最前線で少女は踊る
グランゼリアの巫女こと、シルヴィア。
世界的有名人である彼女が、今目の前に、というか母親、キャロル、セシル、シルヴィア、という順番で横に並んで手をつないで歩いていた。
「なんだこの状況は」とツッコミたいセシルであったが、教会からしばらく歩いているうちに、母親とシルヴィアが和気あいあいと会話を始めた為、そうできないでいた。
キャロルはというとどこか疲れたような表情で、なかば母に引きずられるように歩いていた。
「すごい目立ってるねえ」
「……そうね」
それもそのはずである。
世界的な有名人であるシルヴィアと、本人たちは気付いていないが、このトラリシアではちょっとした有名人である双子の美幼女が手をつないで護衛に守られながら歩いているのだ。
何事かと人が集まるのも無理はない。
「シルヴィア様とこうしてお近づきになれたのも神のお導きなのかもしれませんね、話があるという事みたいですし、これから家でお茶でもどうですか?」
母のこの一言に、気を良くしたシルヴィアが是非にという事でこんな状況になっているわけだ。
そんな事が起こっている平穏なトラリシア。
しかし、その平穏は誰かの犠牲の上に立ってる物なのだ。
トラリシアの遥か南に位置するグランゼリアよりも、更に南のラデラ大平原。
この場所は人類にとって地獄でしかなかった。
「魔導砲兵隊! 爆炎呪文一斉射あ! 撃て!」
「続くぞ! 竜騎兵隊! 突撃いいい!!」
大盾を構え、横一列に並んだ兵士の後ろ、同じく横一列に並んだ魔術師達が、それぞれ杖を振りかざし、魔導書を広げ、各々が最大火力で爆炎系の呪文を唱え、迫る魔物の群れに目がけて放った。
それを確認するや、二足で歩行する騎竜にまたがったドラゴンライダーの称号を持つ兵士たちが、剣や槍を掲げて突撃していく。
爆炎呪文で吹き飛んだ魔物、特に孤立した個体から順に仕留め、敵後衛の魔族から同じように爆炎呪文を食らう前に撤退する。
そうする事で徐々に敵戦力を減少させる作戦でもって、人類はなんとか侵攻を食い止めているというのが現状だった。
しかし、魔物を狩ると言ってもそれ自体が命懸けだ手負いの獣にですら手を焼くというのに、自分たちの背丈の倍以上はあろうかという化け物と戦うのだ、一歩と言わずほんの少しでもミスをすれば確実に死ぬ。
そんな戦場で、兵士たちの精神がいつまでも平常であるわけもない。
それでも逃げないのは、無駄だとわかっているからだ。
ここで背を向けて、逃げ出しても、追いつかれ殺され、食われる。
遅いか、早いかの差。
最前線に立つ兵士はどこかあきらめにも似た感情を抱きながら、それでも祖国の為に、祖国で待つ家族の為にと己を奮い立たせ戦場に立っていた。
そんな戦場の後方の野営地で今、一つの噂話が流れている。
その内容というのが。
「おい知ってるか? 最前線で魔族の女の子が戦ってるって話」
「ああ聞いたことあるな、存外、魔族側も戦力が乏しくなってきてるってことなのかねえ」
という物だった。
爆炎に限らず、殺傷能力の高い魔法が飛び交い、ともあれば味方である魔物達に踏みつぶされかねない戦場に女の子が一人戦っている。
そんなばかな、と誰もその話が真実だと思ってはいなかった。
今日というこの日までは。
一体どれくらい殺し、殺されたのだろうか。
魔物の死体は確かに増えていたが、それ以上に人類側の被害は増すばかりだ。
太陽が高く上り、兵士達の真上に来た頃。
ピタリと魔族側の侵攻が止まった。
魔物達に至っては後退し、休憩とばかりに伏せるモノまでいる。
突然の事に人類連合軍側も様子を見ようと一時撤退しようと後退していた。
その時だった。
「やあやあ、ごきげんよう人類諸君。お初にお目にかかる、私はアンジェリカ・ファルケンベルク。第9代目魔王だ」
魔物達の眼前、剣を携えた魔王を名乗る少女が現れたのだ。




