいえ……」
親方とその肩を支える徒弟たちは泣き濡れ、周囲の人もまた、涙をぬぐいながら見守っていた。
「それじゃあ乾杯しましょうか」
俺は陶器のビンを抱え、明るい声で後ろから呼びかけた。
「乾杯?」
「はい。ワインをそこの店で買ってきました。一日早くお祝いということで」
「そういや明日は冬枯れの節日すね」
冬の節日にワインを飲む風習は、聖都の防衛がなされた日の伝承からきている。
少女が供進したワインを、聖者様は傷を負った兵と共に回し飲み、直後に傷が快癒する奇跡が起きたというものだ。
「そうです。順番にどうぞ」
のっぽの徒弟が俺からビンを受け取り、親方に渡した。
ワインには十分の一ほど、『仕込み』を済ませている。味がばれないよう、シナモンもたっぷり投入済みだ。
今回はサービスしすぎな気もするが、まあいいだろう。
このエピソードが終わるところまでは今日中にアップロードします。




