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002 再会

 三日後。リラがカウンターで自主勉強をしている時だった。


「少しいいかな?」


 声の主は三日前に会い、リラを正門まで送ってくれた青年だった。


「こんにちは。今日も何かお探しでしょうか?」

「前に行った部屋に行きたい。三日前に来たんだけど、覚えているかな?」


 リラは頷いた。


「覚えています」


 とても素敵な男性だから、とは言えない。リラは別の理由を口にした。


「ここは特別な専門書ばかりのため、あまり若い方は利用しません。若い男性が来ると目立ちますので、印象に残りました」


 リラの言葉に嘘はない。本当のことだった。


「それに前にお会いした時、門まで送ってくださいました。読書室を教えることもお約束しました」

「良かった。じゃあ、案内を頼むよ」

「はい」


 リラは先に青年が前回利用した部屋まで案内し、その後、同じ廊下の少し先にある部屋のドアを開けた。


「何も表示がありませんが、ここが読書室です」


 部屋は広めで、応接間のようになっていた。ソファやテーブルなどの家具が置かれている。これは貴族から寄付された使い古しのものだが、一般庶民からみれば、豪華で上質な家具だった。


「こちらのほうが明るいですし、少し古いですけどソファもあります。時計もあるので、時間もわかります。ほとんど利用する人もいないので、静かに過ごせると思います」

「確かに近いし、脚立よりもずっと座り心地のよさそうな椅子もある。今日はここで本を読むよ。ありがとう」

「はい。それではごゆっくりどうぞ。私は戻りますので」


 リラはカウンターに戻った。約束通り、読書室を案内できて良かったと思いながら。




 時間が過ぎ、十六時になった。閉館まで、リラにとっては仕事が終わるまで後一時間となる。


 青年はまだ姿を見せない。しかし、読書室には時計もある。きっと大丈夫だろうと思いつつ、リラは自主勉強のテキストを仕上げることにした。


 リラはコーラル王国の言語であるコーラル語を勉強していた。


 コーラル王国はリュカイン王国の西隣にある国で、国同士の交流はそう多くはない。なぜなら、国交状態があまりよくないのだ。


 リュカインとコーラルは歴史上何度も戦争をし、国境線が変わっている。


 国境近くのコーラルの民は貧しい。戦争になるとリュカインに難民が押し寄せる。そのままではリュカインに留まれないため、コーラル国民の権利を放棄し、無国籍の義勇兵などとしてリュカインに味方し、その功績でリュカインの国籍を手に入れる者達が大勢いた。


 また、リュカインが占領した町や村の者達が全員投稿し、リュカインに忠誠を誓い、戦後にリュカイン国民となる場合もあった。その結果、リュカインにはコーラル系の移民が非常に多くいる。


 ほとんどの者はリュカイン語を普通に話せるが、高齢の者や、リュカイン語が得意でない者、訛りが酷い者もいる。そういった者達は、リュカインで満足な職につけない。収入が低くなり、貧困層を形成していた。コーラル語はリュカインの貧困層の言語ともいえるのだ。


 リラが聖堂主催の慈善バザーに参加した際、リュカイン語が不自由な者達が多くいた。そのため、ちょっとした会話程度のコーラル語を覚えておくのもいいかもしれないと思ったのが、学びだしたきっかけだった。


 しばらくすると、足音が聞こえる。リラが視線を上げると、あの青年の姿があった。


「迷わずに生還できた」


 微笑む青年に、リラも微笑んだ。


「ご無事で何よりです」

「少し聞きたいことがある。いいかな?」

「はい。わかることであればいいのですが」

「本を借りたい場合は、どういった手続きなどをすればいいのか教えて欲しい」


 青年の質問はリラのわかることだった。


 専門書を見に来る者の中には、非常に難しい質問をしてくる者もいる。そういった質問でなくて良かったとリラは思った。


「ここで本を借りたことはないのでしょうか?」

「ない。別の図書館ではあるといえばある。でも、ここと同じかわからない」

「そうですか。大体は同じようなものではないかと思います」


 リラはそういって説明し始めた。


「正面出入口の側にあるカウンターでの手続きが必要です。最初に利用者カードを発行する手続きをします」


 申込書に名前や住所などを記入し、国民登録証を提示する。国民登録証と申込書に相違がなければ、利用者として登録され、利用者カードが貰える。


「国民登録証が必要なのか」

「はい。それと、カードの発行手数料もかかります。カードの発行手数料は小額なのですが、本館にある一般書しか借りることができません。ここにあるような専門書を借りる場合は、特別利用者カードが必要です」


 特別な利用者カードはすぐに発行されない。審査が必要になる。


 審査に通過するとカードが発行される。但し、このカードは発行手数料だけでなく、年会もかかる。初回のみ、三回分、つまりは三年分だ。


「普通のカードは発行手数だけで、年会費はかからないのかな?」

「はい。一般書はできるだけ多くの国民に本を開放するという目的から、年会費はかかりません。ですが、これだけ大きな図書館を維持し、新しい本を購入するにはとてもお金がかかります。図書館自体の運営費は国が賄っているのですが、新しい蔵書を購入するための予算はでません」


 新しい蔵書を購入する費用は寄付で賄っている。しかし、十分ではない。そこで比較的金銭にゆとりがありそうな特別利用者から年会費を徴収していた。


「年会費は新しい本を購入するためですので、是非ともご理解いただきたく思います」

「王立図書館のため、全て国の予算で賄われていると思っていた。違うみたいだね」

「私はアルバイトですので、詳しいことはわかりませんが、そのようです。本を寄付してくれる方もいるのですが、古い本ばかりだそうです。新しい本も蔵書にしたいので、ご協力をお願いしています。また、読書室にある家具も寄付されたものです。椅子やソファ、机、本棚などの寄付も受け付けています。修理が必要なものは駄目です。そのままで使える品であれば、中古品で構いません。寄付の手続きも正面出入口のカウンターです」

「わかった」


 青年は頷いた。


「本を借りる時は、借りたい本とそのカードを、近くのカウンターで手続きすれば大丈夫です。返す時もカードをみせて、返す本を渡せばいいだけです。カードさえあれば、ここでも受け付けます。ここのカウンターは特別利用者カードを持っていないと駄目です。以上ですが、何かご質問などはありますでしょうか?」

「いや、よくわかった。しっかりと丁寧に説明してくれて感謝する」

「すぐにカードを作られますか?」

「いや。今日は時間がない。検討しておく」

「あ、すみません! もう一つありました!」


 リラは説明し忘れていたことを思い出した。


「本の中には高価なものや貴重なものがあります。表紙をめくると、題名などがある下の部分に、その本に関する注意事項の印が押されています。貸出禁止になっていると、貸し出しはできません。持ち出し禁止の場合は、その本がある書庫から持ち出すことさえできません。専門書は特にそういった本が多いと思いますので気をつけて下さい」

「貸出禁止の本はここで読み、貸出可能のものは借りるという感じか。わかった。それだけかな?」

「はい」

「ありがとう。では、失礼するよ」


 そういって青年は軽く一礼し、カウンターの側にある階段を降りて行った。


 リラには青年のちょっとした礼の仕草でさえ、素敵に思えた。まるで優雅な騎士のようだと。


 青年が何者なのかはわからないが、身なりはいい。清潔感もあり、きちんとしている。裕福な家の子息でもおかしくはなかった。


 ぼんやりとしたまま青年のことを考えていると、十七時の鐘が鳴った。


 仕事が終わる時間だ。


 リラは慌てて机の上に広げた勉強道具を片付けた。


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