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001 出会い

 リュカイン王国にある王立図書館は、その蔵書数もさることながら、その複雑な建築構造でも有名だった。


 もともと、ある貴族が建てた館だったのだが、やがて王族が買い取り、増築につぐ増築をくり返した結果、部屋数は膨大、廊下はまるで迷路のようになってしまった。


 やがてその複雑さと住みにくさから住居としての価値は失われ、建物の老朽化と蔵書が膨らみ過ぎたことから代替の建物が検討されていた王立の図書館として利用されることになる。


 新しい王立図書館はあまりにも複雑な造りのために、頻繁に図書館利用者が迷子になってしまう問題が起きるようになった。子供が王立図書館から帰らないという捜索願いが出され、大騒ぎにもなる。警備隊が調べると、誘拐ではなく、ただの迷子だった。


 王都警備隊からの改善要望を無視するわけにもいかず、王立図書館は大々的な本の配置換えをすることにした。


 基本的に迷子が出るのは本館以外の場所だった。そこで本館には子供や、比較的利用者が多い内容の本などに限り、残りの専門書は、迷いの回廊といわれるいくつもの廊下を抜けた先にある部屋、別棟に配置した。


 大人であれば、迷子にならないだろうという配慮だったが、非常にわかりにくい、迷いやすいという苦情が多く、王立図書館は専用の案内人制度を作った。


 案内人は迷いの回廊の先にある部屋までの案内や、探している専門書に関する相談を受け付ける者となる。


 案内人の制度が設けられたおかげで、ようやく、王立図書館の抱える迷子問題が解消された。




 リラはアルバイトで、王立図書館の案内人をしていた。


 十四歳のリラは無料の中学校に行く年頃だったが、真面目で勉強熱心のため、飛び級で卒業していた。

すぐに高等部に進学したいと両親に相談するものの、両親の反応は歯切れの悪いものだった。


 彼女の父親は王宮に勤める警備隊に所属しており、母親は元侍女、どちらかというと平民でもまずますの生活をしていたのだが、リラが飛び級で早く中等部を卒業してしまったため、学費のための十分な貯蓄がなかった。


 これでは授業料の高い高等部には進めない。奨学金の制度もあるが、両親の収入などの条件が折り合わず、奨学金を受けることができなかった。


 一、二年待って欲しい、その間に貯蓄すると両親は言った。リラは頷いたものの、その間、自分はどうすればいいかを考えた。そして、学費のたしにもなり、また自主勉強するにも良さそうな王立図書館でアルバイトをすることに決めた。


 最初、リラは本館に配置された。飲み込みも早く、すぐに仕事を覚えることができた。しかし、問題が起きた。リラの美しさと若さのせいだった。


 貸し出しや返却用のカウンターにいるリラには、ひっきりなしに男性から声がかかる。

美少女に声をかけるだけならまだましだが、それ以外にも、様々な質問をしてくる者が続出した。


 プライベートなことを根掘り葉掘り聞こうとしてくる者が多すぎるため、リラだけでなく、利用者、同僚などにも迷惑がかかり、カウンター周辺の雰囲気が悪くなった。


 更に、リラが平日の勤務だったせいか、学校に行かなくていいのかどうかを聞いてくる者や、学校に行かせないで働かせているのは違反だという者達も多かった。


 事情を話せば問題ないとはなるものの、リラに関係する問題が多く起きることから、図書館職員は困ってしまった。問題が起きるのはリラのせいだが、リラに落ち度があるわけではない。利用者のせいだ。


 また、リラは仕事熱心で真面目なだけに、美しく若いからという理由で辞めさせるのもおかしい。


 職員達が話し合った結果、リラは別棟にある特別専門書用のカウンターに配置されることになった。つまり、案内人だ。


 特別な専門書を目当てに訪れるのは、研究者や学者のような者達が多い。そういった者は本のことが重要かつ優先なため、図書館職員やアルバイトにかまう者は少ない。リラのことをうるさく言う者も少ないだろうという配慮だった。




「あの、お困りでは? よろしければ、お手伝い致しましょうか?」


 リラは思い切って、声をかけることにした。


 さっきから、いくつもの小部屋をいったりきたりする青年が気になっていたからだ。


 青年は一瞬迷ったが、美少女に声をかけられ、悪く思うはずもない。その好意を甘んじて受けることにした。


「実はさっきから探している本が見つからなくて……これなんだけど」


 青年はリラに本のタイトルが書かれた紙片を見せた。かなり、難しそうなタイトルだ。リラの配置されている場所は、そういった本がある場所なので当然なのだが、まだ若そうな青年が読むにしては少しそぐわない気もした。


 誰かの使いで探しているのかもしれないとリラが思いつつ、帳簿を調べた。


「蔵書としてはあるのですが、貸出中かどうかは本棚を見ないとわかりません。迷いの回廊の先になるので、ご案内致します」


 リラは席を立った。


「迷いの回廊?」


 青年は眉をひそめた。迷いの回廊について、知らないようだった。


「その回廊で道を間違える方が続出するので、そう呼ばれるようになりました。口で説明するよりご案内したほうが早くて確実ですので、ご一緒致します」

「勉強しているみたいだったらから、声をかけにくくて。助かるよ」


 青年は微笑んだ。笑顔の威力は相当だった。


 リラはドキドキする気持ちを一生懸命抑えようとした。


「どうか遠慮せず、いつでも声をかけて下さい。お手伝いするのを嫌がる気難しい方もいるので、私からはあまり声をかけないようにしています。ですが、蔵書があるかどうか、どの場所にあるのかなどをご案内するのが私の仕事ですので」


 リラはそういって微笑んだ。




 リラはいくつかの回廊、廊下と部屋を抜け、目的の部屋へと向かった。


「なるほど……これはちょっと説明だけではわかりにくい道順だな」


 青年は来た道順を覚えるように周囲を見回しながらそう言った。


「別館のほうは増築に増築を重ねているのです。ダミーの扉もあります」

「ダミー?」

「あのドアはダミーです」


 リラは近くにあるドアを指差した。


「廊下を美しく見せるために、等間隔で同じドアがあります。でも、部屋には通じていません。掃除道具をいれる物入れになっていることもあります。お客様をお部屋に案内するつもりで、掃除道具を入れた物入れのドアを開けたら大変です。そういうことは考えずに作られたのでしょうけど」

「確かに間違えたら困るだろうな」


 青年はおかしそうにいった。客人を案内して掃除道具入れを開けてしまった状況を思い浮かべながら。


「この部屋です。借りられていなければ、本棚にあるはずです。私も探してみます」

「わかった」


 二人で手分けして、タイトルの本を探していく。


「あった」


 しばらくすると、青年がそう言った。目的の本を見つけたのだ。


「では、出口までご案内致します」


 リラがそう言うと、青年は考えるようなそぶりをしつつ言った。


「探している時に、気になる本が何冊もあってね。もう少し見ていきたい。先に一人で戻ってくれないかな?」

「迷いの回廊を一人でも大丈夫ですか?」

「……たぶん?」


 少し自信なさそうに青年は答えた。


「あのカウンターの案内人は君一人だっただろう? ずっとここにいてもらうわけにはいかない。他にも利用者が来るかもしれないからね」

「私の担当しているカウンターに来る人は少ないので、配置人数も一人なんです。少々であればお待ちしますが」

「大丈夫だと思う。迷ったところで、いつかは出られるはずだ。ありがとう」

「はい、ではご無事でお戻り下さいませ」


 リラは微笑みながらそう言った。


「必ず戻ってみせるよ、あのカウンターまで」


 青年もそういって微笑み返してきた。




 その後。閉館まで後三十分をきったものの、青年は姿をみせなかった。


 迷ったところで、いくつかのルートがある。最悪、使用禁止なっている階段や部屋を抜けるルートもあった。必ずしも、リラのカウンター前を通るとはいえない。


 リラは自分の勉強道具を片づけると、青年が迷っていないか見にいくことにした。


 すれ違ってしまう可能性もあったが、青年はすぐに見つかった。ずっと部屋にいて、本を読みふけっていたのだ。


「あの」


 声をかけようとした瞬間、リラは凍りついた。その青年がただならぬ気配をだして、じっと見つめ返してきたからである。もちろん、それはほんの一瞬のことだったが、リラが硬直するには十分なほどだった。


「ああ、君か」


 青年はすぐに表情を崩し、にっこりとした。


「わざわざ迷ってないか、見に来てくれたのかな?」

「もうすぐ閉館です。十七時までなので……」

「もうそんな時間だったのか。なかなか興味深くて、つい読みふけってしまった。全部読めなかったのは残念だな。これは元の場所に返さないといけないのかな?」


 床には何十冊もの本が積み重ねてあった。いちいち、元の場所に返していたら、とても時間が足りない。


「そのままで大丈夫です。明日、私が戻しておきます」

「少し気になったことがある。君は学校には行っていないのか?」


 今まで何度となくリラが聞かれた質問だった。


「中等部は飛び級で卒業しています。高等部に行くには少し学費が足りないので、ここでアルバイトをしています」

「そうだったのか。綺麗で真面目そうな子が学校にいってないのか、それとも行けない事情があるのかと気になった。個人的な質問をしてすまない」


 そう言って青年は立ち上がった。


「一緒にカウンターまでどうぞ。ご案内致します」


 リラは青年を案内しながら、読書室について説明することにした。


「またご利用になるのでしたら、近くに読書室もあります。あの部屋の脚立に座って読むよりも、ずっと快適です」

「読書室は本館のはずだ。わざわざ移動するのは面倒だな」

「さっきの部屋の近くにもあります。凄くお勧めの部屋です。今度でよければご案内致します」

「その時はよろしく頼む」

「はい」


 話しながら二人が戻っている途中、鐘が鳴った。町中に響き渡る十七時の鐘だ。図書館の閉館時間でもある。


「鐘が鳴ってしまいました。急いで下さい。正面出入口がもうすぐ閉められてしまいます。裏口もありますけど、一般の方がそこを通ると、罰金になってしまうのです。本来は図書館関係者以外が通らないようにするための罰則ですが、閉館によって正面出入口から出られなくなってしまった方も対象になってしまいます」

「すまない。今度来た時はもっと時間に気をつけるよ」


 リラの仕事も十七時までのため、カウンターにまとめておいた自分の荷持ちを素早く取ると、青年と共に歩き出した。


「仕事は十七時まで?」

「はい。鐘が鳴るまでです。後は正面出入口そばのカウンターに声をかけて、帰るだけです」

「君が迎えにきてくれたお礼に、家までは送るよ」


 リラは青年の申し出を嬉しいと感じたが、断らなければならなかった。


 前にもそういった者がいたのだ。そして、リラの家に何度も訪れ、付き合って欲しい、婚約して欲しいとしつこく言い寄られたことがあった。


 そのため、個人情報や家の場所などに関しては教えないようにと、きつく両親や王立図書館の者達から言われていた。


「申し出は嬉しいのですけど、正門までで結構です。でないと、両親や近所の人に何を言われるかわかりません。困ります」

「じゃあ、正門までにしよう。そこまでは同じ道筋だろう?」


 青年は優しく笑った。リラは少し頬を赤らめながら頷いた。


 図書館の正面出入口に着くと、リラは図書館職員に帰る旨を告げた。


 少し離れた場所でリラを待つ青年の姿をみて、職員はリラに尋ねた。


「恋人?」


 リラは慌てて首を横に振った。


「違います。今日、案内した人が、お礼に送ってくれるそうです」

「ちょっと! リラは可愛いから気をつけないと駄目だって言っているでしょ! 色々大変だったこと、忘れてないでしょうね?」

「正門までという約束なので大丈夫です」

「絶対に正門までよ。もし、後をつけてくるようだったら、警備隊の詰め所に行くのよ? いいわね?」

「わかりました。ご心配下さってありがとうございます」


 そんなやりとりをしつつ戻ってきたリラを見て、青年は大いに笑った。


「聞こえたよ。君は随分人気があるようだね」

「ごめんなさい。前にちょっとしつこかった人がいて……」

「約束は守る。正門までしか送らない」

「はい。それでお願い致します」


 二人は正門まで並んで歩いた。


「ここまでだ。どちらに行く?」

「右です」

「違う方向で残念だ」


 青年は左に行くようだった。


「送ってくれてありがとうございました。またのご利用をお待ちしています」


 リラは微笑みつつ、別れの挨拶をした。


「また来るよ」


 青年も微笑みながら挨拶を返すと、左に曲がって歩いていく。


 リラも右に曲がると歩き出した。


 これが二人の出会いだった。


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