魔王様は戦闘狂
「城に戻られてから楽しそうですね、陛下」
そう言ったのは魔王の側近にして、その魔王によりこの世界に生まれ変わった転生者、バジリウス。
南の大陸、魔界の中央に位置する城の玉座の上、目を閉じ、足を組み、腕を組み魔王と呼ぶには幼い少女、アンジェリカの口元には笑みが浮かんでいた。
「まあな、旧い友にでも会った気分だ。
向こうは最悪の気分だろうがな」
閉じていた目を開き、意地の悪い笑みを浮かべるアンジェリカ。
しかし、アンジェリカの上機嫌はそれだけが理由ではない。
かつて自分を殺した勇者の生まれ変わりと相対したあの日。
ラデラ平原の本陣へと戻ったアンジェリカを待っていたのは、ラデラ平原での戦勝を喜ぶ部下や主の帰還に尻尾を振る魔物達。
ではなく、物言わぬ骸と化した配下の軍勢だった。
「ほう、あの状況から全滅だと?」
「陛下、これは」
アンジェリカもバジリウスも、自軍が壊滅しているというのに焦りも、悲しみもない。
ただ何故敗北しているのかと疑問を感じただけだ。
「バジリウス、ソコに転がっている首を寄越せ」
「これですか、お手が汚れますよ陛下」
命じられるままに足元に転がる魔族の頭をボールでも掴み上げるかのように扱い、アンジェリカに差し出すバジリウス。
その差し出された頭の目を指でくり抜き、アンジェリカは飴玉でも放り込むように口に運んだ。
「これで接続出来るでしょ」
そう言いながら、今度は首だけになった部下の残った方の眼を覗き込む。
部下が死ぬ前に見た情景をアンジェリカはその眼の奥から眺めていた。
アンジェリカが放った魔術による炎の壁。
その壁が消えた向こう、敵軍陣地から八名の人影が表れた。
白い鎧の装飾からアンジェリカが殺したブレイブスの生き残りかと想ったがどうも違う。
先遣隊の男が被っていた兜は被っていないし、盾も装備していない。
その手には8人がそれぞれ固有の武器を手にしていた。
大槌、槍、大剣、双剣、弓、打撃用篭手、片刃の曲刀、細剣。
恐らく各々得意な武器なのだろう。
その8人が凄まじかった。
劣勢、勝ち目など無い筈の人間達だった筈がその8人の登場で状況変わった。
魔術を交えながら武器を振り、戦う姿はアンジェリカにはどこか懐かしく見えた。
そして思い出す、前世の世界で初めて勇者の戦いを見た時、この様な状況だったな、と。
「まあアイツは一人だったがな」
「……どうされましたか陛下」
「いや、何でも無いわ。
一旦城に戻るわよ、今後の方針を決めるわ」
そして現在、アンジェリカは玉座の上、死んだ部下から読み取った映像を思い返しながらニヤニヤと笑みを浮かべているわけだ。
「幼い体のせいかしらね、新しい玩具を見つけるとつい嬉しくて、笑みが止められないわ」
「それは何よりです陛下」
「さて、本題に移ろうかしら。
バジリウス、各戦線の状況は依然変わり無しね?」
「はっ。
どの戦線も我が方が優位にございます、ブレイブスの出現でやや進行状況に遅れが出ている所もございますが、ラデラ平原程の被害はありません」
「あの8人はブレイブスの中でも特別な感じなのかしらね? 情報が無いし、戦闘力も桁違いみたいだし。
ああ~、戦ってみたいなあ。
でも、今は我慢しましょう、もっと熟れるまで、ね。
バジリウス、各方面軍に伝令を、しばらく進行はお休み、私が良いと言うまで防衛に努めさせなさい」
「了解しました。
陛下の事ですし、あのトラリシアの少女と、おっしゃっておられた8人、全員と戦いたいのでしょう。
その`時´を設ける為の進軍停止ですね」
「そこは皆には内緒だからね」
「承知しておりますアンジェリカお嬢様」
子供っぽく笑うアンジェリカと、苦笑するバジリウス。
しかしてこの日よりしばらくの間魔王軍は進軍を停止する。
それもこれもアンジェリカの気まぐれ一つだ。
今のアンジェリカの心境は、レストランで選んだ料理を待つ子供のそれに似ていた。
「楽しいわねえこの世界は、私をこんなに楽しませてくれるなんて」




