『焼肉』『朝日』『女』
『焼肉』『朝日』『女』
ジャンル:恋愛
登場人物:(摩耶)(紫音)
制限時間:20分
「ダメだったか。そうかそうか」
紫音が寒空の下トングで網の上の肉を持ち上げた。彼は持ち上げた豚バラをひっくり返し、じゅうじゅうと音を立てて焼けていく様を見守りながら、次の肉をひっくり返した。肉を網に移して空いた皿の上にトングを置いて、紫音は椅子に深く座った。紙皿の中のタレに沈んだ肉を、彼は割り箸で挟んで口に運ぶ。唇の間から零れたタレを下で舐めとりながら、紫音は白い息を吐いている。
初日の出はゆっくりとその神々しい輝きを世界に落とし始めている。森の中の別荘に私たちは二人でいた。小鳥の鳴き声と木々の風に揺れる音と、そして肉の焼ける音がミスマッチだった。
「ダメだダメだ。やっぱ女は信用ならねぇよ」
「そんなことを言うからお前はホモだと言われるんだよ摩耶」
「ならいっそのことお前と付き合うよ」
勘弁してくれ、と紫音は乱暴にビール缶を手に取った。赤くなった顔はきっと酔いの表れだろう。そうに違いないと、私はその様子を認めながら、寒さに切れそうな耳たぶが熱を帯びていくのを感じた。途端に恥ずかしくなって私もビールを飲んだ。勢いよくあおったものだから口の端から金色の液体が溢れて、私はそれを舌で舐めた。重なった舌と唇が熱い。
「お前は、紫音はどうなんだよ?」
「何がさ?」
「わかってるだろ。女さ、女」
好きな人はいないのかと訊きかけて、女と無意識のうちに言い換えていた。朝日は姿を晒すことを怖がっているのか、遠くの山脈の向こうにまだ顔を隠している。
「さっぱりさ。なんていうかさ、肌が合わない?ってんだよ。俺もホモなのかもなぁ」
「きもちわりぃいなぁ。俺のケツを狙ってるわけじゃねぇだろうなお前よ?」
なわけないだろ。大きな動作で彼は立ち上がった。その手にはビール缶が握られている。口に運びながら数歩歩いて、彼は尾根を見やる。ゆっくりと彼は朝日に近づいているように思えた。
「肉がうめぇなぁ」
私は彼の後姿を見ながら焼きあがった豚バラを頬張った。張った肩が大きい。
「俺が用意した肉だぜ? 当然さ」
「そうでなきゃ困る。だってお前が誘ったんだ」
「今年は女がいないからな。一人寂しく過ごすのもなんだか寂しいのさ」
閑散とした別荘のその周辺。静寂は肉の焼ける音と、私たちの息遣いで満たされていた。私も立ち上がって彼の横に並んだ。意識して自分の肩を落とした。男らしくないぞ、と隣の声に、俺は元々なで肩だと返した。嘘つくな、笑い声と上下するのどぼとけを追った。
私は苦い黄色の液体を飲み下す。朝日はまだ顔を出さない。出してはいけないのだ。そうしてしまえば壊れてしまうから。(ここで20分)私は、私たちはまるでしめしあったかのように同じタイミングでビールを飲んだ。液体は喉を通って体の奥に奥に落ちていく。飲み下して、私たちは笑いあった。
背後で肉の焼ける音がしている。ひっくり返さなければ焦げてしまうであろうそれらを、しかし私たちはどうするということはなかった。あれらはきっと、このまま焼け落ちてしまうのだろう。その様を思い浮かべ、私は知らず知らずのうちに流れ始めていた涙を、ジャンパーの袖口で拭った。