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聖水騎士様はブラックが許せない  作者: 寺内ワタル
10/25

2-2 革職人の店

前話

街でうわさの堅信式デビュー

「伝承の光だ。聖者様が再臨なされた」

「聖者様ゆかりのダンドリオン村を、狼の群れから守ったそうよ」

「聖の力に目覚めた瞬間から、【聖約】を使われたのじゃ」


 堅信式のインパクトは大きかったようで、聖都はうわさで持ちきりになっているらしい。

 もっとも、この世界に写真などはない。顔が広まったわけではないので、特に生活に支障が出るわけではないのは好都合だ。


 堅信式以降は週四で講義と聖教会のバイトをこなしながら過ごした。

 土と聖の日は休みではあるのだが、広場で鍛錬したり村長宅に行ったりと、今までと変わることはない。

 というのもこの世界はあまり娯楽が無く、休みといってもやることがあまりない。

 ましてや聖の日は世間全体が休みで、飯屋すら開いてない。


「聖の日って、世間は何やって過ごしてるの」


 昼飯を食べ終えて、俺が質問した。


「礼拝の日で、俺ら教衆者は一番忙しい。代わりに闇の日が休みだな。リュドも、見習い期間が終わりゃ聖の日出勤もぼちぼち増えてくるぞ」


 地球で言う月曜休みのサービス業みたいなものだろうか。

 しかし、その闇の日なのに聖堂に出てきているコトゥさんを見ると、家に居場所がないのではないかと心配になってしまう。


「友人同士で釣りや狩りが定番だろう。今週また、うさぎ狩りに行かないか」


 クリスは【風矢】を覚えていて、弓の腕前もいい。

 次男とは仲が良く、俺も一緒に狩りに連れていってもらったりしている。


「恋人同士で詩を送りあったりするんだよー、私が採点してあげようじゃないか」

「そうですね。リュドは私たちと一緒に、女性の口説く方法をもっと勉強するべきです」


 アンナとクルーザは堅信式以降、さらに可愛くなった。

 やはり透明感のある肌、うるんだ瞳と唇、つやめく髪は女性の武器だと思う。

 特にクルーザは術力がかなり多いせいか、唇はまるでグロスをつけたようにしっとりとしている。


「普段二人が言われてるような口説き文句を俺に言えと?」


 この美少女二人を目の前にして、歯の浮くような口説き文句が言える世間の男連中はすごいと思う。

 マルセーズ王国は、地球で言うならフランスやスペインの気質に近い気がする。


「連発されるのは、ちょっと違うんですよね」

「引きつけて、一撃ってのが大事なんだよー」


 モテる側の発言はぜいたくなものだ。

 しかし十五歳の成人を迎える前には、俺もそのスキルを身につけなければなるまい。


「まあそのうちに。じゃクリス、もうすぐ警備出発の時間だ」

「よし行こうか」


 話を打ち切られて不満そうな二人をあとにして、教会衛士の詰め所へ向かった。


 俺の希望した実務生は、神術講義以外はあまり勉強と呼べるような時間はない。

 日本で言う職業訓練校とインターンシップと派遣会社を合わせたようなシステムで、繁忙期のギルドから届く依頼を見て、働きたいところを選べるようになっている。

 一生の職を見定めつつ技術の手習いとバイトができる生徒、派遣料を取る聖教会、忙しい時期の人手を確保できるギルドとでうまく成り立たせているようだ。


 真面目に勤めれば、そのギルドから卒業時に声がかかるときもあるが、俺は聖教会勤めが内定しているので必死の売り込みはしない。

 しかし社会勉強を兼ねてさまざまなバイトをするのは前世の大学生時代のようで、なかなか楽しいものだった。



 聖教会自体の仕事もあり、今やっている見習い教会衛士はそれにあたる。

 ペアで聖堂、孤児院、銀行、治療院などの聖教会が運営する建物を回るが、見習い衛士は日中しか勤務することがないため、特に問題が起きたことはない。

 起きたところで、見習いではない人を速やかに呼ぶだけのお仕事だ。

 コトゥさんが言うには「実質、町の連中に行儀よく挨拶して回るだけ」らしい。

 聖教会の徽章も付けている以上、聖教会の評判を落とすようなことはできない。俺とクリスはこれでもかというぐらい、にこやかな笑顔を貼り付けて挨拶回りをしている。


「顔面が筋肉痛になりそうだ」


 クリスは人前だと行儀がいいが、実はけっこう毒を吐く。イメージを崩せないイケメンは大変だ。



 しかし、この日の北区はいつもの平和ぶりとは違った。

 なにやら商店が居並ぶ通りで騒ぎが起きている。

 二人で足早に駆けつけ、騒ぎの中心地にたどり着く。

 革製品の店内で、革のエプロンを身につけた小柄な店員が、男からどなりつけられていた。


「二日でおしゃかになるモン売りつけて、開き直るとは驚きだぜ」

「言いがかりはやめてください。ここは私しか店番してませんし、ここ数日であなたは来店してないわ」

「さっすが、ゴミを売りつけるような店だ。客の顔はすぐに忘れるらしい」


 男は大げさに騒いでいる。どうやら買った品に文句をつけているようだが、店員と話が食い違っているようだ。


「お父さんの革製品は、聖都で指折りの丈夫さです。工芸ギルドの表彰状だってあります」

「ガキじゃ話にならねえ、とっとと親を出せよ」


 男がテーブルを叩く。置かれた革製品の一つが床に転げ落ちた。


「お母さんの治療費のために、お父さんは製作に集中してるわ。店の責任者は私よ」

「なるほど。おっかぁの治療費作るためにあわててこしらえてるから、二日で壊れたってわけだ」

「お父さんは納得いかない製品を店に出したりしないわ! 職人の誇りがあるんだから」


 女の子は今にも泣き出しそうだ。この雰囲気だと、どうやらどちらも引きそうな気配ではない。


「誇りだとか言うなら、新品と銀貨五十枚を弁償して当たり前だろうが!」


 今度は男が店内の机を腹立たしげに蹴った。これ以上様子見するのもよくなさそうか。

 すでに荒事になっていることもあり、念のために聖タンポポ茶を飲んでおく。


「お話中に失礼します。詳しくお話を聞かせてもらってもいいですか?」


 店員の女性を下がらせ、その位置に割りこむ。

 間近で見ると、男は背こそ低いが、かなりのマッチョだ。


 店員は俺と変わらないぐらいの歳だろうに、この威圧に引かなかったのは立派だ。

 店外から見ている人にも少し安心した空気が流れるが、男の気勢は落ちることはなかった。


「この店で買ったバッグが二日で壊れてよ。馬上だったもんで、仕入れたモンが割れちまってな」


 吐き捨てた息が少し酒臭い。昼間っから飲んでいるあたりは信用ならない。

 だがそれだけで難癖だと判断するわけにもいかないだろう。

 男の言ってることの真偽を確認する意図を込めて、店員を振り返る。


「うちの商品ですけど、最近売れたものじゃないわ。並んでる商品と見比べてみてください」


 たしかに男が持っているバッグは、オレンジ色が薄くなっている。店に並ぶ製品は他のどれもが色が濃く、表面の質感もしっとりとしているようだ。


「シダーオイルで手入れして、店先に並べるんです。その色落ちぶりなら二、三年は経ってます」

「なら、売れ残って手入れもしてない品を押し付けたんじゃねえか」


 だったら買うときに色でおかしいと思わなかったのだろうか。

 冷ややかに突っ込みを入れたい気持ちを抑えて聴取を続ける。


「ちなみに何を入れて運んでたんですか?」

「祝いの品で、象牙細工だ。定期便の日程を待たずに、隣町に届けたいって依頼でな。依頼伝票も割れた象牙細工も手元にあるぜ」


 男はへこんだ箱とくしゃくしゃの紙を見せてきた。丁寧に受け取りつつ、内容に言及していく。


「銀貨五十枚の内訳が書いてませんが、どのようなものでしょうか」

「弁償する象牙細工が二十五枚、日時を守れなくて信用ガタ落ちの分が二十五枚だ」

「この依頼伝票に違約金などは書いてませんが、依頼主に確認しても?」

「違約金はねえが、今後の仕事がおじゃんになる分は、銀貨二十五枚じゃきかねえんだ」


 まさかの言い値か。


「でも金具から取れたならともかく、革がこんな風に二日で切れるなんて、ありえますかね」


 男の持っているバッグのベルトの切れ口は、少し乱れて引きちぎられたような跡になっている。


「なっ」

「絶対二日でそうはなりません。普通の使いかたなら二、三年だって、そんなちぎれかたはしないわ」

「重たいものでもなさそうですしね。その象牙細工」

「だ、だいたい俺と店の間の話だろうが。見習いはすっこんでろよ!」


 だんだんと男がいらだってきた。全体的にみて、理不尽なタカりと判断していいだろう。

 とはいえ裁くのは俺の仕事ではない。


「そういうわけにはいきません。町のもめごとは聖教会がお預かりします。訴えの正当性を検討しますので、今から聖堂執務室へお越しください。聖教会の裁きを希望する権利があなたにはありますから」


 まあこの手の輩はコトゥさんに任せるのが一番だろう。

 にこやかに男の背中を押して移動をうながすも、男は俺の手を振り払ってきた。


「聖教会に泣きつく必要なんざねえよ! 迷惑かけられて、言いがかり呼ばわりされた俺の名誉の問題だ! これは『私闘』だ!」


 女性相手に決闘を叫び、金銭の要求をするなどとはゲスの所業もいいところだ。


「あー、お兄さん。個人間の決闘による決着はもう、聖教会法で禁じられてますんで……」

「すっこんでろって言っただろ!」


 肩を叩いて落ち着いてもらおうとするが、逆効果だった。

 男がどなり、俺の肩を突き押す。

 どうやら穏便に片付けることは無理なようだ。俺の尿意もそろそろやばくなっている。

 教衆者か衛士責任者を呼んでくるよう目で合図すると、クリスは自分と俺に【疾風】をかけ、第三聖堂に向かって走り出した。


「やろうってのか! ガキはすっこんでろ!」


 体に【疾風】と【筋力強化】がかかった俺を見て、男はさらにヒートアップし、殴りかかってきた。

 手際よく取り抑えなければ、店内に余計な被害が広がる可能性もある。

 男の拳を受け止めると腕をくるりとひねりあげ、背後からしっかりと拘束した。

 さらに逆側の手で男の首を絞め、引きずるように店外へ連れ出す。


「くそっ離せ!」


 店外でも男はしぶとく騒いでいる。周囲の人も俺の金色の術力に驚き、あたりは騒然となった。

 不意に男が頭を激しく振り、後頭部が俺の顔面にあたる。

 その瞬間、必死の我慢をしていた尿意が無警戒となった。


「あっ――」


 これはまずい。

 ここは公衆の面前で、ごまかす川も泉もない。

 俺はまだ社会的に死ぬわけにはいかない。聖水は秘匿されるからこそ聖水なのだ。


 とっさの機転で左腕に力を入れ、男の頸動脈を締める。

 同時に地面に男を倒し、うつぶせで覆いかぶさった体勢で、残る全尿意を開放した。

 ゆっくり十を数えて男の下半身に沁みこませつつ、だめ押しで【水作成】をこっそりと男の股下に発生させる。

 あとは仰向けにひっくり返し、今度は俺が下になるよう体勢を変えて仕上げだ。

 男の抵抗はすでになくなっていたが、体を揺すりつつ、ここで小芝居を入れた。


「こいつめっ、大人しくしろっ」


 これなら、オチた男の失禁が下にいる俺にかかったようにしか見えないだろう。

 即興でこのように仕上がるあたりも、やはり聖者様のご加護に違いない。




 ほどなくしてコトゥさんとクリスが駆けつけた。

 司祭になったにも関わらず、コトゥさんは本当にフットワークが軽い。

 のびた男をまかせて周囲の騒ぎを静めていると、先ほどの店員が俺に話しかけてきた。


「衛士さん、本当にありがとうございます。あの男の汚れがついてますので、【衛生】をかけさせてください」

「はい、是非ともお願いします」


 爽やかな青い光が、俺のボトムスの表面を流れて消えた。


「ありがとう。貴方の心遣いに、僕の心も清らかに洗われるようです」

「い、いえっ、本当にありがとうございました」


 女性店員はほほを赤らめ、うつむいた。


「真っ黒じゃねえか」


 横目でこちらを見ているコトゥさんが、何やらぼそっと言っていたが気のせいだろう。



 巡回を終えて詰め所に戻ると、さっきの男がコトゥさんから説教されていた。


「『祝いの品が間に合わなくて人間関係が台無しになった。人生ダメにされた分を弁償しろ』って言われても、お前も困るだろ? そういうこったよ」

「はい」

「つーか、使い古したバッグ持ってきて、二日前に買ったってバカかお前は」

「すみません」


 どうやら酔いも冷めたらしく、全面的に謝まっているようだ。



 今日の騒ぎは問題なく終わったが、それも聖教会の介入あってのものだ。

 俺たちが居なければ、あの女性店員もこの男に暴力を振るわれていた可能性はある。


「聖教会入りは、やはり正解だった」


 降りかかる理不尽には万全の対策が必要で、それが聖教会でありコトゥさんなのだ。

 さらに言うなら、今日は理不尽に苦しむ人を助けることすらもできた。

 理不尽をただ受け入れることしかできなかった前世を思うと、感慨深いものがある。

 これからも真面目に勤め、安定したポジションへ出世しようと再度決意した日となった。





   ◇◇◇◇◇

 聖都のうわさには後日談がある。

 第三聖堂に革製品職人とその娘が訪れ、遠慮する聖なる衛士にお礼を手渡した。

 職人の力作であるグレーの山羊革の胸当てをついには受け取り、彼はお礼と共にこう告げた。


【こんなにいい物なら、一生使えそうです】


 そのやりとりを見守っていた者たちは、こぞってその革製品の店を訪れた。

 丁寧な作りが評判のその店は、早くも製作予約が来年まで埋まっているという。



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