第九話 いたわりの心は紅茶で
タイマンって、ヒマだよね。
魔法合戦なしで、体力勝負してる相模さんと橋本。双方、手助けなし。ガチのタイマン。橋本、ヤンキー漫画読み過ぎじゃね? この世界、女の子向けのアニメが原作だった気がする。活躍すべき女の子と優雅にお茶をする。
橋本が部下にアフタヌーンティーを用意させていたことに驚く。スコーンってパサパサしてあんま好きじゃないんだけどね。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
ごつい緑の肌のお姉さんにお茶を勧められるが、ビビって声が出ない。
「ありがとう、いただくわ。ミリィちゃんはどうなさる?」
普通に会話しているアスカちゃんが凄すぎる。俺は目を見開いたまま動けない。
「ミリィちゃんの冷めちゃったから、取り替えてあげて下さる?」
アスカちゃんがにっこり微笑んで魔族にお願いしていた。
「かしこまりました」
緑色の魔族は、そう言うと二人分のティーカップを下げて去っていった。羽があるのに歩いている。大きな尻尾の先を少し上向きにして左右に振っているのがかわいく見えた。
「く、さすが魔王ッ!!」
「ふっ、爪が甘いぞ。勇者よっ!!」
——これ、闘わなくて良くね?
——相模部長、楽しみにしてたからしょうがないよ。
心の声にサトウさんがテレパシーで答えてくれた。相模さんもだけど、サトウさんも普通にテレパシーできるんですね。
「うぉおおお!」
「俺様に挑もうだなんて、百年早いわ」
橋本もノリノリだ。
ほっとこう。
「この先どうなんの? 世界救われるんでしょ。俺たち日本に帰れんの?」
ほわんほわんと飛びながら、橋本を応援してた柚木が俺を残念そうに見る。
「んー、無理っぽいよ、僕たち。また聞いてなかったね。橋本くんと僕が話してた時いたでしょ、まったくぅ。人の話聞いてないの僕じゃなくて、竹内くんの方じゃーん」
「んあ゛?」
黒うさぎの耳をひっぱり、話を続けさせる。
「僕らは、交通事故で死んだからこっち来たらしいよ。僕の最期のアスカたんへの『愛』の祈りと、橋本くんの来世ではイケメンになりたい『希望』と、松坂さんの『夢』でもいいから別人になりたいって願ったことが、ひとつ世界につながって、面白がった神様達が僕らをこの世界に転生させてくれたんだって」
「俺、俺は?」
「呑んだくれてたからなぁ。何も考えてなかったんじゃない? 居酒屋で寝ちゃったから僕背負ってたんだよ。……あぁ。だから、僕達は同じ『愛』の女神様に会ったんじゃないかな」
暗に感謝しろ、と柚木は目で語る。
「のぉおおおお!!」
「だから、ミリィちゃんの声でそんな雄叫びしないでよ。竹内くん」
「クハッ。こ、この俺様をここまで本気にさせるとは……いいだろう。本当の俺様の姿を見せてやる!! 這いつくばって平伏すが良い」
ボロボロのイケメンから、人外っぽい第二形態になろうとする橋本。
「そうはさせるかぁあ!!」
そう言う相模さんの口元が緩んでいる。
「橋本くーん、がんばれーっっ!! まだ第二形態、第三形態が残ってる!! ミラクルに負けるなぁ!!」
そこで相模さんの魔法少女名言うんかよ、柚木。乾いた笑いが出る。
「なんか楽しそうですわね、わたくしも手合わせしたくなりましたわ。そこの貴女、どうかしら?」
アスカちゃん、君も脳筋に仲間入りですか? 緑の女史の赤い口がニタリと裂ける。うふふ、と笑う女史の声は意外とかわいかった。二人でニコニコと去っていく。
……ごめん、みんな。
今更だけど、ちょっと俺泣きそう。
目を閉じ、長く息を吐く。
酔っ払って死んでしまった実感はまだない。親不孝者になってしまったことを深く、深く、後悔する。謝りたい。慰めたい。育ててくれた事に感謝したい。何よりもまた会いたい。まだ、帰れると思ってた。まだ、間に合うと思ってた。まだ、生きてると思ってた。まだ、やりたい事がたくさんあった。
黙ってうつむく俺に、湯気のたった紅茶がすっ、と差し出された。
「俺が淹れたから美味しくないかも知んないけど、あったかいよ」
爽やかなオレンジっぽい香りのする、ほんのり甘い紅茶だった。
フザケたあだ名つけてごめんなさい。サトウさんの優しさが、正直一番嬉しいです。
無言で紅茶を半分ほど飲んだ後、俺が顔を上げるとサトウさんが眉をハの字にさせて困ったような顔をしながら、優しく微笑んで頭を撫でてくれた。その背後では、最終決戦がヒートアップしていく様子が見える。
「シッ◯、まだだ。遥かなる時のまどろみよ、我の力に……」
「「なにっ!! 第三形態だとっ!!」」
相模さんも柚木も、最後まで橋本にセリフ言わせてやれよ。……もうそっちは好きに遊んでていいよ。
傷心に付け入る、これもまた基本。
あと一話、エピローグで完結です。気になる点あれば感想欄でもメッセージでも何なりどうぞm(_ _)m