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荒川クリスティーの事件簿シリーズ

三毛ひよこの備忘録 ー彼方からの手紙ー

作者: 桐生たまま

 くすぐったい。


 温かくて、柔らかい。もふもふとした感触。


「おいっ! 大丈夫か! しっかりしろ!」


 誰かが叫ぶ。

 そして「にゃあにゃあ」とけたたましい、なんだろう――動物の鳴き声?


「どうしたんだ! しっかりしろ!」


 ザラリとして湿った何かが頬を撫でる。



 ああ、誰かがボクを呼んでる。

 でも、一体誰?

 たどり着いたんだろうか。


 21世紀に。


 ボクらがあれ程憧れた、まだ紙の本の存在した時代。


 

 目を開けると突然、視界一杯に、どこまでも広がる群青色。これは空?

 そうか――この時代ならまだ、太陽は直接浴びても大丈夫なんだ。



「おい! しっかりしろ!」


 ボクを覗き込む人。誰? 

 1人はお爺さん。もう1人は――兄さん? まさか、そんな筈ない。兄さんは今頃――


「にゃあぁ」


 猫? 本物の猫? 

 ちょっと待って、この人達……服装が……


「おい、目を開けたぞ!」


「……昭和」


「おい! どうした! おい……お……」



 気が遠くなる。

 


 ◆



 かつて『西暦』という暦があったと云う。

 それを100年毎に区切った単位を『世紀』と現す。


 今、現在に残された情報は断片的で、当時のことを正確に知るのは不可能だとされてきた。


「最先端の学問でも、人類を保管する計画で手いっぱいだった」


 政府の偉い人も、研究者も、みんなが口を揃えてそう言う。

 

「食用、及び労働力たらん動植物は優先されない」


 だから当然、遠い遠い歴史や文化なんて、一番の後回し。

 そうして生き残ったボクたちが何世代か過ごしたころ、世界は落ち着きを取り戻し、人々はようやく気付いたんだ。


 過去があるから現在がある。


 この地に『西暦』という暦があり、それを100年毎に区切った単位を『世紀』と現したころ、世界には紙でできた『本』という文化があったと云う。


 生き残った人類がどこか根無し草のように心許ないのは、過去という記憶が穴だらけだから。

 あなたはそう言っては、『本』の存在を空想し、それへの慕情をボクに語った。

 

 中でも、ボクらの遺伝子の基になっている日本の本が研究テーマだったね。



 人間はどこから来てどこへ行くのか、その指標を求める計画がいよいよ現実味を帯びた時、人生のすべてを研究に注いだあなたが無情にも計画の実行に携われないと知った時――

 冷静に受け止めていたあなたの強さは、ボクの胸に棘を残した。



 安心して――その夢はボクが受け継ぐ。そう決めたあの日から、いっぱいいっぱい勉強したんだ。必ずあなたの代わりに、このアーカイブ補完計画は成し遂げるよ。

 21世紀に行って、紙の本が実在することを証明して見せるから。


 兄さん。いつか治療法が発見されて、あなたが超低温睡眠から醒めた時、褒めてもらえるように。


 自然交配の子達に両親がいるように、ボクには兄さんがいたから寂しくは無かった。

 研究所生まれのボクたちには兄さんが唯一の家族だった。例え血は繋がっていなくても、兄さんは僕たちの憧れだったんだ。


 だから兄さん。


 必ず探し出すよ、あなたが研究していたあの本の手がかりを。

 娯楽的なだけの小説が、かつて存在したという確たる証拠を。


 

 どうやら準備が出来たみたいだ。

 出発のカウントダウンが聞こえる。



 行ってきます――











 ◆



 拝啓、兄さん。

 

 ボクは今『平成時代』でこれを書いています。

 つまり、兄さんたちの研究は成功したんだよ。それを証明できてボクは本当に嬉しいんだ。

 ただひとつ残念なことに帰還方法が不明です。

 気付いたときには身一つで所持品はポケットに入っていた『ペン』だけ。


 でもね、不思議なくらいボクに不安は無いんだ。

 ただ、心配することはあります。

 だからこそ、もしもボクが戻れなかった時のために書き残しておこうと、手紙を残します。

 一瞬で全てが消えてしまうデータでの保存よりも、幾分かは可能性があると信じるから。



 先ず、あれ程勉強した『平成』についての知識、学術データは少し間違っていたみたいです。

 本当のこの時代はまだ着物が主流で、ボクらが『大正』から『昭和初期』の服装だと思っていた着衣は未だに健在のようです。

 然も絵柄や形が豊富で、色合いも鮮やか。ボクたちみたいにみんな同じデザインの服ではないんだよ。

 そうそう、ボクもお花模様の『浴衣』という着物を借りました。着物を貸してくれた八重子さんは「とっても似合う」って言ってくれたけど先生は……

 あ、いけない。大切なことを書き忘れていました。


 兄さん。あなたの言っていた通り、荒川クリスティーは平成に実在しました。

 現存する記録から飛鳥時代の作家とする説が有力とされていたのに、兄さんだけは平成時代の探偵を主張していましたね。ボクも兄さんの主張を裏付けることが出来ると思うと、本当に嬉しいです。

 

 荒川先生はとても凄い人です。ボクは一目でそう分かりました。

 何故なら先生はとても兄さんに似ているのです。

 この顔で素晴らしい人でない筈はありません。


 そして思った通り、村で起こった事件の謎を解明してしまいました。


 だけど兄さん、どうやら先生にはボクが必要なようです。

 平成時代の人たちは容姿、体格共に男女差が大きいと聞いていましたが、先生は背が高いだけで体力は著しく乏しいのです。

 まずは毎日運動をさせて体力を付けなければなりませんし、お着物を畳んであげる必要もあります。

 先生が後世に語り継がれる立派な探偵になってくれるまでがボクに課せられた使命です。

 だから、例え戻れなくてもボクは幸せです。ここにはボクを必要としている先生がいるから。そして、先生のこれから解決して行くであろう事件の数々は必ずボクが書き残します。

 兄さんが目覚めた時まで伝え遺されるように。


 だから心配しないで。


 ボクは今とても幸せです。



 追伸。著者名は「三毛ひよこ」で検索してください。

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[一言] ズバリ、主人公の性別は?
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