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Discover(ディスカバー)   作者: K@YO(かぁよ)
3/11

第2話 終わりと、何かの始まり。

挿絵(By みてみん)


ハッとして目覚めると、そこは見慣れた自分の部屋だった。

まだ耳にハッキリとあの声が残っている。


「・・・見つけて?あれは一体・・・」


不思議な夢の余韻が、まだ部屋のそこここに点在している。

眼球の半分は現実の世界を、もう半分はまだ夢を見ているような感覚。脳が覚醒しきっていないようだ。


軽く混乱しているのか、視線は壁のカレンダとドアノブの間を何度か行き来した。

心と体がブレているように、体は意識に少し遅れて動く。


「落ち着こう」そう思って深く呼吸した。


この不確かな夢の余韻は、やがて現実の空気の中に拡散して消えていくのをイカルは今までの経験で知っていた。どんなに恐ろしい夢も、いつの間にか忘れてしまうものだ。


「あくまでも夢なのだから・・・」

声に出して呟く。


ぼんやりした意識の中でも、目の前には現実の世界がその輪郭をくっきりと表し、頭がクリアになっていくのが分かる。


「もう、大丈夫」


そう確かめるように呟いてサイドテーブルの上に置かれた古い緑のデジタル時計に目をやると、薄暗い部屋の中で時計の緑色の文字が『AM4:56』を示していた。


窓の外では空がうっすらと青みを帯びているのがカーテンの隙間からチラと見える。


「いつも見るあの夢は、一体なんなのだろう・・・」

考えてみたところで分かることでは無いので、そこで思考を止める。


意外にも汗をかいていたようだ。シャワーを浴びようと起きあがるついでに、枕元に置いてあった携帯の着信をチェックした。


彼からの着信は無いようだ。これでもう、かれこれ三週間は無い事になる。

「やっぱり捨てられちゃったかな、アタシ」

矛盾する思いと現実に、煮え切らない思考がぐるぐる頭の中を回っている。


彼のことは好きだった。そのハズだったし、きっと今もそう。

でも『捨てられた』と言う事実が絶えず付きまとう。彼はそうではなかったのかもしれない、と。


きっとこの状況は優し過ぎて、いや、ずる過ぎて、自分からは何も言い出せず、

全て決定権をイカルに委ねる事しかできない。


そのくせ自分が決めたことは決して譲らない。気にくわない事があると黙るのが、唯一の手段だった彼の、たった一つの、最後のメッセージなのだろう。


「最後くらい彼のご期待に添えようかな、なんて」

笑えないジョークだった。もう涙も出ない。ただ胸が痛むだけ。

それが一番、辛いのに。


 彼と初めて出会ったのは、少し非日常感の漂う場所。地域密着型のソーシャルネットワークサービスサイトの新規立ち上げ、その記念パーティの場でだった。


アタシは、その頃勤めていた広告代理店で企画・営業チームの一人として、日本一の湖、その湖岸に少々不自然にそびえ立つプリンスホテルの宴会場で開かれるそのパーティに参加していた。


入社したばかりで二十二歳と若かったアタシは、営業と言ってもまだアシスタント位の仕事しか任せてもらっていなかったので、新しいサービスとやらの内容もいまいち理解出来ていなかったうえ、

立食形式とは言えパーティ(と言っても大規模な飲み会という方がしっくりくるような雰囲気ではあったけれど)なんて初めてで、なんとなく隅の方でフルーツばかりちびちび食べながら様々の音や声で溢れかえるその空間で一番近くにいた先輩たちの話を聞くとも無しに聞いていた。


その時目に入ったのが、少し離れた場所にいた比較的若いプログラマの一団だった。

「二十代後半、ってトコかなぁ」と、同世代では無いにしろ年の近そうな人たちが珍しかったので思わずじろじろ見てしまった。

それで、自分では気づかないうちに余りにも見過ぎて、その五,六人の中の一人と目が合ってしまった。


それが彼、ツユヒコだった。


彼は当時二十六歳で、若いながらも腕のいいプログラマとしてその会社にヘッドハンティングされてきたばかりで、その集団の中でも少し浮いていた。


アタシに気付くとツユヒコは、周りの人に何か言った後グラスを片手にゆっくりとまっすぐと壁際に近づいてきた。


「しまった」と思った時にはもう遅くて、ツユヒコはすぐ近くまで来ていた。


「こんばんは、代理店の子だよね?」

「はい。あの、じろじろ見てしまって、申し訳ありませんでした」


アタシは問いただされたような気がして、思わずペコンと頭を下げて謝ってしまった。

「あはは、いいよいいよ。さっきからぼくも君の事、気になってたし。もし良かったらお近づきの印にちょっと抜け出しませんか?飲みにでも」


「それ、お酒じゃないんですか?」アタシは彼の片手のグラスを指さし、笑った。


「うん、そうなんだけど、ね」


彼もにっこり笑った。

言葉の意味は分かっていたけど、その笑顔が素敵だったので誘いにのった。


ツユヒコと付き合っていた一年と七ヶ月の間に学んだこと。それは、

『女性は、相手に一つでも好きな所があれば相手の全てを好きになれる。否、好きだと信じられる』

『男性は、極端に言えば相手の事が好きでなくたって付き合えるし好きかどうかはあまり重要ではない』


と、言うこと。それだけ。

でもその時のアタシはまだそんな事知らなかったし、若さでカヴァー出来た。

いや、出来たつもりでいた。本当は、そんなひとつひとつの価値観の差が気づかないくらいちょっとずつ、アタシの若いだけの健康な心を蝕んでいたのだ。


でも、気付いた時にはもう遅かった。

彼の笑顔が好きだったし、彼自身の事もすごく好きになっていってしまった。


それからは何度も会って、何度も求め合った。

会っても、会話らしいことは一言も話さない日さえあった。


でも、それは「二人の愛が本物だから」なんて、バカみたいにアタシは信じ込んでいて今考えれば本当に幼かったんだな、と思う。「本物の愛」なんて知りもしなくせに。


いや、本当はそれら全てが嘘だと、何処かでは気づいていたのかもしれない。

それでも信じていたのだ。彼を、何より自分を。


そんな不確定なものに、アタシは必死でしがみついていた。

漫画やドラマで見た、愚かで可哀想なヒロイン達とまさに同じ道を自分が辿っているなんて、死んでも気付きたくなかった。そんな彼女たちを、友達と「あんな男に引っかかるなんてあの女もバカだよね」なんて、無邪気に笑っていた高校生の頃には考えもしなかった。


こんなにも簡単に落ちてしまう、魅力的でお手軽な「偽物の愛」があるなんて事。


そうして、いつからかアタシはツユヒコの事を『恋人』と呼び、彼も否定しなかった。

それが嬉しかった。でも、この時気付くべきだったのかもしれない。


彼の、たとえ嫌でも「嫌だ」と言わない癖。

そんな事にも気付かず、どんどん彼に夢中になっていった。


彼は優しかったけれど、いつも何処か社会人特有の狡さが見え隠れしていた。

それは、自分のことを聞かれるとうまく別の話に逸らしたり、相手を言いくるめる言い訳の上手さ。

でも、その時にはそれが魅力的にも思えたし、大人の証拠なんだと理解していた。


それでもやっぱり、徐々にツユヒコとの関係が不安になってきた。今考えれば必然的に。

彼は必要な事以外は喋らないくせに、本当に必要な言葉に限っていつも言わなかった。


だからアタシは、付き合いだして二年近く経った今でも彼の実家が何処かも、何人兄弟かも、友達も、好きな歌手も、何一つ知らなかった。


初めから終わるのが分かっていた二人だったんだと、馬鹿らしくすら思える。


(それならいっそ、終わらせていまおうか)

実際、この宙ブラリンな状況を切り捨ててしまう事は簡単で、

彼の携帯に電話して、一言「別れよう」とそう、言えばいい。

彼は決して反論しないだろう。何も言わないかもしれない。

でも、この気持ちに終止符を打つのは、しばらくは無理だろう。


きっと。


始まりも終わりも曖昧なこの恋は、いつまでもアタシを悩ませ続けるかもしれない。

その実感にも似た予感が、またアタシの頭を重くする。それでも、思考は止まらない。


「どうしようもないじゃない」

そう。もう本当にどうしようもない所まで来てしまったのだ。気づくのが遅すぎた。


「シャワーを浴びたら、彼に電話して。別れを告げよう」無理矢理に納得してバスルームへ向かう。

本当に納得したわけではない。でも、今のアタシに他に何が出来たろう。


今のアタシにとって、来ないと分かっているものを『待つ』作業が最も辛い。

動けない。


進めない。戻れない。何もできないのだ。

他には、何一つ。


丁度シャワーを浴び始めた時、携帯電話が鳴った。聞き慣れた着信音。

「まさか!」

とは思いつつも急いでバスルームから飛び出し、バスタオルを巻いただけの姿で電話に出た。


「もしもし!?あ。誰・・・ですか?」

慌てすぎて、着信者名を見るのを忘れた。


「あ。俺、ツユヒコ。・・・イカルだろ?おはよう」

電話口から一瞬声が遠ざかる、 彼も発信者名を確かめているようだった。


「うんうん、アタシ。イカルだよ。おはよ。ごめん、シャワー浴びてて。どーしたの?」

あまりの出来事に、動揺して言葉が途切れ途切れにしか出てこない。


「いや、ずっと連絡いれてなかったから。まだ五時か。こんな時間に、悪い」

「ううん、そんなの全然いいよ。起きてたし。忙しかったの?仕事」


彼は今ではチーフプログラマなので、新しいゲームの開発が始まるとほとんど休みは無い。

それに仕事柄、徹夜や不規則な生活が当たり前なのでこの時間帯に起きている事も決して珍しくない。


「いや・・・、」しばらく、躊躇するような間を空けて小さな声でツユヒコは言った。

「弟が入院する事になって。色々、身内でゴタゴタして・・・」語尾が曖昧だった。


こういう時の彼は、何か別に言いたいことがある。

相手から言われて惨めになるよりも、決心して自分から言おうと思った。


最後に彼も勇気を出してくれたのだ。最後くらい聞き分けのある女になろう、と。

「・・・アタシ達、別れようか?」


疑問系にしたのはまだ彼の事を好きで、彼もそうであって欲しい、と言うささやかな抵抗だった。

今のアタシに出来る、精一杯の、

そして、最後の抵抗だった。


「・・・・・ごめん」


長い沈黙の後、ツユヒコは一言だけ言った。その後、二人とも無言のまま電話を切った。

「これでよかった。他にどうしようもなかったのだから」そう言い聞かせてみても、胸の何処かにぽっかり空いてしまった穴は消えそうにない。たった一言の「さよなら」のですべてが終わった。もう次のページはない。彼との道にはもうしっかりと「The End」の文字。


しかし、別れがこんなに辛いなんて、知っているつもりだったのに。

覚悟は出来ているハズだったのに。現実はいつも残酷だ。


良い期待なんてするもんじゃないな、と誰かが言っていた。

期待しても、裏切られてばっかりだ、と。


ぶら下がった右手に携帯を握ったまま、随分と長い時間涙すら流さずその場に立ちつくしていた。

ツユヒコの番号を携帯のメモリから消そうと思ったが、出来なかった。


もう望みなんか無いのに。

彼は「こうする」と決めたことは絶対する。

そのことは付き合っていたアタシが、一番よくわかっていた。


こうして、ひとつの恋が静かに終わった。


ぼんやりとツユヒコとの最後の会話を思い出しながらふと

(弟がいるんだ、最後の最後になって初めて家族の事聞いたな)と、思った。



何故かそれがとても重要な事のように、いつまでも頭から離れなかった。

「ヒィイ・・。若かりし頃の自分よ・・・。」

と、なりつつ第2話upです。長いですね、今回。


まだしばらくイカルさんのターンですね。

今回も、割と基より大幅に加筆修正しました。

故郷がモデルなので何処出身かがバレバレですね。



次回は、少しキャラクターが増えます。

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