第六話 秘め事は納戸で
アスカちゃんの家はでかい。そして洋館だ。さすが縦巻きロールのお嬢様。
「なんだよ、いいじゃないか。竹内くんが望んだんでしょ。僕はせめて女性がいいって伝えたかったのに」
黒うさぎこと柚木はウォークインクローゼットの中で何かを探しながら答えた。俺はいろんな色のコートやワンピースを見上げながら、ため息をつく。
細マッチョのイケメンはお呼びではないのだ。相模さん並みに鍛えてらっしゃる素晴らしい筋肉の持ち主がよかった。
しゅん、と項垂れていると黒うさぎが不思議そうに覗き込んできた。
「アッパーするよ?」
そんな乙女心(仮)を無視する黒うさぎにお望みのアッパーをお見舞いした。
「いあい。舌かんら」
黒うさぎは口をもごもごさせて涙目になった。そんな強い力は込めてない。大げさだ。
「任命の魔法、掛けちゃったんでしょ。警察官なら、まぁ、正義感あるんじゃない? それにたぶん、相模さんこのままのペースでレベルアップしていけば一人でも魔王は倒せるんじゃないかな」
原作通り三人の魔力を使った封印魔法が出来るといいけど、と黒うさぎは前脚を組む。
「ちょっと気になることもあるしね」
黒うさぎの小さな体で体当たりしながら、柚木はガチャガチャと服を寄せていく。
「あった!」
弾んだ声で柚木が古美術に近寄った。
鈍く光る灰色のゴテゴテした装飾の大きな姿見の鏡が立てかけてあった。柚木は迷いなく魔法の言葉を紡ぎ、光を溢れさせた。
「行こっか」
ちょっと待て。俺はアリスじゃないし、柚木は時計も持ってない。違うな、猫追いかけてたんだっけ? じゃなくて、ちょっとコンビニに行こうよ的なノリで鏡の中に突き進もうとする柚木に腰が引ける。
左手を取られ、軽く息を飲んで半ば引きずられるように光る鏡に入っていく。まぶたを閉じていても感じる強烈な光。まぶたの血管の赤が鮮やかに見える。
目に突き刺さるような鋭い光が止む。
じわじわと穏やかではない気配を読み取る。
震えが止まらない。
きつく閉じていた目を薄く開ける。
暗い。俺が確認できる明かりは、後方から通ってきたと思われる鏡の光が差し込んでいるだけだ。
「久しぶり、柚木くん。竹内も」
暗闇から、ぬっと人影が出てきた。
原作のミリィではなく、本当の俺の名前を知っていることに全身でガタガタと怖気付く。滲み出る魔力がラスボス感ハンパない。
「うん、久しぶりだね」
柚木は平然と片腕を上げ、答えている。
黒髪赤目の知り合いなんて普通いないよ。どこで知り合った?
しかし、続けて言った柚木の言葉に思考が止まる。
「元気そうじゃん。橋本くんかな? それとも松坂さん?」
「オレだよ、オレ。橋本」
……えええ!! 橋本!? 松坂さんまでいるの? 北川ゼミの三年生、全員集合なの??
飄々とイケメンと話を続ける黒うさぎを睨みつける。
橋本は変わった。
ニヒルで細マッチョなイケメンに。
声もバスからバリトンくらい変わってる。
……死ね。
なんか、一昔前のビジュアルバンドのボーカルみたいだな。上半身ハダカに黒い羽毛のマフラーって、熱いんだか寒いんだか分かんない格好、まじウケる。鍛えた体、自慢したいんですか? ふっ、相模さんの不戦勝ですよ。失笑ものです。
短いあんよがプルプルしてるって? 笑える。可笑しいんだよ、俺は。笑ってんの。ビビってねーし。え? 魔力抑えられるの? お願い、やめて?
「ちんまくてカワイイな、お前ら」
やっぱ、橋本はいいヤツだ。ミリィの必殺技もちゃんと効いたし。
「ありがと。でも、カナタは意外と腹黒いんだよ。アスカ主義だし。……僕自身、もうアスカたんしか守りたくない」
黒うさぎは遠くを眺めて少し笑った。
そんな投げやりな黒うさぎに、ずっと思ってたことをぶつける。
「なんで、この世界はイケメンばっかなんだよーっっ!!」
俺は久しぶりに叫んだ。
あまりにも理不尽すぎる!!
そう。相模さんもただのマッチョではなくタフガイって感じでカッコいい。気後れなく優しくしてくれる。誰にでも紳士だし。その上モフモフマスターだ。俺の強い男の理想像そのものなのだ。欠点は鈍感な所とか、何それ? テンプレ! 約束だよね、はぁとのレベルだ。
「「そりゃ、女の子向けのアニメの世界だからでしょ」」
一人と一匹が当然の事のように言う。
「それなら、……いや、だとしても、なぜに俺はうさぎなんだぁー!!」
頭を抱えてしゃがみこむ。
「えー。ちゃんと聞いたよ、僕。サポートキャラでもいい? って。竹内くん、はっきり『はい』って言ってたじゃーん」
あんときかー! 受諾の『ハイ』じゃなくて疑問を込めた聞き返しの『ハイ?』だ! イントネーションが違うだろ、イントネーションが!! よし、こっちこい。声のことも聞こうじゃねーか。はぁ? てめぇの趣味に付き合ってられっかよ。……死ね。
お耳の悪いうさぎの調教を済ませ、落ち着いたころには、魔王こと橋本サマが紅茶とお菓子を準備して待っていてくれた。
大変ありがたい。
主人公はゼミ仲間と共に異世界にきました。