最前線で少女は踊るⅡ
魔王を名乗る少女が現れ、ざわつく戦場。
腰まで伸びた黒い髪、湾曲した二本の角、幼い顔立ちだが、人間とは違い、白ではなく黒い強膜に金色の瞳が輝いていた。
身に纏うドレスは赤黒く、血の色を想起させる。
小柄な少女が戦場に立っているというだけで現実味がない。
それなのに魔力に乗せて届けられた幼い声がさらにそれを際立たせる。
攻撃するべきか否か。
魔王というなら敵の総大将である以上攻撃するべきだ、一人自軍の陣地から離れ、敵陣の眼前にのんびり鼻歌交じりに歩いてくるこの少女を、殺すべきだ。
攻撃、それを命じようと人類側の現場指揮官が口を開こうとするが、その声は、再び聞こえた少女の声に遮られることになる。
「まったく、のんびり待ってあげたというのに攻撃してこないなんて、人間はこれだから困るわ。
それとも、何人か殺さないと私が魔王だと信じてくれないのかしら?」
退屈だと言わんばかりに腰の剣を引き抜き、宙に投げて回転させ、落ちてきた剣をまた手に取るという行動を数回繰り返す少女。
攻撃しないのではないのだ。
例えば、衝撃を与えると爆発しそうな大樽一杯の爆薬、もっと身近なもので例えるなら、前を通っただけで猛烈な勢いで吠えてくる大型犬。
そんな代物の何倍も凶悪な存在が突然目の前に現れたと考えるなら、それには触れたくないと思って頂けるかもしれない。
今、彼女たちに視線を向けている兵士全員がそんな心情だった。
攻撃しないのではなく、出来ない。
見えるわけではない、感じるのだ、一歩一歩踏み込んでくる少女がただ者ではないと。
遠くにいてはただの幼子だった彼女が、数十メートル近づいただけだ、それなのに、兵たちは可愛らしい声で不満を訴える幼女に化け物の影を見た。
彼女の後ろでこちらを睨みつけている魔物など目ではない怪物。
それが目の前に佇んでいるという恐怖が、戦場に立つ兵士達に伝わっていく。
騎馬や騎竜などに至っては、逃げようと搭乗者を振り落とそうとするほどに狂乱していた。
「見た目なら気にしなくて結構、これでも前王であった兄を殺して、ちゃんと奪った王座ですもの、来ないなら、こっちから行きます。 いつまで経っても攻勢に転じようとしないあなた達に、せめてもの慈悲というやつです。まあいい加減退屈でたまらないだけなんだけど。約束しましょう、私を殺せればこの戦争は終わりにします! さあ私を殺してみなさいな!」
少女が叫んだ。
それと同時に弾けたのは少女が立っていた筈の地面。
抉れ、土と砂が舞い、少女の姿が消える。
「ほおら、まずは一人目だ」
結論から言えば、少女、アンジェリカは真っすぐ敵陣へと突っ込んだだけだ。
ただ、人間の兵士達の目で追えなかっただけ。
結果最も近くにいた、つまりはアンジェリカの正面にいた兵士の胴が下半身と泣き別れすることになった。
「こ、攻撃しろ! 攻撃だ!」
「オ、オオオオオオオ!!!」
連合軍の指揮官が叫び、それに応えるように、いや、目の前に突然現れた恐怖を振り払わんと己を鼓舞するため叫ぶ兵士達。
その様子に、アンジェリカの口角が吊り上がった。
「ふふふ、いい、いいわ。この体なら人間はまだ歯向かってきてくれるのね」
数人、十数人、数十人、アンジェリカに向かって兵士達が群がる。
まるで餌を取り合う野良犬だ。
とはいえこの場合、餌は。
「あははは!遅い!脆い!弱い! もっと私を楽しませてよ!! あいつみたいにさあ!!」
斬りかかってきた兵士の首に剣を突き立てながら、高らかに笑うアンジェリカ。
愛らしい少女はどこへやら、その表情は眉間に皺が寄り、目は見開かれ、口角は吊り上がり、楽しそうに笑いながら人を殺していく。
狂気、狂気というよりは狂喜か。
アンジェリカはたちまち己が足元に死体の山を作り上げていく。
ちぎれた兵士の腕がもがれた足が、吹き飛んだ臓腑が、まるで絨毯のようだ。
後ずさる兵士には一瞬で追いすがり、甲冑の兜を鷲掴みし地面に叩きつけ兜ごと頭を潰し、背を向けて逃げようとした者には背後から心臓を一突きにしてみせる。
次は誰だ、次は誰だと笑いながら縦横無尽に暴れまわるアンジェリカ。
滴る返り血で髪が痛もうがお構いなし、楽しくて仕方ない、アンジェリカの笑い声がそう言わんばかりに戦場に響き渡る。
「あああ、いい、楽しい。 楽しいよお前たち、でもまだだ。もっと!もっと!もっともっっっと!! 下卑た叫び声を聞かせてよ」




