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聖水騎士様はブラックが許せない  作者: 寺内ワタル
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1-1 ダンドリオン村

 闇の軍勢押しかきて

 聖者は天に加護を


 神と娘は虹を

 民に奇跡をたまいけり


 邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王をほろぼ

 世に安息の日々をもたらす


       『聖者マテュー・モレルの石碑文』




 高くなり始めた夏日で、目がくらみでもしたのかと最初は思った。

 だが何度となく目をこらしても、強く金色に光っているのは自分の体だった。


 やはりあれは、特別なものだったか。


 どれほどのものか、確かめたい。

 原因とおぼしきそれの残りを飲み干し、水筒を置いて木剣を拾う。

 術力を流すイメージを強くするほどに、金色の光はいっそう輝きを増した。


 風を切る音が力強い。

 疲れは感じた瞬間から消えていく。


「ありがとう聖者様」


 今までの自分とは比べられない実感を得て、広場にある石碑に思わず礼を伝えた。


「今度こそはお金とゆとり! そして愛のある人生を送ります!」


 素振りを再開しつつ、俺は前世を思い返した。



 思えば幸薄い前世だった。

 アルバイトと学業を並行しながらの就職活動に疲れ、すんなりと内定が出た会社にそのまま決めてしまったことが元凶か。

 中小企業向けの経営コンサルティング業の会社で、俺はとんとん拍子に出世した。

 もっとも出世といっても変わったのは肩書きと仕事量だけで、収入には大して変化は無かったが。

 新人やパートさんのフォロー、厳しさを増すプレッシャー、連日の日付超え勤務で、倦怠感けんたいかんとめまいがひどくなったある朝、俺は初めての遅刻をする。

 叱られている最中、突き刺さるような頭痛を感じて俺の意識は途絶えた。




 騒がしさで意識を取り戻した瞬間は、自分がどこにいるのかわからなかった。

 病院にでもいるのかと思ったが、不思議なことに聞こえてくるのは日本語ではなかった。

 全く言葉が理解できない中で何度も耳にする言葉に気づく。


「リュドヴィック」

「リュド」


 何度もその言葉が顔の近くで聞こえた。

 それはときに感激を感じさせる声で。ときに甘さを感じさせる声で。


 男性が、女性が、子供がその言葉を発しているのを聞きながら目を開けると、ぼんやりとした視界に映ったのは金髪で青い目をした二人の男女だった。

 俺は女性の胸に抱かれ、男性はこちらをのぞき込むように顔を近づけてきている。

 感激しきりの若い男女と俺自身の場所を見て、状況に察しがつく。

 これは生まれたての赤ん坊と、その両親だ。

 信じがたい状況ではあったが、体も満足に動かせず、声も思うように出せない俺は現状を受け入れることしかできなかった。


 なんとなく予想はしたが、リュドヴィックは俺の名前で、リュドは愛称のようだった。




 生まれ変わった事以上に驚く事があった。それを初めて体験したのは、母親がオムツを外したときだ。


 彼女は胸の前で手を合わせてから少し離す。手の間に青い光が輝きだし、続いて両方の手のひらを俺の下半身に向ける。

 放たれた青い光が、触れた下半身を洗い流すかのように汚れをふきとった。


 これは……魔法?


 さらに驚くことに、オムツまでもが綺麗になっていた。

 母親はいわゆる魔女なのかとも考えたが、のちに誰もが使えるものだとわかった。

 かまどの炭に火をつけるとき、夜に灯りをつけるとき、食器を洗うとき、様々な局面で魔法を使っていることに気づく。


 つまりは、別の国や過去や未来に生まれ変わったわけじゃない。以前の世界とは、完全に別世界なのだと理解した。

 家族によって、使える魔法に違いがあることにも気づいた。


 俺も早く魔法を使ってみたい。

 そう気がはやったところで、話すこともままならない身ではどうしようもなかった。

 えいやと心の中で念じてみたり、胸の前で手を合わせて前に向けたりするが、何も起きない。

 もっとも、俺が手を合わせるたびに家族は驚き、喜色満面で頭をふわりとなでてくる。

 おそらく形はあっているのだろうと思うが、それなら魔法を使うために必要な何かが他にあるに違いない。


 となると、この世界の言葉がわからなくてはどうにもならない。

 たくさん話しかけられたほうが言語の習得も早いだろうと考え、話しかけられたときはなるべくにこやかに、嬉しそうにした。

 早くから言葉のやりとりができる赤ん坊を見て、村の誰もが驚き、賢い子だと褒めそやした。

 のちに、俺が魔法と認識した現象は神術と呼ばれるものだと知った。







 生まれ変わって八度目の夏を迎えた。

 家族構成は父ダミアン、母ポーラ、五歳上の兄フィリップ、そして俺の四人。

 こちらの世界では貴族や名士でなければ、名字はないらしい。

 まあ飾り気のない石材の自宅を見て育ったため、早い段階で期待薄だとは思ってはいたが。


 住んでいる山間の村は、正式にはダンドリオン村区というが、普段は「村」としか呼ぶことはない。

 村人はちょっとした平地を利用した農業や、山に入っての猟で生計を立てている。

 小規模な村なりに自給自足を成立させるためか、農作物は家によってさまざまで、父ダミアンはかぼちゃ農家を営んでいた。


 いつものように朝食の準備を手伝い終え、家族と同じ食卓につく。


「分け与えられた力と恵みに感謝し、いただきます」


 こちらの食事開始の挨拶は日本のものに近い。

 自家製のかぼちゃスープで作った麦粥を食べながら、早めに父に今日の予定を告げた。


「今日も、村長のところにいってきます」

「リュドは勉強熱心ね、偉いわ」

「村長が言ってたぞ。計算はもう大人顔負けで、町の商家で勤めれば、若いうちから番頭を任されるだろうってな」


 母ポーラが褒めると、父も満足そうに目を細めてうなずいている。


「いやいや、リュドは下働きに出るなんてもったいないよ。村長さんの家の聖書だってもう読めるんだ。聖教会の寄宿舎学校に通うほうがいいと思うなあ」


 兄フィリップは自分の事のように誇らしげだ。

 談笑から一呼吸置いたあと、父は少しだけ申し訳なさそうな顔になりながら口を開く。


「リュドはやりたい事をやればいい。うちの狭い畑じゃ、おれとフィルで手は足りるからな」

「はい、では行ってきます!」


 早々に食事を終え、少ししんみりとした空気を振り払うように、陽気な声で自宅を出た。



 土地があったところで、かぼちゃ農家はあんまりやりたくないんだよな。

 家の畑を思い浮かべながら首を振る。

 この世界には電動の農業機械も農薬も無い。

 日照りは水の神術があるから心配ないにしても、水害、鳥獣被害、害虫被害はお手上げだ。

 過酷な仕事で早死にした前世を教訓とするならば、不安要素はなるべく少ない仕事がいいだろう。


 そんなことを考えていると、すぐに村長宅が見えてきた。

 山の下方に見える町の聖堂から朝八時を示す鐘が鳴り、俺は小走りになる。

 この世界では神術以外は驚くほど地球と共通点が多い。

 時間や季節に関することは、一部例外を除いて地球とほぼ一緒で四季もある。動植物も地球で見たことのあるものばかりだった。

 前世の記憶と同様、散らずに枯れていくツツジを横目に見ながら、俺は村の礼拝堂の扉を叩いた。



二作目です。

よかったら前作も感想などをお待ちしています。

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