2-3 石工の手伝い
前話
革製品のお店のクレーム処理
「リュド、今日から四日間、建築ギルドから指名があんだが入れるか?」
冬の朝一に、コトゥさんが名指しで近寄ってきた。
「俺、今日と明日は銀行棟内の警備ですよ」
「いけるなら衛士は代役立てるから心配いらねえ。なんでも納期ぎりぎりで、相当急ぎらしくてな。どうしてもリュドに来て欲しいそうだ」
前世で月末の朝礼にどなられていたことを思い出し、身震いする。
切羽詰まった仕事はしたくないが、習得したばかりの【加工】の使い慣れのため、建築ギルドの募集は優先で入りたいとコトゥさんに伝えたばかりでもある。
「わかりました。もう向かったほうがいいですか?」
「おう、気張ってこいや」
「気をつけてな」
クリスが気を回して【疾風】をかけてくれたので、持続しているうちは走って向かうことにした。
建築ギルドで内容を聞いたところ、応援が必要なのは、以前にも二度ほど働いたことがある石工のセグエラ組らしい。さっそく、西城門を出て北に向かう。
山の斜面にある石の切り出し場に着くと、現場はかなりの切迫感がただよっていた。
「ああ、リュド君、来てくれましたか。良かった」
着いた瞬間にこうも歓迎されるのは、嬉しさ半分、不安半分だ。
「ざっと状況を説明します。どうぞこちらへ」
のっぽの徒弟が勧めてくれた椅子に腰かける。以前に【加工】の現場での使い方を教えてくれた親方がおらず、徒弟三人だけで作業しているようだ。
「納期が四日後に迫っているのは、ナヴァール家のお店新築用の石材なんです」
ナヴァール家は聖都で三本の指に入る大手商家で、戦後に二代目が継いでからは強引なやり口で商売を拡大してきたともっぱらの評判だ。
「問題は納期を守れなかった場合の際の違約金でして」
「違約金ですか」
嫌な予感しかしない。
「本来、違約金は設定したとしても、遅れで発生する損害程度が普通です」
「金額を決めておいて、それに遅れた日数をかけるような感じですよね」
「普通はそうです。ですが今回の契約は、納期を一日でも超えたら総契約金額の半分、つまり後払い分が無しです」
はい? 言葉が出ずに口をあんぐりと開けた俺に、のっぽはそのまま説明を続ける。
「なおかつ総契約金額の、超過した日数%、違約金があります」
「よ、よくそんな内容で引き受けましたね」
仮に三日超えると53%引き、十日越えると60%引きになってしまう。
もともとの利益率がどれほどかは知らないが、利益が出ないどころか赤字になるかもしれない。
「とはいえ、納期自体は全く無理がないものだったんです。石材の納入が遅れれば大工組も遅れますし、なんていうんでしょう、心意気を見せるための条件と言いますか、そういうものだと思ってたんですね」
「うーん……」
俺は前世のブラック企業で、部長が営業社員を問い詰めていたときのことを思い出していた。
『この数字が上げられない赤字営業社員は、給料無しだからな?』
さすがに給料無しはありえなかったが、今回の話はそれを実際にやろうとしているようなものだ。
「で、無理がない日取りだったのに、どうしてぎりぎりになってるんですか?」
「それが向こうが急に、塀の石材の種類を変更したいと言いだしまして」
「え、それが原因で納期に間に合わなくても、石工の責任なんですか?」
とんでもない話だ。それがまかりとおるのなら、後払い分を踏み倒し放題だ。
「『契約書に石材の種類は記載しておらず、注文内容を変更してはいけないとも書いてない。それに変更後の日数もそれなりにあるだろう』と主張されてしまいまして……。もちろん、これ以上は変更なしと、確約してもらってます」
「ひどい話ですね……」
「全員、日があるうちはずっと作業してたんですが、疲労のせいか昨日、親方が怪我してしまいまして……」
理不尽すぎる話だが、おそらく最初から不当な割引を得ようとしての契約書ではないだろうか。
内容もよく考えられているように感じる。
仮に「納期を超えたら後払い金無し」だけの条件だった場合、納期に間に合わないとみるや職人がいっそ仕事を放棄するという手段に出るかもしれない。
そうなれば手付け金だけ払って、ずっと石材が受け取れない注文者は丸損だ。それを防ぐために、従来の日数に応じた違約金と後払い金無しの二つの条件を組み合わせたのだろう。
「建物部分の石材は届け終わってて、残りは塀部分だけです。が、正直言って、僕ら三人じゃもう間に合いません。でもリュド君が前みたいに助けてくれるなら、おそらく最終日には間に合うかと」
以前に覚えたての【加工】が楽しくて、石材の切り出しをがんばりすぎたことがあった。事情が事情なので、今回も全力でいくしかないだろう。
「ちなみに納期って四日後の何時までですか?」
「夕一つの鐘ですね」
「わかりました、任せてください。取ってきたいものがあるので、昼に僕はダンドリオン村にひとっ走りします」
「はい、それじゃ早速作業に入りましょう!」
手持ちの聖タンポポ茶だけでは一日中の【加工】作業は難しい。
本腰を入れるためにはがっつりと持ってくる必要があるだろう。
チョークで引いた線を指でなぞり、石の層に土の術力を差し込んでいく。置き場に運ぶのは徒弟にすべて任せ、俺は石材を切り出すことに全力を注いだ。
聖タンポポ茶をがぶ飲みしながらの作業は、すさまじい効率となった。男しかいない環境なので、すぐ近くで気軽に用を足せるのも面倒がなくていい。
「三人で運ぶよりも早く切り出すって……」
「リュド君の術力、すげーわ……」
「見てるだけで、気持ちいい出来栄えすね」
のっぽ徒弟は感心しきり、小柄な徒弟は開いた口が塞がらず、太っちょの徒弟は汗を拭くのも忘れて褒めいっている。
徒弟たちは巨大な石材の山が次々と切り出されるのに追われ、三人ともひっきりなしに動き回った。
「手前から順番に切り出してますけど、俺の職人魂的には綺麗な層だけ切り出したかったんですがね」
「いやいや、時間がないですし」
「ナヴァールのせいだし」
「時間あっても、そこまでやってやる必要ないすよ」
まあ自業自得というやつだ。お金をケチっていい仕事をしてもらえない見本となればいいだろう。
三日目の午前中に、切り出しは完了した。
「ちょっとだけ休憩しましょう。そのあとで切断面を整えていきます」
いつのまにか、俺が指示を出すはめになっている。
今日で整形を終えて、明日最終日で運べば、早ければ昼過ぎぐらいには終わるだろう。
「今回はこんなに働いてもらって、本当にありがとうございます」
のっぽ徒弟が、手ぬぐいを俺に差し出してきた。
「ども。俺もナヴァール氏には頭に来てますから」
「僕ですね、もうすぐ子供が生まれるんです」
汗をふいていると、のっぽが急に近況報告を始めた。
「おお、それはおめでとうございます」
「この時期、注文がなくて収入が少ない期間が三週ぐらいあるな、とは前もって思ってたんです」
どうやら定額の月収ではなく、仕事の報酬を師弟で分配する仕組みのようだ。
「親方も、それで僕に気を使ってくれたんだと思います。普段なら、『こんな契約、職人バカにしてんのか!』って怒っちゃう人なんで」
セグエラ親方は絵に描いたような職人気質で、仕事は厳しく人情に厚い。
のっぽの言うことはおそらく当たっているのだろう。
「世話になりっぱなしなのに、よくしてもらってるのにこれですよ。気を使わせて、無理させて、怪我させて……」
のっぽは涙ぐみ、太っちょの徒弟になぐさめられている。
「しっかり納期に間に合わせられれば、結果的に問題ないですよ」
もう完了までの見通しは立っている。俺の声も明るくなろうというものだ。
「はい。僕、リュド君にこの恩は絶対返しますから。家建てるときは声かけてくださいね」
「リュド君は切り出しも組み上げもやれるし、オレらは役に立たないんじゃね……」
「いやいや、気持ちが大事ですよ。ありがとうございます」
一言多い小柄な徒弟をたしなめて、休憩を終えた。
注文の大きさに揃えたり、切断面を整えたりしている最中、石切り場にいかにも成金趣味な馬車が到着した。
「これはナヴァールさん、ご心配をおかけしてます」
のっぽの徒弟が、作業の手を休めずに挨拶をした。どうやら注文主のナヴァール氏らしい。
「間に合いそうなら何より。残り作業もよろしく頼む」
嬉しそうでもなく、かといって悔しそうでもない顔で、ナヴァール氏は帰っていった。
「うーん、考えすぎならいいんだが」
「リュド君、何か心配でも?」
「足を引っ張ろうとしてくる可能性もあると思います」
納期に間に合ったことを喜ぶような性格なら、そもそもこんな事態となっていないはずだ
となると何らかの妨害をして夕一つの鐘に間に合わないようにしてくる可能性も考えられる。
だが大手商家の体面もある。広い敷地一件と塀の分とはいえ、そう露骨なことは心配しなくてもいいのだろうか。
「ま、とにかく早め早めに進めましょう」
「はい。今日中に整形が終われば、明日は運ぶだけです。大丈夫でしょう」
この発言がフラグにならなければいいのだが。




