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こんぽじしょん! 美少女達とボカロP目指してみた。  作者: raiga
第三章 ストリンジェンド 〜ディミニッシュコード〜
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その2

「なぁ、確かに今日は俺が奢ると言った…………」

 空調の効いた快適な店内。向かい合い座る二人。

 だが残念な事に一翔は彩と目を見て話をする事が出来なかった。

 それもその筈、

「――いくらなんでも頼み過ぎじゃない!?」

 二人の間には色とりどりなケーキ達で出来た壁が聳え建っていた。

「だっふぇかずあのおおりあっていうああそりゃあこぅしゃあっしょ」

「……わーったから取りあえず会話を成立させるためにそれ全部食ってくれ」

 流石の一翔もカフェで諭吉が二人も居なくなる事は予想していなかっただろう。

 一翔はなぜアメリカンにしなかったんだと後悔しながらエスプレッソを嗜み巨大ケーキ山が消えるのを待つ事にした。


 しかしそれが叶うまでは数分とかからなかった。

「ぷふぁ――――――満腹だぜぃー流石にもう食えん!」

「……そらそうだろうなぁ」

 先程までの清楚で可愛らしい雰囲気の少女は一体何処へ消えたのか。

 背もたれに大胆にのし掛けぽっこり膨れ上がったお腹を満足げにさする彩はアイスコーヒーのカップに残った氷をガリガリと貪った。

 こんなに美味しそうに食べてもらえるなら、彼も本望だろう。

「彩ってさ」

 そんな彼女を見つめる一翔。

「黙ってれば可愛いのかもな」

「――――――!?」

 動揺。狼狽。彩は手を滑らせて足下に広がる絨毯へ氷をぶちまけた。

 そんな彼女を見た一翔は溜め息一つ、

「動くとぜんっぜん可愛くなのな」

 と愛でるようにバカにした。それからひざまずいて床に散らかった氷をティッシュで丁寧に拭くのだった。

「…………何よそれ………………」

 俯き加減の彼女はぼそっとそう言う。

「ん、何か言ったか?」

「な――んにも言ってませんよーだ! バーカバーカ! アホ! アンポンタン!」

 風船の様に顔をぷくっと膨らませてティッシュやらグラスやら角砂糖やら手元にある物を片っ端から一翔にぶつけた。

 そんな事をされても一翔は嫌な顔一つせず笑ってやり過ごすのだった。こんなやりとりももう何度目だろうか、幼馴染みなんてこんなものだ。


「さて、本題なんだけど」

 そんな一翔だったがそう言うと席へ戻り背筋を整えた。そんな彼の姿を見た彩は二度瞬きしてから彼へ視線を合わせた。

 そして彼女にとって全く予想もしなかった相談を受けるのだった。


「お前は――――澪と知り合いなのか?」


 その一言に彩はっとする彼女は――静止した。

 瞬きを忘れる程固まった彼女は誤摩化すように、

「ど、どーしてそんな事言うんだい? 入学式で初めて会った――――」

「――――……アンタボカロなんてまだやってるわけ?」

 一翔はそう言って彩の言葉を強引に遮った。彩はそんな彼の行動とその言葉の意味に思わず息を呑んだ。

「『スィート×スィーツ計画♡』の時、澪は確かにそう言ったんだ。まだやってるのかって」

 一翔の記憶力が抜群に良かったからではない。彼はこれを確認する為に録画しておいた映像を一人でもう一度見直していたのだ。

 一翔は口を休める事はせず、

「澪はボカロを嫌い過ぎている。そう、異常なまでに」

「……ま、まぁ、ボカロって要するに人工的な歌声だしあまり好きじゃないって人も少なくないじゃん?」

「いや、あの嫌い方はそんな程度じゃない。――過去に、嫌いになる出来事があったんだ」

「うぐっ……」

 一翔の鋭い視線に戦いた彩は肩を竦ませた。

 そして一翔は姿勢を整えると、

「――彩。お前は澪の事で何か知っている事があるんじゃないのか?」

 真っすぐな視線は凛と彩へ向けられた。

 ――確かにそう思うとおかしな事は幾つか在った。

 澪の話を初めてした時――一翔が新曲を部室に持って来た時――彼女の態度が何だか怪しかったり、一翔が澪の勧誘を諦めたかのような雰囲気の時は安堵を露にしていた。

 彩は何か割り切った様に大きく溜め息をつく。

 そして鞄からポッキーを取り出し咥えると、

「……そうよ――――よく分かったわね、一翔」

 とあっさり肯定した。

 それから顔を曇らせ俯くと、

「随分と熱心なのね、澪の事。」

 残ったポッキーを強引に口へ放り込んでぶっきらぼうにそう言う。

「もしかして――好きなの? 澪の事。」

 そして顔は俯いたまま不敵に目線だけをつり上げてそう追い打つ。

 一翔の澪に対する執着は確かに相当強い。元々好きな事とかやりたいと一度決めた事はとことん貫くタイプだが今回のこれはその中でも特に想いがある。

 それは、それ以外に特別な感情がある事が要因なのでは。

 彩はそんな風に考えていた。

「――どうして、そう思うんだ?」

 一翔が不敵に笑ってそう言うと、

「ただの勘。幼馴染みのね」

 彩は頬をくいと上げて意味深に微笑んだ。

 人生の殆どの時間を共有して来た二人にとって嘘や建前は意味をなさないのかもしれない。

 だが対する一翔は真顔で、

「ああ、好きだよ――――澪の音が」

 それから静かに見つめ合った。

(――うちは馬鹿だ……)

 その答えを聞いた彩は――――自分をバカにした。

 何を深読みしているんだ。このバカ――――雨宮一翔という男は本当にただの音楽バカなんだ。それだけだ。

 楽しい音楽を創る事――――それ以外に考えている事なんて何も無い。

 そんな事――――分かっているのに。

(分かってるのに勝手に期待したり勝手に疑ったり……うちも懲りないなぁ)

 彩は肩の力をどっと抜いた。


「――最初に澪に何か在るっての疑い始めたのさ、実は彩の様子がおかしかったからなんだ」

「――――えっ?」

 唐突な一言に彩は耳を疑って視線をチョコから一翔へ移した。

「だって澪の事話し出した時から、彩の様子なんかおかしかったんだもん」

「なっ!? うっ、うちは別に……お、おお、おかしくなんか、無かったやぃ!」

 顔を真っ赤にして手をぶんぶん振り回し否定する。

「一翔のくせにうちの事が分かるのかよっ! テレパシーでも覚えたって言うのかー?s」

 そうムキになって赤面する彼女。それを見て微笑む一翔は、

「ただの勘。幼馴染みのね」

 と言って小馬鹿にする様に笑った。

 そんな何気ない一言に……彩は急にドキッとしてしまったのだった。

(ただの音楽バカの一翔が――――うちの事見てた……の?)

「う、うちってそんな分かり易いかなぁ……?」

 綺麗に梳った横髪の先端をくりくりしながら何か誤摩化す様に言う。

 一翔は鼻で笑って、

「別に分かり易くはないけど……俺になら分かるよ。何年一緒に音楽やってると思ってんだー?」

 愛でる様に小馬鹿にした。

 ――音楽やってるんだー?

 彼からしたら何気ない一言だろうが彩にはその言葉がつっかかった。

 所詮自分は幼馴染みの音楽仲間に過ぎないのか。

 ただの音楽バカなのか……そうじゃないのか。

「あ〜もうほんっと一翔って訳わかんないッ!」

 それから突然テーブルの上に並べた持参したクッキー数十枚をボリボリと噛み砕く。砕く。

 そんな奇怪な行動を一翔は不思議そうに眺めるのも、二人にとってはいつもの事だった。



 澪と彩の最初の出会いは丁度二年前に遡る。


 当時中学二年生になりたてだった澪は丁度天才中学生ピアニストとして世間から注目され始めた頃だった。

 そんな彼女の元へ舞い込んだ仕事の一つがボカロのピアノカヴァーCDを出さないか?というものだった。

 中高生に人気のあるボカロ曲を同世代の天才中学生ピアニストである澪が演奏する。おまけに容姿端麗と来たらなるほどこれは確かに売れそうでもある。

 ボカロなんてものの存在を知らなかった澪だが『表現の幅を広げる訓練程度にはなるだろう』との父の言葉を受けそれを引き受けた。それから勉強の為にインターネットを漁ってボカロ曲を聞く日々が始まったのだ。


 ――――彼女は震え上がった。


 初めて聞くクラシック以外の音楽。

 一つの音楽を共有して意見し合う場所。

 譜面と云う誓約の無い自由な環境。

 心に染みる歌詞。

 刻み込まれるビート。

 澪にとってそれは新世界そのものだった。

 仕事も忘れ、彼女はボカロを聞く事そのものに没頭した。


 そしてレコーディングの日。

 全部で十三曲をレコーディングするのだが、その中に一曲だけ天才中学生ドラマーとして澪と同じ様にCDを作っていた――桃沢彩とのコラボ曲が在ったのだ。


「うわっお人形さんみたいでめっちゃ可愛い! うっひょ――うちキンチョーして叩けねえよ!」

 ぱっつん前髪で今よりも少しだけ幼い彩はキラキラ目を輝かせて澪を舐める様に視線を上下した。

 澪にとってそんな彩の第一印象は五月蝿い子だった。

 初対面なのにイキナリ髪の毛を触ったりしてきたし、CD会社の方が大事な話しをしてくれている時も足でビートを刻んでなにかうずうずしていたし、そもそも声が大きくていつも笑顔で雰囲気がなんだかキラキラしてからだ。正直あまり得意なタイプではなかった。

「……宜しくお願いします」

 触ったら簡単に折れてしまいそうな細くて小さな手をそう言って差し出す。

 しかしそんな手を握り返す前にじっと見つめて彩は、

「うっわー手も綺麗だね〜! あーあ、うちもこんくらい可愛い女の子になりたいなぁー」

 手を頭の後ろで組んで子供みたいにぶっきらぼうにそう言った。


「彩だって十分可愛いよ」

 そう言って彼女の頭にぽん、と手を乗せたのは――恐らく彩の父なのだと思う。いや父以外にあんな距離感の男性が居たら性犯罪の匂いがする。

「それより澪ちゃんに挨拶はしたのかい? これから一緒に音楽やる仲間なんだろ?」

「あ、いっけね! 可愛い子に興奮して、うちついつい気後れしてたぜ!」

 そう言うと短い腕を精一杯伸ばして、

「うち、桃沢彩! これでも中学三年生だから澪ちゃんより一つ年上だよ! よろしく!」

 先は私の手をとってくれなかったのに……とか思いながらも澪はその手を握り返した。それは彼女の笑顔の様に暖かくて、柔らかかった。 

 澪は自分以外の父親というものを初めて見た。

 優しい眼差して暖かく子供を見守るその姿に、なんだか胸がジーンと熱くなる。

 澪の父はこの現場にさえ足を運んでくれていない。

 いつも冷たく、自分の奏でる音以外に興味を示してくれた事など無かった。

(私、お父様に可愛いって言ってもらった事なんてあったかしら…………)

 恐らく無い。いや、一度も、ない。

 ――私は何の為に音楽をやっているのだろう。

 中学二年という時期な事も重なり、

 そんな事を――彼女は懸命に模索していたのだ。


 澪と彩のセッションは最高だった。

 冷静で真っすぐな澪と無邪気で無鉄砲な彩。

 傾向は違えど流石は天才中学生。

 直にお互いの息を掴み、直にお互いの行きたい方向を認識し、直にお互いの音楽性を擦り合わせ、素晴らしい作品が仕上がった。寧ろ傾向が正反対な事が功を奏したようだ。


 ――――レコーディング終了後、

「澪ちゃん、笑うと更に可愛いね!」

 彩はスティックを持ったまま澪の元へと一直線に駆け寄った。

「……私、笑ってた? ピアノ弾きながら?」

 そんな体験は……今までした事が無い。

 狼狽える澪の手をぎゅっと掴んだ彩は、

「うん! すっっっっっっっっっっんごい笑ってた!」

 と、向日葵のような笑顔で微笑みかけたのだ。

 澪は自覚した。

 その時――自分は初めて音楽を奏でる事で笑ったのだ。

 今まで幸せだと思っていた感情は幸せではなかった。今まで楽しいと思っていた感情は楽しいではなかった。彼女の中の概念ががらりと覆る。

 それは自分でも思いもしなかった変化だった。

「桃沢さん…………私――――黒崎澪はボカロが好きです!」

 澪の中の新たな歯車が音を立てて回り始めた瞬間だった。



 メールアドレスと電話番号を交換した二人はそれから毎晩ボカロについてあれこれ語った。

 この作曲家が中々センスいいとか、

 この曲のこのコードがいいとか、

 このリズムがクセになるとか、

 この旋律にこの歌詞とか痺れるとか。

 天才音楽家同士感じ取る物が似ているのか、二人は直に意気投合して大親友になった。


 ――――筈だった。


「こんな低俗なモノをこれ以上聞く必用がどこにあるんだ!」

 弦山の一喝が澪の心に重く突き刺さる。

 それは夜、練習が終わった後ネットでボカロを聞き漁っていた事がバレた瞬間だった。

『し、澪ちゃん!? どうしたの!?』 

 丁度電話を繋いでいた為、それは彩の耳へも届いていた。

「――――ッ!」

 それに気付いた澪は直に電話を切る。……が当然その時にはもう遅い。

 親友を巻き込んだ事への腹いせか――――澪はいつになく強気になった。

 父親の鋭い眼差しに臆する事無く睨み返すと、

「低俗なんかじゃありません! ……お言葉ですがお父様はボカロについて何も知りませんっ!」

 懸命に言葉を絞った。

 ――――視線がジリジリとぶつかり合い、暫し時間が止まった。

 そんな静寂を先に破ったのは父の弦山だった。

「……ではそのボカロとやらの魅力を俺に説明して見なさい」

 獅子の様に深く恐ろしい低音でそう言い放った。

 ――勝った。

 澪はそう思って得意気に微笑した。

 ボカロの魅力を私に語れ? それで私を言い負かせる人間など居ない。私はボカロが大好きなのだから。

 澪は雄弁に語り始めた。

「歌詞が非常に魅力的な物が多いです」

「ドイツ歌曲でいい。」

「……コードが斬新で魅力的です」

「ショパンの方がよっぽど魅力的だ。」

「…………コメントを書き込む事で曲の面白さを語り合えます」

「直接会って語り合えば良い。」

「ネットだから知らない人とも語り合えるのです!」

「たいして知識の無い奴と語ってどうする。何もプラスにならん。」

「…………………………」

「どうした、もう終わりか?」

 澪は懸命に言葉を探した。探した。探した。

 しかし、この父を言い負かす事の出来る言葉は、やはり…………

「……はい、終わりです」

 澪は目に雫を浮かべて俯いた。

 そんな体験は――――彼女にとって初めての事だった。

 動揺した。けど、そんな弱い姿を見せたくなかった。俯いて、俯いて、それが引くのをじっと待った。

 ようやく顔を上げた時、

「……そう云う事だ。クラシック音楽が音楽の頂点に立つ存在なのだ。それさえ学べば他は要らないのだよ」

 上から降ってきたのは――父の黒い眼差しだった。

 真っ黒。奥が見えない。底なしの暗黒。澪は怯え、恐ろしさで萎縮した。

 そうだ。

 父の言う通りだ。

 冷静に考えてみろ。

 何百年も演奏されて、人々に愛され続けるバッハやモーツァルト。

 かたやボカロなんて去年発表された新曲でさえもう古い。

 どっちに価値があるかなんて、少し考えれば分かる。

 そう、これは青春の迷いだったんだ。

 ちょっと悩んで迷っただけなんだ。

 そうに違いない。

 澪は自分にそう言い聞かせた。

「申し訳ありません、お父様。」

 深々と頭を下げる――――――……

「ボカロを聞く時間があるならクラシックを聴きます。私が、間違っていました」

 澪の中の歯車は、一瞬で錆び付いて動きを止めた。


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