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夏空。  作者: 進谷涼介
3/3

3/真相・1

日本刀。巫女服。それぞれは所謂萌えワードだし、たぶんその二つを組み合わせた作品なんかも沢山あると思う。

だが、それが自身の目の前にあると予想以上に感動を覚える事は無いのだと分かった。まぁ、ついの先ほどまで得体の知れないモノに付きまとわれていたからかも知れないけど。

「山元君。少し、待っていて」

巫女服はそう言って、神社の裏側にある一軒家の扉を潜って行ってしまった。

蝉の声が飽和する。ざあざあと雑木林の揺らぐ音。そこに、先の黒い影は無かった。



―3/真相・1



「お待たせ。どうぞ」


五分程経って、巫女服―遊佐鈴歌は家の扉を出ながらそう言った。日本刀は家の中に置いてきたのだろうか。手ぶらで俺を手招く。

あまり靴の並んでいない玄関は、清掃が行き届いていてとても綺麗だ。

その先には階段が横向きに伸びていて、その更に廊下を隔てた奥にはリビングらしき広間が確認出来た。

客間が左手に。和室と言った作りのそこには掛け軸なんかが掛かっていて雰囲気が出ている。


「山元君。二階へ」


「あ、あぁ…」


彼女の先導するがまま、階段を上る。この家中、見渡す限り綺麗だ。―いや、生活感が無いと言った感じだろうか。神職の家だから…と言うのは関係が無いだろうけど。


「私の部屋。少しここで待っていて」


部屋に案内され、座布団を進められる。そこに腰掛けると、遊佐は階段を降りて行ってしまった。

二段ベッドと二つの並んだ机が向かい合う部屋。下側のベッドと扉に近い方の机には女の子らしいキャラクター物の縫いぐるみが置いてある。

上側のベッドは見えないが、奥手の机の上には文房具やノートが散乱していた。多分、鈴歌のテリトリーなんだろう。妹さんの言う通り、殆ど整頓はされていない感じを受ける。

そして、部屋の奥―足元には。件の、箱が置いてあった。確かにその周囲だけは何も無いが―聞いていたよりも、高さのある箱だ。多分一メートルは越えているだろう。

生活感の無い家の雰囲気とは余りにかけ離れたこの部屋に置いて、その箱は一際異彩を放って見える―。


「ごめんなさい。待たせてしまって」


遊佐の声が入室して来る。途端に部屋中を見回していた自分の浅ましさが恥ずかしくなって、直立不動の体勢を作ってしまった。


「い、いや。そんな事は…」


横を通り過ぎる彼女の姿を見上げる。

そこには、上下を爽やかな白で統一した美少女が居た。薄手のシャツに膝丈のスカート。そこから伸びる白い四肢。

ゆらり、と。肩口までの髪を揺らしながら、目の前へと座布団を置いて、斜めに腰掛けてみせた。


「そんな格好…するんだな」


我ながらたどたどしい喋り方だなと思った。あぁ、目前の少女に見とれていた。


「えぇ。何故?不似合い?」


首を傾げ、まっすぐな目で俺を見つめてくる。少し吊り上がった目が意地悪に写る。


「い、いや。そんな事は無いよ」


「そう」


彼女の反応を見ながら。

―むしろ、似合ってると思う。口をついて出るそんな言葉。

それに、彼女は微笑んで頷いた。


「ありがとう。私、普段はあまり外に出ないから。他人にこういう服を着ているのを見せたことが無くて。嬉しいわ。純粋に」


「そ、そうか」


胸が高鳴った。女の子の部屋で二人きりなんて初めてだし。


「それで。山元君。大事なお話なのだけれど」


彼女は仕切りなおした様に声のトーンを落とす。


「貴方が先ほど見た影の事。あれが何なのか分かった?」


聞かれて、俺には思い付く単語は『幽霊』と言う漠然としたモノしかなかった。


「…幽霊、みたいなモノかと思ったんだけど」


「そう。半分正解。だけれど、もう半分は少し違うモノ」


「半分?」


―鬼って、聞いた事があるでしょう?

遊佐は、目を伏せがちに呟く。

俺は頷いた。


「鬼。厳密に言うと、血を好む鬼。俗には吸血鬼と言われているモノ。それが、その要素が、半分混ざっている厄介モノなの」


「えっと…」


そんな、混ざっている?鬼?どういう事なのだろうか。

頭が混乱してしまった。

俺は痺れた足を組み替える。

少し考えを巡らせてみても、そう言ったモノが現に存在すると言う考えには至れない。だって、そういうモノってフィクションだからこそ良いのであって。


「そうよね。そんな簡単に理解出来るモノじゃあ無いわよね」


薄く笑みを浮かべ、遊佐は立ち上がる。目前でスカートが翻って、裏腿が俺の目を奪った。


「じゃあ、山本君。これを。こんなモノを見たら、少しは考えが及ぶかしら」


言って。遊佐は、例の『ロッカー』の南京錠を外し、扉を開いた。


「なっ…なんだよ、それ―」


中には―。


「気味が悪いでしょう。ミイラなんて部屋に置いている女の子なんか」


鎖と、縄で厳重に縛り上げられ。そして、杭で固定された。何か―『人型をした』―何かの、ミイラがあった。

黒、茶色、影そのものを生かした気味の悪い絵画の様に、その箱の中にはそれが鎮座している。


「良く見て。犬歯と、そして額に生えた小さな角を。作り物なんかじゃあ無いわ」


眼の有ったであろう窪み。生前のそれを思わせる白い頭髪。そして、むき出しの歯の数々。

よく見るには少しグロテスクだが。それでも確かに、なるほど彼女の言う通り、その顔には人間では備わらない特徴が備わっている。


「これはね、鬼の…。今、あなたに少しお話をした、吸血鬼のモノよ。私が生まれるよりずっと前にこの箱に封印されたの。もう百年も前…もっと前かしら。この街を騒がせた、鬼のミイラ。私の曾爺様が打ち倒したモノ」


彼女は、箱の扉を閉めて座布団に掛けなおした。


「この鬼はね。打ち倒される寸前までは10歳くらいの女の子の姿をしていたらしいのだけれど、倒す瞬間には老婆へと姿を変えて、死んでいったんですって。それはそれは可愛らしい女の子の姿だったと、曾爺様は言っていたわ」

―でもね。

「もう何人も、何十人も殺して。血を吸って、喰らって。そうして手に入れたその姿に、曾爺様は何も躊躇せずに刀を振り落としたそうよ。何回も、何回も。泣き叫び、命乞いをする女の子の姿をしたコレに」


その光景を想像して、心が悲鳴をあげる。頭が痛い。


「そして、その鬼を打ち倒しこの街からは犠牲者がぱったりと止んで。解決」


手をぱんと鳴らして、遊佐は天井を仰ぎ見た。


「えぇ。解決。…したと思われていたの。私も、私の両親も、妹も。皆そう思っていたのよ。少なくとも、昨日まではね」


「え、昨日―?」


それって、あの明るさが関係してるんじゃ―。口をついて、そんな疑問が湧き出た。


「その通りよ。山元君。多分貴方もそれが気になったのでしょう。それが好奇心か何かは問わないわ。だけれども、あの光を見たから、ここに来たのでしょう?」


あぁ、と俺は頷いた。


「それは正解だった、と言うべきかしら。あぁ、いえ。貴方にとっては不運なのかも知れない。もしかしたら全く無関係で居られた事かも知れないし。あるいは、気付かぬ内に殺されていたかも知れないしね」


また、薄らと笑みを浮かべて遊佐は続ける。こんなに流暢に話す彼女を見るのは初めてだった。どんな時も寡黙、無口。そのイメージが変わっていく。


「昨日の光はね。戦争の灯り。開戦したのよ。この街を巡る、戦争が」


「戦争?」


「えぇ、もう個体同士の戦い程度は越えていると思うわ。昨日の灯りはね、この神社が襲撃された時に上げた光。さっき、貴方を付け回して居たのはその残党と言うか。そう、残滓ね」


「ザンシ…?」


「見たでしょう?アレを切り払った瞬間に散った影を。粉の様な、不可思議なモノ。アレ達はね、固体では無いの」


コタイ、と言う言葉をかけているのかは不明だが、彼女のソレを語る表情はあまり何かを感じ取る事の出来る雰囲気ではなかった。

無表情とも違う、どこか遠くに投げかけている様な。


「思念の様なモノが、吸血鬼としての意思を与えられて向かってきているの。だから、多分だけれどアレに囚われれば血を吸われると思うわ。今の所、そんな報告は上がって来ていないのが幸いね」


「思念、か。そしたら、だれかの気持ちって事?そのミイラとか」


「さすが校内の情報通、山元秋兎君。勘が鋭いわね」


情報通って…。


「俺は今適当、当てずっぽうに言っただけだぞ。吸血鬼のミイラがここにあって、それでここが襲撃されたんだろう。そんなヒントを貰って、この答えにたどり着かないヤツはいないと思うけど」


「それが、勘だって言うのよ」


あからさまに悪戯な笑みを浮かべ、彼女は先ほどの箱に張られている札を指差した。

擦り切れかけた札には、漢字が四つ。辛うじて読める程に薄くなった、筆書きの漢字―。


「みなみ…しの?…まさか―」


「そう、南條亜季。南條家の一人。祖先、とでも言うのかしら。そして、あの影を送り込んで来ているのも南條家の者よ。昨日、襲撃しに来た尖兵は南條家の召し抱えの男だった。このミイラを。理由は分からないけれど、取り返そうとしているの」


「何故…かが分からないのか。と言う事は、なんだ。俺は南條先輩の家の者?その関係者?に襲われたって事?なんで?」


彼女は顔を近付けてくる。

俺の方へと身を乗り出した体勢のせいで、少し胸元に見える白い下着が俺の視線を奪った。そして囁く。

「貴方を、食べてしまいたかったから」







姉貴とのカフェ、そしてバイトを終えて、俺と彼女は帰路についた。時刻はもうすぐ六時と言う所。

今日の仕事量はあまり多くなかったのだが、カフェに行くまでの疲れがここに来て足を重くしている。姉貴はそんな様子無く元気に歩いているようだ。体力の作り方が違うのだろうか…。


「姉貴、ケーキはまだ冷たい?」


彼女は、手に持っているケーキの袋を触って確認する。そして、親指を立てた。


「良かった良かった」


「まぁ、そうね。一応冷蔵庫入れててもらったからね。これをお母さんにもあげて、セットで旅行もプレゼントしたら大喜びよ、きっと」


言って、姉貴は鼻歌を歌っている。本当、元気なもんだなぁなんて関心しながら、最後の角を曲がる。

と。玄関には、雪菜の姿があった。ちょうど帰ってきた所だったようだ。


「お、雪菜。お帰り」


少し離れた地点で声を上げると、鍵を開けようとしていた彼女はその作業を止めて、俺達の方へと手を振ってきた。


「雪菜、今日は雪菜にもプレゼントがあるよ」


姉貴が鼻歌交じりにケーキの箱を掲げると、雪菜の目が一層輝いたのが分かる。やはり姉貴とは姉妹なのだろう、その表情はそっくりな可愛らしさをまとっている。

玄関先で話を始めた二人を脇目に、自転車を車庫に入れる。二人は『今日一日の報告会』の様なものを始めていた。


「そんな玄関先で話さずに。家に入ろうぜ」


そんな言葉で、そこに割って入ると。

満面の雪菜と、少しバツの悪そうな顔を浮かべて「そうね」なんてぶっきらぼうに返す姉貴と、分かりやすい程正反対の反応を見せつけられた。

その二人を引き連れ、玄関を開く。母はまだ帰ってきていない様で、どこにも電気は点っていなかった。


「母さん、まだだね」


「じゃあ雪菜、お母さんにアレをプレゼントをする支度、しようか」


「うん!」


言い合わせて、リビングに急行する二人。そんな二人を見送って、俺は服を着替えるべく二階へと上がった。

一日中の熱気を溜め込んだ俺の部屋は、傾きかけた陽も手伝って画になる雰囲気だなと思った。…と。机上に置かれた携帯の通知LEDが点滅しているのが目に入る。


「また携帯忘れてったか、俺」


あまり携帯を使う機会が無いせいか、携帯を家に忘れていく事が多々ある。いつか、秋兎にも怒られたっけ。

携帯画面を開くと、計った様にそこには山元秋兎の着信履歴の文字。時刻は十二時頃、だ。留守電は入っていない。メールも特に入っていない。

念のため、電話を掛けてみたが『電源が入っていない』との通知。アイツにしては珍しいが。…まぁ、使い過ぎでバッテリーが切れたのだろう、と思った。

再び携帯を机上へ戻して、服を着替える。

一日の汗が染みこんだ湿気っぽい服を丸め、新しいTシャツとハーフパンツに着替えた。

部屋を後に、階下へ足を運ぶと姉貴と雪菜が今日の服そのままで、何やら母へのプレゼント作戦を練っている。見れば、姉貴は料理の支度を始める手順の様だ。


「あれ、姉貴着替えないの?雪菜も」


「いいのよ、とりあえず準備しちゃうんだから」


「そうそう、お母さんが帰ってくるまでに準備しちゃわないと!」


と、言っても。


「今六時だろ?そろそろ帰ってくるんじゃない?」


「「だから!」」


二人揃って同じセリフ。随分テンション上がってるなぁ、と思いながら。俺も口元が緩んでいる訳で。


「…じゃあ、何か手伝う事、ある?」


「それなら―」


と、姉貴はリストを取り出す。

どうやら、母さんにやってあげる事のリストらしい。ずいぶん計画の組み立てが早いな。


「じゃあ、コンビニでコレ買ってきて!」


リストにボールペンで丸を付け、俺に差し出してくる。何品かあるな。了解した。

頷いて、俺は家を後に自転車を漕いだ。


家から自転車で五分程の距離にあるコンビニ。

今日は時間の割に客が少なく見えた。オレンジ色に染まった空が霞む程、煌々と光るコンビニのロゴに目が細まる。

買い出しのリストは『サラダチキン』『もやし』『メイプルシロップ』だ。

最近コンビニでも色々手に入るから便利がいいよなぁ、なんて思いながら店内に入る。

すると「おぉ、岡崎」なんて男の声が飛んできた。声の方を見れば、少し長い髪を嫌味じゃない程度にサラッとセットし、鼻筋の通った顔。

折り目のしっかり付いた学生服と、そこに収められたアイロンのかかったワイシャツ。

同じクラスの竹部慎之介が、男用カミソリのセットを持って立っていた。


「おぉ、タケ!あれ?今日学校だっけ?」


その身形の通り、テストは必ず合格点。補習なんかとは無縁で、クラスの中でも成績順位上位に入るこの男が、学生服で、しかもこんな時間にこんな場所に居るのは不思議だった。


「いや、ちょっと委員会の打ち合わせもあって学校行ってたんだ。夏休み明けにまたイベントやるらしくてさ」


委員会…?

何か入ってたっけ?と聞き返す。


「あぁ、うん。夏休み直前で急遽人手が必要になったらしくて。確か、前任が遊佐さん、だったかな。家の用事でしばらく委員会活動出来ないからって抜けたらしくてさ、その穴埋めでね」


遊佐―。その名前に心が小さく脈動する。


「へぇ、大変だな。あんまり休みって感じじゃないじゃん。補習より時間かかってるし」


「まぁ、そうだね。でもイベントとか遣り甲斐ありそうだよ。学校の行事に関わるって今までは荷が重いかなって思ってたけど。上手くやれそうだよ」


爽やかに笑っみせるタケ。…と、彼の携帯が鳴った。


「ごめん、ちょっと電話入った」


―あぁ、また携帯を忘れて来た。自分のポケットに手をやって、思い出す。

そして、すぐに忘れています自分の不甲斐なさが心に重りを落とした。


「あ、俺もちょっと買い物頼まれてたから。またな、タケ!」


手を上げると、彼も笑顔で手を上げてみせる。そのまま電話を取る彼を一瞥して、俺は俺の買い物を済ませてしまう事にする。

足早に商品を手に取り、レジへ。外は紫色の世界へと姿を変えている。

自動ドアを潜ると、だいぶ涼しくなった空気が心地いい。きっと、夏の内でも心地良く感じられる時間と言うのはとても貴重だと思う。

その空気の中、自転車を漕いで俺は家へと急いだ。


家へと戻り、コンビニ袋を差し出すと、服を着替えていた姉貴は満面の笑みでソレを受け取る。黒基調のワンピース。髪は解いて背中を腰まで覆っている。


「ありがとう、裕也…って、あんたどうしたの?」


「え?い、いや、まぁ…」


…姉貴、綺麗なんだなって。

口をついて、そんな感想が漏れた。

姉貴は面食らった様に目を丸くして顔をみるみる赤くしていく。

そのまま、無言で料理を再開。

ほんの逡巡。俺も、大した事を言ったモンだなと思い返して顔が熱くなるのが分かった。


それからの数十分は記憶が飛んでいる。何か手伝いをしたのだろうとは思うのだが、気付けば食卓の上は彩られ、俺はソファでテレビを眺めていた。

時刻は午後七時。玄関が開いて、母さんの『ただいま』が響いた。







「それで、なんだ。要するにこの神社は吸血鬼と戦争をする基地。砦の様なモノって事か」


「半分は合っているけれど、半分は違うわ」


遊佐はコップのお茶をほんの少し飲み込んで、続ける。

濡れた唇が、色気を持って揺れた。


「半分はね。私達の家でもあるのだから、あまり他人に踏み込まれたくは無いと言う所。そして、向こう側の欲しいものがここにあるのだから、言うなれば本陣、かしら」


「って事は、ここに踏み込まれる。ここの近くに寄られるのさえ、本来は避けたいって事か」


「えぇ、そうね。昨晩のは奇襲。本来踏み込まれるべきではない所にまで兵を送り込まれてしまったの。少し気付くのが遅かったわ。そして恐らく、その時に入り込まれたモノの残滓はまだこの周囲に残っているから、ゲリラ的に戦闘を起こされると厄介ね」


ザンシが、まだ、残っている?その言葉に再び背筋が震えた。


「いや、待て。そういう事だと俺はここから出られないんじゃあないか」


「えぇ。そうね。決死の覚悟があれば出られる可能性もあるわ。そもそも、昨日の戦闘が終わった時点でここには人が近付かない様に結界を張っていた筈なのだけれど。どうしてか貴方はここまで来る事が出来た。神道にも造詣が深いのかしら?」


「いや、ただオカルトに興味があるだけで何も出来やしないよ」


はぁ、とため息が出た。着替えだって何も無いし、両親は出張中だから家には今誰も居ない。どうしようも無いじゃないか。


「オカルト…ね」


くす、と遊佐は吹き出す。口元に手を当て、小刻みに震えている。


「何かおかしいか?」


「いえ、きっと、貴方達の言うその『オカルト』の類いは昔から身近にあったモノだから。それに興味がある人、テレビの中以外では初めて出会ったわ」


「そうですか。いや、幽霊だとかそう言うのは空想のモノだけじゃ無いんじゃないかって少し思ってたんだけどさ。むしろ、実際に居るのならそれはそれでロマンチックだなんてね。…あぁ、だけどそれが現実として自分に降りかかるとちょっときついわ」


「いえ、貴方が出会ったアレはきっと、そう言った所謂オカルトの中でもかなり高度。レアモノ、だと思うわ。だってそうでしょう?危害を与えるオカルトなんて、現実にはそうそう無いものよ。少なくとも、私はあまり知らないもの」


あぁ、確かに。


「まぁ、そんな事はもうこの際仕方ないよ。とりあえずこれから俺はどの位ここから出られないんだ?少なくとも、安全に出られる様になるまで」


「そうね。こちらから打って出たいのも山々だから、あまり時間がかかってしまっては困るわ。さっと祓いに行きたい所でもあるけれど。今日は日が悪いわね。戦術も無い状態だもの」


―そうね、と彼女は口元に手を当てたまま思考する。


「三日後、かしら。それまではここで寝泊まりを。妹や両親は今朝、出て行ってしまったから。眠るなら家の中どこでもいいわ」


「は?!」


「私がね、この家の守りを任されてしまったの。妹も両親も、私程では無いけれど強い力を持っているから、今朝一番で家を出て、昔の資料や知人を訪ねに行ったわ。多分、それが帰ってくるのも三日後。きっと、そこで対抗策ももたらされると思うのよ」


階下で、十二時を知らせる鐘が鳴っている。


「その間に第二陣が攻めてくる可能性は」


「それはきっと、無いと思うわ。現在の南條家でここに攻め込めるだけの兵力はしばらく練る事が出来ない筈だから。それ程に叩き潰してあげたもの」


どこからそれほどの自信が湧き出てくるのかは分からないが、彼女のまっすぐな瞳を見るとその言葉も信用に値すると思えた。


「―あぁ、そう。山元君。岡崎裕也君と友達よね」


改まった様に言って。

彼女はそのまっすぐな瞳のまま、俺を見据えた。


「彼に連絡を取って。ただし、電話は今一回しかできないわ。メールもやり取りに時間がかかってしまうからダメ。その後は結界を強めるから、携帯電話の電波も繋がらなくなるわ。貴方が入ってこれたと言う事は多少でも結界に綻びが有る筈だもの」


「裕也に?なんて言えばいいのさ」


「南條には、近付くなって。先日一度その忠告はしたのだけれど、きっと彼はそれを怪訝に思っている。今のままなら、南條家からのアプローチに彼は応じると思うわ」


「裕也が?どうして?」


聞くと。

少し、彼女の表情が険しくなった。


「そうね。これは貴方にも言わなければいけないものね。いつかは知る事だろうし」


言って、遊佐は姿勢を正した。

その目が、一段と光を増して、俺を射抜く。


「―彼は、南條の血をひいているから」





母へのサプライズは成功し、姉貴と雪菜のプレゼントに母はとても喜んでいた。

母の目が潤んでいたのを見て、俺も少し感動してしまった。

ともあれ、来週の休みを使って母は宮城へ旅行へ行く事になった。

父も居ない、義理の姉弟で過ごすと言うのは初めての事でもある。

家事やなんやかんや、上手く回せるだろうか。

…あぁ、姉貴が居る限りは大丈夫か。

そんな事を思いながら、寝床に入った。

今日も月が綺麗だ。開け放った窓からは少し涼しい夜風がカーテンを靡かせる。

結局、あの後も秋兎に電話を掛けてみたものの、電源が入っていないアナウンス。一体どうしたと言うのだろうか。メールも入らないなんてアイツらしくない。

とは言え、またひょんなことで顔を出すだろう。そう思って、特段心配をしている訳でも無い。

今日は一日色々あった。姉貴とも一緒に出歩いたし。…あぁ、姉貴ってしっかり女の子なんだなぁなんてしみじみ思ったりする。

確かに以前から綺麗な人だと言うイメージはあったものの、間近で彼女の仕草を見る機会なんて殆ど無かった訳で。今日は本当、いい経験をできたと思える。


「姉貴、彼氏とかいないのかな」


ふとそんな考えが浮かぶ。確か、今日のケーキカフェに行った時なんかは居なそうなニュアンスで話をしてたっけ。

不思議だな、と思った。あれだけの容姿と性格がありながら、彼氏が居ないなんて。普通に考えたら何人かボーイフレンドが居てもおかしくない筈なのに。

それとも、高嶺の花と思われて声かけにくい存在の可能性も?いや、それも何かしっくり来ない所だ。もちろん、特別な感情とか、そう言うのは無い。義理とは言っても、姉弟なのだし。

しかし、仮に。同級生にあれだけの人が居れば、気がかりにはなる筈だって―。

そんな事を考えながら、俺は眠気に苛まれ瞼を落とした。

明日もバイトがあるし。しっかり休もう―。


…―。

……――。

………―――。


―ぼんやりとした視界。

広がるのは、リビング。…どこかで見覚えのある。

この家のモノじゃ無い、リビングだ。ブラウン管のテレビには天気予報が映し出されている。日本全国の天気。所々に雪だるま。気温は一桁が殆どだ。

周囲には人影が無い。

遠くで物音がする。

そして、悲鳴。女性の、悲鳴。

その方向に行こうとしたが、体が動かない。…否、自分の体は小さすぎて、自分自身の力では立ち上がる事が出来ないのだ。視界に入る自分の手は、まるで赤ん坊のソレ。

―どうなっているんだ。

色々考えを巡らせようにも、頭がぼんやりしていて上手く機能していない。ふわふわした感じだ。

…と。不意に、自分の体が宙に浮いた感覚。視界に有るものが崩れていく。そして、衝撃。激しい痛み。頭を揺さぶるその痛覚に、声が溢れた。泣きわめく声。自分の、声。

どんどんと、足音が近づいてくる。視界が影に覆われる。

そして。

スイッチを『off』にした様に、視界は真っ暗になった。


「…―裕也!起きなよ!裕也!もう昼回ってるよ!」


視界が開ける。

姉貴の―由亜の顔。

その顔を見て、俺は安堵した。厭な夢だった。

夢の残響を打ち消す様に、ため息。

「ごめん、姉貴。かなり寝ちゃったな」


「ううん。いいけど。…あんた、なんで泣いてるの?」


「え?」


顔を拭うと、手には涙が付いている。こうしている今も、頬を伝う熱い感覚がある。

何故か。涙が止まらなかった。


「あれ?」


「何か、凄いうなされてたみたいだけど。嫌な夢?」


言いながら、姉貴はベッドに腰掛ける。明らかに俺を心配そうに見ている。その優しい表情に、胸が熱くなった。


「いや、分からない」

―と。言ったつもりだった。

しかし。俺は、言葉を発せては居なかった。


刹那の逡巡。


「大丈夫。もう、目は覚めてるから」


そう、優しく言って。

姉貴の。


…由亜の、柔らかな体が。

俺を、包んだ。

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