転生した二人
平穏。
トラリシア王国の現状を見ればそんな言葉が浮かぶ。
戦時下ではあったが、朝、昼、晩、貴族だけではなく城下町の人間ですらまともに食事はできるほどにはまだトラリシア王国は国力に余裕があった。
そんな国の城下町の一角で生まれた双子の妹、セシルは朝投函された新聞を地面に広げ、真剣に読みふけっていた。
その様子に気付いた母親が、セシルの後ろに回り、かがみこむ。
「また新聞読んでるのねセシル」
「はい、先日行われた連合軍による魔族達への攻撃の結果を知りたくて」
「セシル、まさかお父さんの仇を討ちたいなんて思ってるんじゃないでしょうね。
あなたは女の子なの、そういうのは男の人たちに任せればいいのよ」
「仇討ちなんて、そんなことは」と弁明する間もなく、母親は新聞を拾い上げるとたたんでテーブルの上に置いた。
「ほら、あなたもキャロルと一緒に遊んできなさい」
「はい、母様」
文句を言うわけでもなく、言われた通りドアを開け、家を出るセシル。
暖かい日差しだ、母親が用意してくれたワンピースで丁度いいくらいの気温、すこし熱いくらいだ。
セシルが向かったのは町外れの廃屋。
その扉を開けると広間の中央に一人の少女が立っているのが見えた。
「わりい、新聞取り上げられちまったわ」
「それは構わない。しかし、いつも言っているだろう。今の我々は九歳の少女だ。言葉遣いには気を付けたほうがいい、ご近所さんに聞かれてお母様にいらない気づかいはさせたくなかろう」
「そういうキャロルだって今の言いようは女の子っぽくないぜ?」
金色の長い髪をなびかせ、振り返ったのはセシルの双子の姉キャロルだ。
二人は腕を組んで廃屋の天井を、というよりは更にその向こうにあるであろう天界をしかめっ面で仰いだ。
「おれ、あたしは。……んん、やっぱり慣れねえなあ、こういう、あたしとか私って言うのは。なんで転生したのが女かねえ」
「神は時間がないと仰っていた、私達二人をまとめて転生させるのに条件が揃っていたのが私たちの今の両親だったという事ではないかな。
言葉遣いに関して言えば私はとくに何も感じないがね、元の世界に居た時と大して変わらない」
「昨日「お母様、私、剣が欲しいの」って目ぇうるうるさせながら言ってたもんなあ、完全に別人だったぜ?」
「それは仕方ないだろう。腹を痛め、私たちを産んでくれた方に対して「魔族殲滅しに行くので剣を買って頂きたい」なんぞと言えるものか」
「まあ、それもそうだがなあ。俺は買ってもらうなら剣よりも銃がいいなあ」
二人はお互いの顔を見て溜息を吐く。
以前男として生き、戦い、そして死んだ勇者と傭兵。
その二人の転生した姿がキャロルとセシルだ。
優しく気遣いができ、誰にでもにこにこ接する元勇者、姉のキャロル。
その愛らしさは歳相応に子供っぽく、しかし将来美人に育つであろう精悍さも兼ね備えていた。
妹のセシルは歳の割には大人っぽく、双子ではあったが二卵性であったためかキャロルとは全く似ず、しかしそのセシルも将来は整った顔立ちから美貌に恵まれることは間違いない。
というのが近隣住民から見た二人の印象だ。
「で、今日も魔術の鍛錬か?」
「というよりは神が与えたもうた恩寵の確認といったところだな。なにせ"魔力が減らない"減らないというか回復速度が異常だ。使っても使っても直ぐに回復する」
セシルの問いに答えながらキャロルは魔力を放出する。
青い光がキャロルを包み薄暗い廃屋内を照らし出した。
漏れた光が城下町で廃屋に幽霊が出るという怪談を生み出していたが、犯人である二人がその話を聞くのはもう少し先になる。
「しかも貯蔵量が膨大だ、俺が前いた世界なら間違いなく魔術適正ランクは最高のA、いやこれは完全に規格外だからR指定だな」
「ほう、そういう番付みたいなものがあるのか。ふむ、私がいた世界で言えば、間違いなく勇者を名乗れる資格があるだろうな、賢者にも容易になれただろう」
「勇者とか賢者とか、おとぎ話やゲームの中の話だと思ったけどなあ、まさか本当にいたなんてなあっていまだに思うわ」
こうして異世界の人間だった二人にとって他愛のない会話をすること、思い出話、冒険譚などを聞けるのはまたと無い事だ。
二人にとってはこの廃屋での会話がここ数年での一番の楽しみになっていた。
家には母親がいるし、外とは言え近所では近隣住民の耳もあるので話しづらいそんな時目に止まったのがこの廃屋だったのだ。
「しかしなあ、テレビも無い、ラジオも無い、ゲームなんかもあるわけないし、この歳だから煙草も酒もダメ絶対。キツイわあ」
「てれび、らじお。確か、そちらの世界の娯楽の一部だったか。私にとってはこの国も相当な大都会で散歩するだけでも楽しいのだがね。まあ我慢だなあ」
「わかってるわかってる、さあそろそろ帰ろうぜ母様が心配しだすころだ」
「ああ、帰ろうか」