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ユキコ、デビュー

 ユキトは今日も志麻のブログを見ていた。

「振り付け固まってきました! 早くみんなに見てもらいたいなー」

 ブログにそう綴った志麻の机は今日も空っぽのままだ。出会った月曜のあの日から数日、志麻は毎日新曲のレッスンらしく、ユキトの記憶は押し出されてもう残っていないかもしれない。

 運命の出会いを逃したユキトは机に体を投げ出し、暇つぶしに他のアイドルのブログやSNSを巡回していた。

 ぼんやりとスマホを覗き込んでいるとそのスマホ越しに教室にいるアイドルたちの姿が飛び込んでくる。角度を気にしながら何度も自撮りする姿や友人と一緒に楽しそうに笑う顔が教室のあちこちにある。今やすっかり見慣れた光景ではあったが、今撮っているあの写真のどれかが彼女たちのブログやSNSにアップされると思うとユキトの中にほんの少しだけ優越感がわいてくる。どの姿もファンが見ることのできないアイドルの日常だ。

「ねえ、若木くん! ちょっと来て!」

 桜が声をかけてきた。ユキトが声の方を見ると桜の座る席の周りに更紗、沙希、麻衣が集まっている。

「悪いんだけど写真撮ってくれる?」

 ユキトは写真撮影の手伝いを頼まれることがわりとある。最初は『なぜ自分に?』と思っていたが、女子の中には見えない壁のようなものがあることをユキトも最近は薄々感じるようになっていた。教室のあちこちにグループができていて、仲が悪いというわけではないが積極的に交わることもない。いつの間にかそんな空気ができあがっていた。

 そんな状況になってくると『異物』であるユキトの存在は逆に都合がいいのか、何かあるとあちこちのグループから『便利な道具』として使われがちだ。写真撮影などはその最たるものだ。

「それじゃ撮るよー」

 ユキトもすっかり慣れたもので、いつものように桜からスマホを受け取るとレンズを四人に向けた。

「……って、あのさ、その変顔はちょっと」

 カメラを向けられた途端、更紗が変顔を始めてしまう。こぼれ落ちそうなほどに目を剥いて、歯茎もむき出しだ。

「だひじょふぉぶ!」

「いや、大丈夫じゃないから……」

 猛烈に崩れた顔でオーケーを出されてもユキトの中の人としての良心が撮影ボタンを押すことをためらわせた。

「もー、更紗ちゃん可愛くしててよー。写真撮れないってば!」

 麻衣たちは更紗の変顔に笑い転げるばかりで、まるで撮影は進まない。

「じゃあアレやろうよ、あれ! 星のやつ!」

 桜がそう言って机の上に指を出した。人差し指と中指でピースを作り、それに続いて他の3人も桜を真似て指をくっ付け始めた。

「一人足りないね、若木くん、ちょっと指貸して!」

「指? なんで?」

「見たらわかるでしょ、星を作るの、星! 一つ足りないから早く!」

 4人がピースサインのⅤを合わせて作ったその形はまさに星だったが、1か所欠けている。5人でなければ星は完成しない。

「ちょっと待って、これ写真撮るの?」

「そうだよ、ブログに載せるの」

 桜はユキトに預けていたスマホを取り上げると、自分でカメラを指に向けた。

「いやいやいやいや、それ絶対ダメなやつ。男の俺が混ざったら騒ぎになるって」

「指くらい大丈夫だよ、早く!」

「でも……」

 桜は一度言ったらきかないタイプだ。いくら拒否してもやるまで終わらない。早くしろと言わんばかりに桜がユキトを見つめている。

「どうなっても知らないからな……」

 ユキトは諦めたように4人の出した指に自分の指を合わせた。





 その日の午後。ユキトの悪い予感は的中した。

『友達と! 星っ!』

 そんなタイトルでブログにアップした桜の写真についてファンの間でちょっとした騒ぎが起こっていた。


『この左の指、絶対男だわ!』

『この時間なら学校じゃないの?』

『今撮った写真をリアルタイムであげてるなんてどこにも書いてないし、むしろ学校だと錯覚させた上で男の写真を載せた確信犯だろ』

『うわ、男とか引く』

『こういう匂わせ方が一番腹立つよな』

『他界だわー』

『信じてたのに……』


 軽く検索するだけでもネットの掲示板やSNSに例の写真についての話題が引っかかる。その大半が男の指が混ざっていることを指摘するものだ。

「ほらな、だから言ったんだよ……ファンを舐めすぎ」

 最後の授業も終わり、帰り支度を始める生徒たちで騒がしい教室の中、桜とユキトはネットの中の騒ぎをスマートフォンで眺めていた。

「やー、困ったねえ、みんなよく見てるなぁ」

 まるで他人事といった様子で桜は頭をかいた。

「どうすんだよこれ……ファン減るぞ」

「んー、それは……困るなぁ」

 桜は口をへの字にしてしばらく考えると、何か閃いたのか、バッグをがさごそと漁りはじめた。

「若木君、ちょっとこれ被ってくれる?」

「は?」

 桜が鞄から取り出したのは長い髪のウィッグだった。

「なにそれ、カツラ?」

「そ。若木君には今から私のクラスメイトの若木ユキコちゃんになってもらいます」

 ユキトの顔が青ざめた。桜が手にしたウィッグの使い道を瞬時で理解した。

「おい! 俺に女装しろってのかよ!」

「うん。女の子になった若木君と写真を撮ってもう一度載せればみんな誤解だったって思うでしょ」

 事もなげに桜は笑ってみせる。

「あのなぁ、むしろ状況悪化するだろそれ。俺が女装したって女装した男以上になるわけないだろ。指を見て男と判別する連中だぞ。誤魔化せるわけがない!」

「大丈夫大丈夫! 私のメイクテクでちゃんと女の子に仕上げてあげる」

「冗談じゃない!」

 しかし桜はユキトの言葉などまるで聞こうとしない。バッグから次々とメイク道具を取り出し、淡々と準備を進めている。

「とりあえず制服も必要だよね……あ、美霜ちゃん! ちょっといい?」

 帰ろうと近くを通りかかった木村美霜に桜が声をかけた。

「ん? なに?」

 美霜のファンだったユキトはすぐそばに立ってきょとんとした顔で桜を見る美霜の可愛さに思わず見とれてしまった。自分の身に降りかかっているややこしい問題など目の前にいる美霜の愛らしい姿を見ているとあっさりとどうでもよくなってしまう。

 だが、ユキトのその幸せはほんの一瞬だった。

「美霜ちゃん、ちょっと制服貸してくれない?」

「……制服? なんで?」

「若木君が美霜ちゃんの制服着たいんだって」

「…………」

 絶句。

 ユキトも美霜も言葉を失い、その場で固まった。

 桜の無茶苦茶な言葉をすぐさま否定しようとしたがあまりに唐突なやり取りにユキトの口から言葉がまるで出てこない。ただぽかんと口を開けて固まることしかできない。そんな間にも美霜の表情はどんどん曇ってゆく。そして今にも泣き出しそうな顔をしたかと思うと、ユキトの顔をチラリと見て、その場から走り去った。

「あ……」

 ユキトの口からうめくような声が漏れたが、すでに美霜はいなくなっていた。

「お……お……」

「あー、やっぱり無理かぁ」

「お前な! いいかげんにしろよっ!」

 あまりに呑気な桜の姿にユキトの怒りが爆発した。

「どうしてくれるんだよっ! 美霜ちゃんの制服着たいとか俺ただの変態じゃねえか!」

「大丈夫大丈夫、若木君もう嫌われてるんだからこれ以上嫌われようないって」

「嫌われてねえよ! ファンなのを警戒されてただけだっつーの!」

 ユキトは頭を抱えて大袈裟なほどに体を丸めてしゃがみこんだ。

「終わりだ……完全に嫌われた……」

 美霜の青ざめた表情がユキトの目に焼き付いて離れない。

「ごめんごめん、冗談だってば」

「これのどこが冗談だよ……地獄すぎんだろ……」

「大丈夫、後でちゃんと事情を説明するし、いつか挽回の手伝いするから、ね!」

 そう言って笑う桜だが、ユキトにはその笑った顔が悪魔にしか見えなかった。

「鬼め……悪魔め……」

「それより制服なんとかしなきゃ、あ、沙希ちゃん!」

 全くといっていいほどユキトを気にしていない桜が今度は沙希に目を付けた。

「桜ちゃん、どした? 一緒に帰る?」

 すっかり桜と仲良くなった沙希は人懐っこい笑顔で桜の元へとやってきた。

「沙希ちゃんさ、ちょっと制服貸してくれない?」

「……制服? なんで?」

「ああああああああああああああっ」

 桜の言葉を遮るようにユキトが奇声を上げた。このまま桜に話をさせたらさっきと同じ光景が繰り返されるに決まっている。

「急になんなの? キモいんだけど」

 沙希のあまりに冷静な一言ユキトは口を閉じた。唐突に奇声をあげるユキトの姿はどこからどう見ても馬鹿にしか見えない。

「あのね、若木君が沙希ちゃんの制服着たいっていうから貸してあげてくんない?」

「だからお前……」

 桜の言葉に口を挟もうとしたその時だった。ユキトの顔面に沙希のバッグが叩きつけられた。

「最っ低! 変態!」

 沙希の軽蔑いっぱいな表情がユキトに突き刺さる。当然の反応だ。

「だから……俺は……」

「バカ! 変質者! 最悪っ!」

 誤解を解こうと口を開いたが、それよりも早く教科書のぎっしり詰まった沙希の重いバッグがユキトを打ちつけ、軽蔑の言葉が飛んでくる。言い訳すら許さない勢いの沙希を前にユキトはこんな仕打ちに追い込んだ桜を恨めしそうに眺めることしかできなかった。

「沙希ちゃん待って! これには事情があるの!」

「事情?」

 不本意ではあったが、今のユキトにはこんな状況に追い込んだ張本人である桜が誤解を解いてくれることを願うことしかできなかった。うらめしそうに二人の会話を黙って見つめた。





「ふーん……」

 一通り事情を聞いた沙希はまだどこか冷たい目でユキトをチラリと見た。

「だから、悪いのは菅だって。こいつが俺の手が映った写真をブログに載せたりするからこんな面倒なことになってんだよ。俺なんも悪くないだろ……」

 本来なら沙希の冷たい視線を浴びる必要などないはずなのにとばっちりを受けたユキトは怒りと恨みのこもった目で桜を睨み付けた。

「ねえ沙希ちゃん、私を助けると思って制服貸してくれない? このままだと色々と大変なんだよね……」

 そう言ってチラリとユキトを見る桜の目は今もまだユキトが面倒の原因とでも言わんばかりで、自分に責任があるだなんてまるで感じていない。

「……それだったら桜ちゃんの貸してあげたら?」

「いや、私も一応アイドルだし、そこはちょっと色々と問題が……ね」

「それってつまり、私はアイドルじゃないからいいと?」

 アイドルかそうでないかで線を引かれたように感じ、今度は沙希がむっとした。

「お願いします! 私ほんとに困ってるの! 失礼は承知です! どうか助けてくださいっ!」

 勢いよく頭を下げた桜の頭が机に当たり、ごちんと音が鳴る。その勢いに沙希が慌てた。

「桜ちゃん待って! 頭上げてってば!」

 沙希が慌てて桜の体を起こさせると、机にぶつけた桜の額が赤くなっているのがわかった。

「わかったよ……桜ちゃんがそこまで言うなら」

 元々仲の良い二人だ。沙希は必死で頭を下げる桜を前にしたら断ることなどできなかっ

「……ちょっと待ってて、着替えてくる」

 そう言って更衣室へと向かう沙希を見送ると、桜が安堵のため息をもらした。

「ふう、とりあえずこれで一安心かな」

「一安心じゃねえよ、本当に俺に女装させる気かよ」

 指だけで男認定されたことを考えると安心とはとても思えないし、そもそもこれから女子の制服を着せられるという事実を前にしてはユキトの中には安心とは正反対の不安しか存在しない。

「大丈夫大丈夫! それより更紗ちゃんたちにも来てもらわないとね」

 桜は星を作ったメンバーを集めるため、スマホを覗き込んだ。

 そうこうしているうち、沙希が教室へと戻ってきた。ジャージに着替え、その手にはキレイに折りたたまれた制服がある。

「……はい」

 沙希は不服そうな表情のまま、ユキトに制服を突きつけた。

「……汚したらクリーニング代もらうから」

 沙希だけではない、ユキトも女装しなければならないというこの現実はいかんともしがたい。沙希と同じく納得できない表情のまま、その手から制服を受け取った。

 沙希から手渡された脱ぎたての制服はまだ温かく、その残った体温の生々しさにユキトは息をのんだ。思わず手にした制服をジッと見つめていた。

「……なに?」

「いや、温かいなと思って」

 そう口にした瞬間、沙希の蹴りがユキトのふとももにヒットした。

「いっつ!」

「変態! 最低っ!」

「まあまあ沙希ちゃん、落ち着いて!」

 桜が割って入るが、汚物を見るような目で沙希がユキトを見ている。

「俺なんも悪くないのに……なんでこんな目に……」

「ほら、とにかく着替えて着替えて! みんなこのあと仕事あるし急いで!」

 ユキトの都合だけは完全に無視されたまま全てが進んでゆくことに納得はできなかったが、とにかく一刻も早く全てを終わらせたい、その一心でユキトは黙って従うしかなかった。





「着替え終わった?」

 人払いの済んだ教室で沙希の制服に着替えると、廊下から桜の声がする。

「ああ、一応……」

 ドアが開き、すでに集合を済ませた桜、沙希、更紗、麻衣の四人がそっと中を覗き込んだ。

「やだー、なにこれー」

 麻衣が女装したユキトを見て声をあげる。

「……引く」

 更紗は普段のクールな表情は崩さなかったが、若干顔が引きつっている。

「……」

 制服を貸した沙希は憮然とした表情でただ黙っている。

 そして桜だけが妙に楽しそうだった。

「うん、やっぱり酷いね」

 そう言って笑う桜に事件の張本人だという自覚がまるでない。

「だから言っただろ、こんなの無理だって」

 ユキトは女子の制服を着た自身の姿がどんな状態なのか、あまりに恐ろしくて確認できなかった。ガラスに反射して薄っすらと見える姿すら見たくなく下を向くと、ウィッグの長い髪が視界の両端に垂れ下がり、さらには毛まで剃ることになってしまいすっかりつるつるになった自身の足が見え、もはや視線の持っていき場がなかった。しかしいくら目をそらしてもユキトを見た彼女たちの反応を見れば酷い有様なのは容易に想像できた。

「大丈夫、任せて。ここからが私の力の見せどころなんだから。ほら座って!」

 ユキトを無理やり座らせると、桜は机にメイク道具を並べ始めた。

「じゃあ今から若木君を女の子にしてあげる!」

 そう言って桜がユキトにメイクを始めた。

 ユキトにとっては何が何やらわからない道具たちをとっかえひっかえしながら、桜は顔に化粧を施してゆく。

「へー、そこにシャドウ入れるんだ」

 更紗が興味深そうに覗き込んでいる。

「これね、メイクさんに教わったの。ここに軽く入れると小顔に見せられるんだって」

 目を閉じたまま、なすがままのユキトはただひたすら顔くすぐられるような感覚に耐えていた。

「あとね、ハイライトの使い方も大事なんだよ。立体感出せると全然印象違うから」

「へー」

 更紗だけでない、麻衣も沙希も桜のメイクを真剣に見つめている。

「桜ちゃんほんとメイク上手だよね、ラインに迷いとかないし」

「いやいや、私なんてまだまだ」

 感心した声を上げる麻衣の言葉に謙遜してみせるが、桜のメイクの手際がますます加速してゆく。

 自身の顔を確認できないユキトではあったが、妙に盛り上がる彼女たちを見ていると、案外上手くいってるのかも知れないなとほんの少しだけ期待のようなものが心の中にわき上がってきた。

 が、しかし、それは一瞬の感情だった。

「んー、こんなところかな……」

 手にしたメイク道具を桜が置くと、沙希たちはユキトの顔を覗き込んでそのまま黙ってしまった。その反応の薄さに不安を覚えたユキトも手鏡で自身の顔を確認してみた。

「……う」

 小さくうめくとユキトも自身の顔を見て黙ってしまった。

「微妙……だよね」

 誰しもが思っていた感想を更紗がついに言葉にした。メイクを施されたユキトの顔はなんとも言いようのない、まさに言葉に詰まるような顔になっていた。

「いる、いるよいる、こんな子! うん!」

 何を見ても可愛いと言いそうな麻衣ですらユキトの顔を見てフォロー気味の言葉を口にしてしまう。

「菅……お前さ、私に任せとけって言ったよな?」

 あまりの微妙な出来にユキトは恨めしそうに桜を見た。

「いや、いくらメイクで頑張っても元がアレだと……ねえ」

「失礼な! 大丈夫ってお前が言ったんだろ!」

 自分は何も悪くないのに女装させられ、顔に色々塗りたくられ、さらに元が悪いとまで言われてはユキトもたまらない。

「ねえ、そんなのどうでもいいから早く写真撮ろうよ。いつまでも私の制服着られるの嫌なんだけど」

 制服を貸すことになった沙希はユキト以上の不本意な表情で吐き捨てた。

 この恰好でいても何一つ良いことなどない。ユキトもこの罰ゲームでしかない状況を一秒でも早く終わらせたかった。沙希に促されてユキトが席を立つと、更紗が無防備なユキトのスカートをめくり上げた。

「ちょ、なにするんだよ!」

 慌ててスカートを抑えるユキトを見て更紗がニヤリと笑って見せた。そしてそれを見た麻衣までがユキトのスカートに手を伸ばす。

「いつも脚ばっかり見て! 女の子がどれだけ恥ずかしいか思い知れ! えいっ! えいっ!」

「ちょ、やめろって! 別に俺が見たわけじゃないだろ」

 更紗と麻衣に何度もスカートをめくられ、内股でスカートを必死に押さえる自身の姿にユキトは情けなさでいっぱいになった。

 そんな騒ぎを前についに沙希が爆発した。

「もう! 私の制服なんだから早くしてっ!」





 それから一時間ほど。

 桜たちは仕事に向かい、教室には自身の学生服に着替えたユキトと、ジャージ姿のままの沙希だけが残っていた。

 二人は静かになった教室でユキトが手にしたスマホを覗き込み、そこに表示された桜のブログを読んだ。


『今日は勉強DAY!』

 今日は真面目に勉強頑張ったよ! 

 うちのクラスみんな仲良くて最高!


 更新された桜のブログには桜がクラスメイトと撮った写真が載せられていた。その中にはしっかりと女装したユキトも映っている。

「……辛い」

 可愛さの欠片もない女装姿の自身の姿にユキトはうなだれた。

「でもま、これで男の子と撮った写真っていう疑惑は晴れたんじゃない?」

「だといいけど……」

 ユキトは自分のその情けない姿から目を背けるように桜のブログを閉じると、疑いが晴れたかどうか確認するためファンの集まる掲示板を開いてみた。しかしそこには『情けない』を通り越した絶望が待っていた。


『おい、なんだよこの不細工!』

 女装したユキトの評判は散々なものだった。掲示板には酷い言葉ばかりが並んでいる。

『あの指は男だとか言ったの誰だよ。俺らに男扱いされてるの知ったらこの子泣くぞ』

『アイドルばかりの学校によく通えるなこの子……俺なら死にたくなるわ』

『一応芸能人の集まる学校だし、俺らが知らないだけで不細工を集めたユニットとかあるのかもしれない。そこでは人気の子かもしれんぞ』

『ゴツ子と呼んであげよう』

『いや待て、こんな不細工と仲良くできる桜ちゃんだから俺らにも優しいんだぞ、桜ちゃん天使すぎて泣けるわ』


 掲示板の投稿を見れば見るほどにユキトの背中が丸まってゆき、ついには机に突っ伏すようにしてうなだれた。

「俺だって好きでこんな恰好したわけじゃないのに……」

 散々な言われようにユキトの気力はほぼゼロになっていた。

「でもこれで桜ちゃんの疑いが晴れたんだからよかったんじゃない」

「よかったのはアイツだけだろ。本来こんなことすらする必要なかったのに……」

 全ての原因は桜であり、その尻拭いをさせられただけのユキトにとって納得できる状況ではなかった。

「っていうか、沙希の評判良いのがなんかムカつくんだけど」

 二人が覗く掲示板にはユキトの評判だけでなく沙希に関する書き込みもあった。


『なあ、ゴツ子はともかくジャージの子可愛くね? どこのグループ?』

『見たことない。モデルとか女優系?』

『これだけ可愛くて事務所入ってないわけないから、大事に育ててドーンとデビューさせる予定の子かも』

『とにかく名前知りたい! どの子よりも可愛いじゃんか』

『アイドルやってるならこの子に推し変待ったなしだわ。可愛すぎる』


 最初こそ女装したユキトのインパクトに隠れていたが、沙希の存在に気付いた者によって沙希に関する投稿がどんどん増えてゆく。

「ずいぶん人気あるじゃんか」

「べ、別にそんなこと……」

 言葉では否定したものの、スマホの画面をジッと覗き込む沙希は恥ずかしさと嬉しさが混ざったよう表情で、まんざらでもなさそうだった。

「でもまあユキトの人気には勝てないよ」

 沙希は画面をなぞり、ユキトの女装写真へとスクロールし直した。

「ぐ……」

 その女装写真がユキトをすぐさま現実に引き戻した。

「これ、ずっとネット上に残るのかよ……」

 ただひたすら、目の前が真っ暗になるユキトであった。

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