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 卒業によせて

 卒業生代表 若木雪人


 僕たちは今日、この学校を卒業します。しかし卒業するにあたって、言葉を贈るべき下級生が僕たちにはいません。

 再開発が決まっているこの街には空き地ばかりが目立ち、すっかり人が減りました。増え続ける空き地と共に僕たちの学校の生徒数は減り続け、今では三年生が八人だけ。そのため、僕らの卒業と共に残念ながらこの中学も無くなってしまいます。

 数十年前、この埋立地には大工場があり、そこで働く人と家族のための団地や住宅がたくさんあったそうです。その頃はこの学校にも数多くの生徒がいて、それは賑やかだったと聞きました。しかし工場の撤退と共に人は減り続け、この学校の生徒数もついに一桁となり、とうとう廃校が決定してしまいました。

 再開発の計画はあるものの、実際にそれが動き出すのはまだまだ先で、新たな生徒が入ってこない以上、廃校にするしかないのだそうです。

 そのため、僕たちが最後の卒業生となってしまいましたが、この中学で学べたことを僕らは誇りに思っています。

 空き地を囲う白い鉄板ばかりの通学路、たくさんの空き教室、寂しい風景を目にすることは多くても、学校の先生、同級生たちと過ごした時間はとても温かいものでした。生徒一人一人に気を配り、丁寧に指導してくださった先生方には深く感謝しています。たった八人だけの文化祭、先生方と一緒に学校に遅くまで残って準備をした日のことは忘れません。

 少人数だったからこそ、お互いを深く理解し合い、多くのことを学ぶことができた三年間だったと思っています。

 僕たちはここで学んだそんな三年間を忘れず、新たな世界に旅立ちます。

 たとえ学校が無くなろうとも、僕たちはこの学校の卒業生であることを誇りに思い、前を向いてこれからの人生を歩んでゆきます。

 三年間、素晴らしい時間をありがとうございました。



 書いた。ユキトは書いた。

 卒業生代表としてメッセージを読むと決まってからというもの、無い知恵を絞り、なんとしてでも教師、保護者、同級生を泣かせてやろうという意気込みで必死に文面を考えた。

 しかし、この文章をユキトが読むことはなかった。



 四月、ユキトは無くなるはずだった中学の前に立っていた。

 立ち退きが相次ぎ、鉄板で囲われた空き地ばかり目立つこの街で、廃校が決まったこの中学も同じように空き地へと変わっているはずだった。

 しかし、今も目の前に中学は変わらずあった。四月の暖かな陽気が体を包み、まるで夢の中の幻のように思えたが、ユキトが三年間の中学校生活で何度もくぐった校門は間違いなくそこにあり、さあくぐれと言わんばかりにユキトを待ち受ける。

 しかし、門に取り付けられたプレートだけは新しくなっており、そこにはユキトが見慣れた中学校の名前ではなく、籠ノ内総合学園と名の入ったピカピカのプレートが収まっていた。

 一度は廃校が決まった中学だったが、どういうわけか中高一貫の新たな学園として再スタートを切ることが決まったのだ。ユキトは前の学校からの引継ぎ生徒としてこの新たな学園へと入学した。

 ぼんやりとプレートを眺めるユキトの脇を甘い香りが通り抜けてゆく。ブレザー姿の女子生徒が校門を抜け校舎へと歩いてゆく。生徒数八人という少人数で中学時代を過ごしていたユキトは何人もの女子生徒が校舎へと歩く姿に落ち着かない気持ちだった。

「なにぼんやりしてんの?」

 声をかけたのは幼馴染の大村沙希だった。同じ中学で三年間を過ごしたクラスメイトで、彼女もこの学園への進学を選んだ一人だ。 

「無くなるはずだった中学がまさかこんな形で残るなんて変な気持ちだよな。そこの付け替わったプレートを見てたらなんか不思議に思えちゃって」

「ふーん」

 どこか気のない返事の沙希。

「ホントはこれからの学校生活を想像してニヤニヤしてたんじゃない?」

「な、なんだよそれっ!」

 思わずユキトの声が上ずった。

「だってこの学校、アイドルばっかりなんでしょ? あたしたちの中学の廃校が決まったあと、大手の芸能プロダクションがここを買い取って芸能人を通わせるための学校にしたって聞いたよ。だから生徒はみんなアイドルや女優とか、芸能人ばかりだって……」

 沙希の言葉の通りだった。大手芸能プロ数社が共同で出資し、廃校の決まった中学を買い取る形で中高一貫の新たな学園が作られた。それが今、二人の目の前にあるこの籠ノ内総合学園だ。不規則な芸能活動に合わせた柔軟なカリキュラムが特徴の、芸能人向けとして特化した特殊な学校だ。

 芸能人向けだけあって『スキャンダル』防止策も徹底されている。再開発で遊び場すらない周辺地域は勉強に集中できる環境のうえ、不審者がいれば目立って発見しやすい。さらに女子校とすることで男女関係のトラブルも起こらない。まさにアイドル、女優のための学校となっている。

 しかし、認可の関係で以前この場所にあった中学の生徒だけは性別関係なく、資格試験無しで入学を許される。

「だからユキトは芸能人が目当てでこの学校に入ったんでしょ?」

「ち、違うっての! 俺はただ、通いなれた学校で家からも近いし、元の学校の生徒は試験無しでそのまま入れてくれるっていうから……」

「嘘、絶対嘘! だってユキトアイドルヲタクでしょ? あたし知ってるんだよ、ユキトの部屋がアイドルのポスターとかグッズでいっぱいなの」

「ぐ……」

 反論できなかった。たしかにユキトは筋金入りのアイドルヲタクだった。ポケットの中のキーホルダーはとあるグループのものだ。部屋を見せずともこの場で持ち物検査をするだけで、いくらでもアイドルヲタクとしての証拠が出てくるだろう。そして『アイドル目当て』と言った沙希の言葉も否定できなかった。

 中学が芸能関連の学校として生まれ変わることになり、当時の生徒はそのまま入学できると聞いた時、ユキトは迷いなくこの学園への進学を選んだ。アイドルに囲まれた学園生活というチャンスを棒に振るなんてことはありえない。

「ほら、顔がにやけてる」

「いや、そんなことねーし。……っていうか、お前こそなんでここに入学したんだよ。まさかアイドルとしてデビューしたいとか無謀なこと考えてないだろうな」

「はぁ? なにそれ? なんであたしがアイドル目指さなきゃいけないわけ? バッカじゃないの」

 ユキトは沙希に無表情のまま冷たい言葉をぶつけられた。

「あたしはこの学校が好きなだけ。思い出いっぱいのこの校舎でまた三年間すごせるならいいなと思って選んだだけだもん」

「だから俺だってその理由だよ。アイドル目当てとか変ないちゃもんつけるなっての」

「そう言ってるわりに、さっきから後ろを通る人ばっかり気にしてるみたいだけど……」

 校門を続々と生徒が通り抜ける。当然ながら美しい少女たちばかりだ。ユキトの視線はは無意識に彼女たちのことを追いかけていた。

「ああもうっ、いいから行くぞ! 初日から遅刻とかマズいだろ」

 反論の言葉が思いつかずユキトは誤魔化すように歩き始めた。

 昇降口までの歩きなれた道も8人しか生徒がいなかった頃とは大違いだ、あちこちに美しい少女の姿が見える。春の香りとも違う、甘い香りが漂ってくる。

「おい、あそこにいるの世藤高嶺じゃね?」

 髪をなびかせ、颯爽と歩く少女が目にとまる。

「ホントだ、あたしあの子が出てるドラマ見てた!」

 知った顔を見つけ沙希も思わず声を漏らす。

「うおっ、あっち見ろよ、あれ杉谷まどかだろ、今朝の芸能ニュースで見たばっかだよ」

 どっちを見ても芸能人しかいない。

「ねえ、あそこの子は? 超可愛いんだけど」

「あ、あの子はなんだっけ、名前思い出せない……あのね、どっかのグループでセンターやってる子だよ。うわ、もうなにこれ」

 女性芸能人だらけの状況に頭が混乱してくる。アイドルヲタクでもなんでもない沙希ですら、見たことのある芸能人だらけの状況にどこか浮ついていた。

 すると不意に沙希の背後から声がした。

「おはよう!」

 振り返ると可愛らしい笑顔の少女が立っていた。

「あっ……」

 沙希も知っている顔だった。少女は菅桜。五人組のアイドルグループFUZZのメンバーだ。制服にポニーテールという王道の中の王道といった姿はどこからどう見ても可愛さしかない。

「ねえ、私1年2組の教室へ行きたいんだけど、どこにあるか知らないかな?」

 プリントを何度もひっくり返し首を傾げる。桜は方向音痴らしく、難しい顔をしてひたすら地図を眺めている。

「2組? じゃあ私と同じクラスだね、よかったら一緒に行こ!」

「ホントに? よかった! どこに行ったらいいかわかんなくて困ってたんだ」

 三人は校舎の昇降口に向かって歩きはじめたが、桜は沙希の隣にいるユキトをチラリと見て不思議そうな顔をした。

「あ、俺も2組で……」

 怪訝そうな顔で見てくる桜にユキトが小さく呟いてみせると、桜は沙希の耳にそっと口を近づけた。

「……ねえ、この学校って女子校じゃなかったっけ?」

「あー、それね。えーとなんて説明したらいいのかな? ここって去年までは普通の中学校だったのね。で、私たちは元々ここにあった中学の生徒だったんだけど、そこに通ってた生徒は新しくなったこの学校にもそのまま入学できたの。なんか学校の認可とか色んな事情があって、前の学校の生徒を受け入れる形の方が都合が良かったとかなんとか……」

 桜は沙希の話を聞きながらもチラチラとユキトを見る。

「それで、ホントは女子高なんだけど、男子のあいつも特例みたいな感じでこの学校に入れたの。だから学校で男子はあいつだけ」

「へー、そういう理由なんだ。ビックリしたぁ、なんで男の子がいるんだろって一瞬戸惑っちゃった」

 そう言って桜が満面の笑顔を見せた。人懐っこい笑顔はまさにアイドルのそれだ。

「えーと、私は菅桜、よろしくね!」

「私は大村沙希。あの、菅さんてFUZZの菅さんだよね? あたし知ってる」

「ホント? 嬉しい!」

 またしても満面の笑み。傍から見ると握手会のようだなとユキトは二人の様子をぼんやり眺めていた。

「……君も知っててくれたりする?」

 沙希相手とは違い、どこかうかがうように桜がユキトを見た。

「そりゃもちろん知ってるよ。えと、俺は若木ユキト、よろしく」

 ここが学校なのか握手会の会場なのか一瞬わからなくなり、ユキトは一瞬戸惑った。しかし桜はますます人懐っこい笑顔を見せる。

「おさなぎ君ね、よろしく!」

 わざわざ歩みを止め、桜はユキトに向かって手を差し出した。

「学校で男子1人だなんてモテモテになりそうだね!」

「いや、まさかそんな……」

 包み込むように両手で握手をされ、ユキトは思わず顔がニヤけそうになるのを堪えるが、どこからどう見ても堪えきれておらず、沙希からはそのだらしない顔が丸見えだった。

「いつまで握ってるわけ!」

 沙希はユキトの肩を掴むと不機嫌な様子で強引に引き離した。両手で包む握手も、剥がしの存在も、何から何までアイドルの握手会じみていた。

「菅さん、気をつけた方がいいよ、こいつアイドルヲタクなんだから」

「おいっ!」

 ユキトは沙希の口から「アイドルヲ」と聞こえた辺りで反射的に声を発したがまるで被せ切れなかった。余計な事を言うなと沙希を睨みつけるもすでに手遅れだった。

「若木くん、アイドル好きなの?」

「いや、まあ、それなりに……」

「それなり? それなりどころじゃないでしょ、部屋はアイドルのポスターだらけだし、土日はイベントとか行ってるし、あたしコイツが同じCD何枚も持ってるのも見たよ。あれってアイドルと握手するためにCD何枚も買ってるんでしょ? こわっ!」

「お前ホント余計なこと言うんじゃねえよ! CDはな、イベント会場でライブ見たりとかそういうのでも増えてくんだよ、別に握手のためだけにCD買ってるわけじゃねえし、大体そんなこといちいちお前に言われる筋合いねえだろうが!」

 ユキトは必死で弁明するも、沙希は最初からまるで聞いていないし、ユキトに顔を向けることすらしなかった。

「菅さん、コイツがこの学校に入ったのだってアイドル目当てに決まってるんだから気をつけた方がいいよ」

「あのなあ、何度も言うけど俺は通い慣れたこの学校が好きで、またここに通えるならと選んだだけなの! そういう変なこと言いふらされるとすげえ迷惑なんだけど!」

 ユキトの声がどんどん大きくなる。その態度はやましい事があると言っているようなものだ。

「大体浮かれてたのはお前の方だろ、同い年の芸能人のこと検索して、誰が来るんだろって大騒ぎしてたじゃねえか」

 ユキトが桜の方を見る。

「こいつにこそ気をつけた方がいいよ。仲良くなって一緒に写真なんか撮ったら『私、アイドルと友達なんだー』って言いふらして回るよ絶対」

「そういうのはユキトの得意分野でしょ、私はそんなことしません!」

 思わずにらみ合いになる沙希とユキト。言葉の応酬が終わり、ようやく割り込めたのか桜が声をかけた。

「まあまあ……でもさ、アイドルが好きなのはホントなんでしょ?」

 そこを言われてしまうと否定のしようがない。ユキトは『おっしゃるとおりです』といった表情をするしかなかった。それを見た桜は軽蔑の眼差しどころか好奇心の目を向けてきた。

「じゃあさ、うちのグループだったら誰のファン? 教えて!」

 丸くなった可愛らしい目がユキトを見つめている。あまりの真っ直ぐな瞳に思わず目をそらしてしまった。

「えっと……」

 ユキトが口ごもると、桜の表情が一変した。一瞬真顔になったかと思うとあっという間に不機嫌そうな表情に変わる。

「あー、もういい。すぐに名前が出て来ないってことは私じゃないってことは間違いないよね!」

 むくれた桜がユキトからプイッと顔を背けるとポニーテールのシッポが跳ねた。

「沙希ちゃんいこっ!」

 沙希の手を取り、桜たちはユキトを残し二人で歩き始めた。

「やってしまった……」

 全身の力が抜け、思わずその場にへたり込みそうになる。アイドルと仲良くなれるかもと選んだ学校だったが、早くも1人に嫌われてしまった。自分が一番という気持ちの強いアイドルたちと仲良くなるのは簡単ではないことをいきなり思い知らされたようで、急に足取りが重いものに変わる。

 そんなユキトの気持ちなど気にもせず、少女たちがユキトを追い越してゆく。芸能人の集まる学校だけにどの少女も皆美しい。だからこそ、彼女たちに嫌われたらと思うと背筋が寒くなった。まずは嫌われないような立ち振る舞いをしなければならないことをユキトは思い知った。

 ずいぶん遠くなった沙希と桜を追いかけるようにユキトはよろよろと校舎へ向かった。

 ユキトが教室まで行くとすでに席はそれなりに埋まり、賑やかな笑い声があちこちから聞こえた。芸能活動をしている関係ですでに顔見知りも多いのか、数人で固まって談笑する姿も見える。そんな少女たちは教室に現れたユキトを見つけると何やらヒソヒソ話し始める。自身の異物感を肌で感じ、ユキトの中にあった登校前の浮かれた気持ちがどんどん薄くなっていた。

「若木くん! こっちこっち!」

 ユキトの登場で若干の緊張感が生まれた教室の中、桜が元気良く手を振った。さっきのむくれた様子はどこへやら、ニッコニコの笑顔が待ち構えている。

「見て見て! 私たちの席、隣同士みたいだよ!」

 机には出席番号と名前の書かれた札が貼られており、確かにユキトの隣は桜だった。

「よろしくね!」

 桜が満面の笑顔で両手を出し、ユキトと握手した。特典券無しの握手はなんとも不思議な感じだった。

 直後、教室に茶浜木が現れた。中学時代に担任だった国語の教師で、ユキトにとってはすっかり見慣れた顔だ。向こうもユキトの存在に気付くと軽く手を上げて見せ、そのまま教卓に立った。

「はーい、みんな座ってくれ!」

 一斉に席へとつき始める少女たち、彼女たちが動くだけで甘い香りが漂う。

「いくつか席は空いてるが、今日来られる生徒はひとまず全員揃ってるのかな? 私はこのクラスを受け持つことになった茶浜木だ、よろしく頼む」

 茶浜木が軽く頭を下げると生徒たちも着席したままお辞儀した。

「しかし聞いてはいたが、本当に芸能人ばかりだな……」

 8人の生徒しかいない学校にいた茶浜木にとってはあまりに新鮮な光景だ。

「みんなはもちろん承知していると思うが、この学園は芸能関係の仕事をしてる子を集めた女子校だ」

 その言葉の直後、何人かの生徒の視線がユキトに刺さった。しかし茶浜木は続ける。

「今もいくつか席が空いているが、仕事の関係でなかなか全員が揃うことはないだろう。まあ普通の高校生と違って仕事があるぶん高校生活も大変だと思うが、周りは同じ境遇の仲間たちだ。みんなで力を合わせて高校生活三年間を楽しいものにしていこう!」

「はい!」

「さすが、芸能の仕事してる子たちだけあって返事が素晴らしいな」

 アイドルや女優ばかりだけあって座った姿も姿勢が良く、動作のひとつひとつまで美しい。茶浜木は教室を見回し、何度もうなずいた。

「とりあえず二十分後に入学式を行うので自己紹介やこれからのことについての細かな説明は入学式の後にしよう。放送が入るまでは自由にしててくれ」

 茶浜木が教卓を離れるとそれに合わせて生徒たちも立ち上がろうとしたが、思い出したかのように茶浜木が立ち止まった。

「あ、その前にこれだけは言っといた方がいいな。おい、若木、立て」

「女子校なのに変なのが混ざってると思った者もいると思うが、こいつは若木ユキト。去年までここにあった中学の生徒だ」

 ユキトへと一斉に視線が集まる。美しい少女たちの視線は喜びを通り越してとてつもない緊張感をユキトに味合わせた。

「生徒が八人しかいない過疎の中学だったんだが、今年度から学校が新しくなるのにあわせて、特例としてそこの生徒にも入学してもらってる。まあ女子の中に男子が一人ってのも鬱陶しいとは思うが、男ならではの使い道もあると思うから、いいようにこき使ってくれ。ほら、挨拶しろ」

「あの、どうも……若木です」

 美少女たちは警戒感たっぷりの目でユキトを見ていた。

 そんな空気の中、桜が突然立ち上がった。

「ちーなーみーにー、若木君はアイドルヲタクだそうです! 自己紹介なんかしなくてもみんなのこと詳しそうだから、仲良くしてあげてね!」

 唐突に割り込んできた桜の言葉を聞き、警戒感たっぷりだった少女たちの顔がますますこわばった。

 なんと余計なことを言ってくれたもんだとユキトは唇を噛み締めたが桜はけろりとしたもので、なんとも思ってない様子でニコニコと笑っている。その笑顔は、先ほど好きなメンバーを聞かれて即答しなかった自分に対する報復のように感じた。

「ほー、若木はアイドル好きなのか、じゃあ学校来るの楽しすぎて皆勤賞確実だな」

 茶浜木が笑い声を上げるが、茶浜木の冗談に笑う女子生徒は一人もいない。辺りは想像以上に静まり返っている。それはそうだ、学校にまでアイドルヲタクがいるのでは気が休まらない。朝は異物としての視線だったか、ユキトが今味わっている視線はそれよりずっと冷たく感じた。

 ユキトはペコリと頭を下げると慌てて席に座った。視線が恐くて辺りを見られなかった。

「ねえ若木君、それにしてもホントにアイドルばっかりだよね、ここ。どっちを見ても知ってる顔がいっぱいだよ」

 桜にはまるで悪びれた様子がない。沙希だったら怒鳴りつけているところだが桜相手では何も言い返せない。すると桜の顔が急に近付いた。

「ねえ、このクラスの中だったら誰が好きなの?」

 急に顔を近づけ、囁くように声をかけてきた桜にユキトの心臓が止まりそうになった。甘い香りに思わず眩暈を覚える。アイドルが目の前にいるんだと思い知らされた。

「ほら……誰が好き?」

「そりゃ、やっぱり、菅さんが……」

 今度はできるだけ間を空けずに桜の名前を出したが、またしても桜の表情が冷たく変わった。

「はぁ? なにそれ……さっきあたしが怒ったから気を使ったでしょ?」

 何をやっても逆効果だ。もはやどんどん悪い方へと向かってる気がした。

「ホントは誰が好きなの? ……言っちゃいなよ」

「いや、その……」

「あたしだって一応アイドルだし、どういう子が評価されてるのか知りたいの。これは勉強なの、勉強。だから教えて」

 もはや正直に答えなければ逃げられそうになかった。ユキトは覚悟を決めてゆっくりと口を開いた。

「個人的には……木村美霜ちゃ、さんかな」

 無意識にちゃん付けしそうになったのを慌てて直す。窓際の席をチラリと見ると、木村美霜が座っていた。朝日を浴びてボブの黒髪が輝いている。

「あー、あの子。たしかモデルもやってる子だよね」

 美霜はとあるダンス系のグループに所属するアイドルだ。その傍らでモデルの仕事もしている。

「そう。アイドルなんだけどモデルになるくらいスタイルばっちりだし、ダンスも上手いんだ。最近ボブにしたけどそれも似合ってるよねぇ」

「ふーん」

 ぼんやりと聞く桜。言うか言うまいか迷ったが、ユキトは軽く息を呑むと再び口を開いた。

「でも、なにより良いと思うのは性格だよ性格! どこかおっとりしてて、マイペース。でも芯はシッカリしてて、なんていうか性格まで完璧なんだ」

 一度話を始めると止まらない。

「芸能界って私が私が、みたいな我が強くて押しの強い、図々しい子がくるような世界でしょ、でも彼女は逆の印象というか、引っ込んじゃいそうな感じがまた可愛いというか、他の子にはない魅力があると思うんだ。正直、芸能界に向いてる性格じゃない気がするけど、でも持ってる物がしっかりしてるから素材の力だけで上を狙えると思うんだよね。前にモデルやってた雑誌で……」

「あー、わかった、そこまで、わかったから」

 ヲタク特有の自分の分野になるとやたら饒舌になる性質が出始めたのを感じ、桜が慌てて制した。

「こわっ! 力入りすぎ」

 呆れたような表情で桜はユキトを見ていた。自分で聞いておいてと言い返したくなるが、ユキトは黙って堪えた。

「つまり、簡単に言うと性格も含め、全部が良いってことでしょ」

 あっさりまとめられてしまった。しかしまあそういう結論になってしまうので言い返しようがない。桜の言葉にうんうんとうなずくが、また桜の表情がムッとしたものに変わった。

「で、美霜ちゃんが素晴らしい一方で、私みたいなその他大勢の芸能人は我が強くて図々しいと、そういうわけなんだ」

「いや、そういうわけじゃ……」

 ユキトは慌てて否定の言葉を口にしたが、正直、そういうわけだよと言いたい気分でもあった。

「さて、図々しい私は周りを気にせず声かけちゃおうっと」

 そう言うと桜が美霜に向かって大声を上げた。

「美霜ちゃん! ちょっと! こっち来て!」

「ちょ、なにを」

 ユキトの言葉など無視だ。桜は事情を知らない美霜を自分たちの席へと呼び寄せてしまった。

 突然の呼びかけに若干おどおどした様子で美霜が桜の顔をうかがった。

「あ、あの、菅さんだよね?」

「私のこと知ってくれてるんだ、ありがとう! 会うのは初めてだよね? よろしく!」

「私、この前テレビで菅さんのこと見たよ。こちらこそよろしく」

 微笑む美霜。ただ近くにいるだけで溶けてしまいそうな、日差しのような暖かさをユキトはかんじていた。

「ちなみに……」

 桜がユキトをチラリと見た。

「この人……若木くんね、美霜ちゃんの大、大、大、大ファンなんだって!」

「え……」

 甘くとろけそうな表情だった美霜の顔が一瞬で警戒したものに変わったのがわかった。さっきまでの降り注いでいた日差しが急に怪しい雲に覆われたように、ユキトの視界まで暗くなる。

「今もね、美霜ちゃんのどこがどう素晴らしいかをひたすら喋り続けられてね、ホントすごかったんだよ。さっすがアイドルヲタク」

「そ、そうなんだ……ありがとう」

 蚊の鳴くような細い声が聞こえてくる。間違いなく警戒されている。ユキトはもはや顔を上げることはできなかった。

(復讐だ……これは復讐だ……)

 うつむいたまま、これは桜の復讐なんだと思い知る。誰が好きかを聞かれて桜の名前をすぐに出さなかっただけでここまでの仕打ちを受けることになろうとは、やはり芸能人はプライド高く気難しい存在なのだとユキトは思い知った。

「あの……私、荷物片付けないといけないから、それじゃ、また……」

 アイドルの皆さんとクラスメイトとして仲良く楽しく暮らすというユキトの夢は早くも砕かれつつあった。名簿に木村美霜の名前を見つけた時、これからの学校生活がバラ色になると思ったのに早くもその芽は摘まれてしまった。せめてただのアイドルヲタク程度なら挽回のチャンスもあったかもしれない、しかし大ファンなどと言われてはある意味告白したようなものだ。もう二度と警戒を解いてはもらえないかもしれない。

 初日から全てをぶち壊してくれたのは菅桜だ。思わず桜を見るが、何か言葉をぶつけることもできず、ただ悔しさをにじませることしかできなかった。

 すると今度は桜までもがばつが悪そうにユキトから視線を背けた。

「なんで黙っちゃうわけ……」

「え……」

「若木君はどうして私には沙希ちゃんにしてるみたく、『お前なに余計なこと言ってんだよ!』とか言ってくれないの?」

「だって、そりゃ……」

「これじゃ私が悪者みたいじゃん……」

 桜が泣きそうな声でつぶやいた。

「せっかくクラスメイトになったんだから気を使うのとかやめようよ。色々言ってほしいのに全部飲み込んじゃってさ」

 桜の潤んだ瞳がユキトを見つめている。その大きな瞳から今にも涙がこぼれそうだ。

「私と沙希ちゃん、どう違うの? 一緒でしょ! 私だってクラスに友達ほしいんだから!」

 アイドルとしてではなくクラスメイトとして接して欲しい桜の思い。それを今になってやっとユキトは思い知った。

「…………」

 桜の言葉にしばらく黙っていたユキトが頭をかきむしった。

「あー、めんどくせえ! 菅ってさ、こんな鬱陶しいやつなんだな!」

 ユキトの言葉を聞いた途端、潤んだ瞳から涙がこぼれ、桜が嬉しそうに笑った。

「……うん、よく言われる」

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