嵐の後
魔力の暴風が収まり、トラリシアの夜空にいつもの静寂が戻ってきた。
夜空に浮かぶ満天の星空がまるで宝石の様に輝き、白く光を放つ月がいつもよりも神秘的だ。
「凄いわね、まるで魔力の大洪水の様な術式だったわ」
「普通の、いや、一流の魔術師が命を賭けて発動するかしないかの欠陥品だけどな」
クレーター状に抉れた地面の真ん中で大の字に倒れるセシル。
キャロルはそんなセシルの顔を覗き込みながら言うと、セシルの傍らに片膝を着いた。
セシルは皮肉った様に、しかしどこか満足げな笑顔をキャロル向ける。
「たいした妹だ」
言いながらキャロルはセシルをお姫様抱っこで抱え、クレーターから一度の跳躍で脱出すると、セシルを優しく地面に座らせた。
力が抜けているのだろう、普段しない女の子座りのセシルにキャロルは苦笑する。
「幼女のなりとはいえ、同じ歳の幼女にお姫様抱っこされるとはなあ」
「救国の英雄を荷物の様に肩にでも担げと? ははは、それは私には出来ないな」
そんな事を話していると、街の方角から馬のいななきと石の路面を蹄鉄が蹴る音が二人の耳に聞こえてきた。
「お迎えかな」
「恐らくはな、宮廷魔術師なら遠見の魔術くらいは使えよう。
騒動が鎮まったとみて、渦中の私達に事情を聞こうという事だろうか」
「もしくは、この辺り一帯吹き飛ばした責任で城へ連行、そのまま投獄とかな」
二人は敢えて何もせず、兵士達の到着を待った。
そして、数刻と待たずして十名程の騎兵とその後続に王家の紋章入りの馬車が二人の前に姿を現す。
「私は王直属、近衛騎兵連隊第一師団師団長、グスター。
君達が巫女様が仰っていたお嬢さん達だね、済まないが王城までご同行願えるかな?」
先頭の馬から降り、兜を脱ぐと、白髪の老騎士は、幼いキャロルとセシルに視線を合わせようと、片膝を着いてそう言った。
「私達の様な幼い子供に、丁寧なご挨拶痛み入ります。
お断りする理由もありません、王城まで同行致します」
老騎士に続いて配下であろう騎士達も片膝を着いた事から、キャロルはこの迎えがシルヴィアの要請であると思い至り、そして恐らく自分達の事を話しているだろうと考え、キャロルはあえて子供らしからぬ挨拶を返す。
土で汚れたワンピースの裾を持ち上げ、前世の宮廷作法ではあるが丁寧な礼をしてみせる。
「その所作、齢10程の平民の少女に身に付くモノではありませんな、やはり巫女様の仰った事は本当なのですね、天使様」
「その呼び方恥ずかしいからやめてほしいなあ」
ヨロヨロと立ち上がりながらセシルがそう言うと、老騎士は目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「分かりました、ではお名前を伺ってもよろしいですかな?」
「あたしはセシル、で、こっちの真面目なのが姉のキャロルよ」
「人前で少女らしく振る舞えたのは良いけれど、もう少しお淑やかに出来ないのかしらセシルは」




