それぞれの世界を救い散った男達Ⅲ
スーツの男は自らを神の代行者と名乗った。
信仰心のあった勇者と違い、神など信じず戦いの中に身を置いていた傭兵の男には、スーツ姿の方がとっつきやすかろうと取り計らったという事だった。
「こんな状況で言うのもなんだが、やっぱり信用ならねえな、神だのなんだのと」
傭兵の男の言うことはもっともである。
信仰心の厚かった勇者ですらもその言葉には反論しなかった、出来なかったのだ。
「そう言うと見越して、あるものをお見せしたくここまでお越しいただきました」
スーツ姿の眼鏡の男がそういうと、白い柱のあった空間が一転、暗闇に包まれる。
暗闇とはいえ、神の代行を名乗る男、勇者、傭兵の足元は照らされ、三人の姿ははっきり見えた。
「こちらをご覧ください」その言葉と共に、二人の目の前にある映像が映し出される。
勇者の目の前には、花が咲き乱れ、どこまでも続くのではないかというような草原と、ある村が。
傭兵の目の前には、澄み渡るような空と、みなれた都市が。
「あなた方が守った世界の今の様子です」
スーツの男はそう言って微笑んだ、優しい笑顔だった。
「そうか、本当にやったんだな俺、あの世界を守れたんだな」
傭兵の男が呟く横で、勇者は己が生まれ故郷である村を見てどこか満足そうに微笑む。
「皆元気そうでよかった、しかし、両親より先に逝ってしまったのは心残りだな」
「しばらくご覧になりますか?」
代行者の男の言葉に二人は首を横に振った。
聞いてはみたものの答えは分かっていたと言わんばかりに代行者は映像を消す。
「あれだけ見れりゃ十分だ、あんがとな」
「私もです、ありがとうございました」
礼を述べる二人に「いえいえ」と微笑む男、胡散臭さはどこへやら、笑った男の顔はまるで少年のように見えた。
「さて、本来ならこのままお二人は天界へとご招待して、次の輪廻転生までゆっくりお寛ぎいただくのですが」
ぽんと、代行者が手を合わせると暗闇が晴れ、いつの間にやら現れたソファに代行者は腰を掛ける。
「お二人もどうぞ」という声に二人が振り返ると、そこにも一人掛けのソファが置かれていたので、二人は腰を掛ける。
「本来この話も私ではなく、担当の神から伝えるのですが、なにぶん最近人手不足なもので。
まあそれは置いておいて、実は折り入ってお二人にお願いがあります」
「願い?」
「私たちに神の代行から、いえ代行という以上、これは神からの願いという事ですよね」
勇者の言葉に頷き、代行者は自らと二人の間に一つの星のミニチュアを出現させると、その周りに先ほどの映像と同じように複数の映像を浮かび上がらせた。
映像に映っているのは、荒れた土地、戦争の風景、飢餓に苦しむ人々だ。
「端的に申し上げますと、この星を、この世界をお二人に救っていただきたいのです。昨今、あらゆる世界で悪がのさばり、それに対抗するため、私たちは励んできました。
しかし人や星がそうであるように、異世界も増え続けています、神達は対応に大忙しです。
忙しいからと言って生まれた世界を消すわけにもいきませんからね。
昔は今際の際の英雄や、あなたのような勇者という存在を転生させるだけで悪に対応できていましたが、今では可能性があるというだけで、戦いを知らない常人にすら手伝ってもらっているのが現状です」
ため息を吐く代行者。
勇者と傭兵は表示され続ける映像を眺め、突拍子もない話についていこうと頭の中を整理していた。
だが、勇者の心はすでに決まっているようだった。
「私は生前勇者と呼ばれ、世界を守るため、弱き民を守るために尽力してきました。そして異世界とはいえ、今、目の前に苦しんでいる人たちがいて、私には力がある。手伝います、いえ、むしろ手伝わせていただきたい」
「真面目だねえアンタ。俺は傭兵だからなあ、まあここは傭兵らしく報酬次第ってことでどうだい」
勇者の言葉に深々と頭を下げた後、傭兵がそう言ったものだから一瞬考え込むが、傭兵の言葉には代行者とは別の声が答えた。
「世界を救済し再び輪廻の輪に帰ってきたなら、次の転生先を選ぶ権利を与える、というのはいかがかな?」
老人のような老婆のような、若者のような幼児のような。
幾重にも重なって聞こえる声がどこからともなく聞こえ、その声に代行者はソファから立ち上がると、地面に片膝をつき天を仰いだ。
「最高神様おいでになると伺っていればお迎えに上がりましたものを」
「よいよい、手間を掛けさせてすまんな。さてご両人、あまり時間もない、この度の転生先はこちらで決めさせてもらった。その詫びにと言っては何だが、二人の記憶はそのままに転生させるとしよう、恩寵も与えておく、頼めるかね?」
声だけしか聞こえないが、そこに確かに何か存在しているというのは分かった。
その存在感たるや、この場にいない筈なのにまるで、上から押さえつけられるかのような、圧力が掛かるように錯覚するほどだ。
その声に、勇者は「神の御心のままに」と立ち上がり、傭兵の男も「生まれ変わりが確定してるんならそりゃあいい条件じゃねえか」とソファから立ち上がる。
「悪は満ちつつある、どうかあの世界を救ってやってほしい。頼んだぞ」
その声のあと、代行者の「ではお二人に神のご加護があらんことを」という言葉を最後に二人は意識を失った。