その1
どこからがデートなのだろうか。
思春期にこの疑問を考える人は多い。
部活の買い出しに二人っきりで行った……は流石にデートじゃないか。二人きりで食事をした……はシチュレーションによって何方にも分類出来るだろう。
その境界線にあるシチュレーションがこれだ。
休日、お茶に誘われた。
平日学校帰りに誘われたくらいだったらそれは単に暇つぶしだったり話し相手が欲しかっただけかもしれない。しかし休日わざわざ呼び出すのはちょっと怪しい。好きじゃない相手の為にわざわざ大事な休日を割く筈が無いのだから少なからず友好的な感情があるのは事実だ。しかし果たしてそれが恋愛感情なのか否か、と云うのは判断に困る。
正に今そんな事を真剣且つ真面目に考え込んでいる少女がここに居た。
ワインレッドのフレアスカートに真っ白なブラウス、その上に重ねるのはブラックのカーディガン。少し高いヒール、左腕にはゴールドの腕時計、そしていつもより気合いの入ったちょっとお高めのリボンで止めたツインテール。華やかな街を背景に立つ彼女の姿はまるで絵画の様だ。道行く人達の視線が止まるのが分かる。
「一翔っち遅いなぁ――……っもうデートに遅れるとかあり得なくない!? あっ……てーことはやっぱデートじゃないのかな……で、でもうち相手だから別に遅れても謝ればいいやーっとか思ってたりして…………。」
そう言って少女――桃沢彩は地団駄を踏んだ。
そしてようやく、
「お、彩早いな!」
彩が三十分以上待ちに待ち続けていた台詞を聞いた。
「一翔っち!」
しかしそこで彩ははっとして嬉しさのあまり笑顔になりそうになるのをぐっと抑えた。
それから険しい顔(本人はそのつもりだが実際こわカワイイ)をして、
「遅い! 遅すぎるよ! うちが何分待ったと思ってるわけ!?」
「えっごめんごめん……ってまだ九時半じゃん! 俺十時に待ち合わせたよな!?」
「十時に待ち合わせたら九時に来るのが男だろ!」
「どうも三十分前ですみませんでしたァ!」
彩はそう言い切ると顔を火照らせた。
今日のこれはデートなの? それともただのお茶? いっそもう直接聞いてしまおうか。
(いやいやいやいやそれじゃまるでうちが一翔の事意識してるみたいじゃん! ……それはなんか悔しいぃ…………)
乙女心とは全く複雑なものだ。
「彩……?」
「ひゃぁい!」
尻尾を踏まれた猫のような奇声。
「……なんかすまん」
「ち、違うのっ! ちょっと考え事してていきなり話しかけられてそれでビクってなっただけで……その、もう考え事終わったから……大丈夫!」
「そ、そうなのか……」
一翔は疑問符を残しながらも納得した様子。
彼が待ち合わせに指定したのはこのオシャレという言葉を具現化したような雰囲気が漂うカフェ。
早速一翔はそこを指差すと、
「じゃ、行くか。昨日のお詫びに今日は俺が全部払うから」
「……昨日のお詫び?」
一翔は優しく微笑んだ。
はて、お詫びとは何だろうか。彩は昨日の事を思い返してみたが……、
「昨日なんかあったっけ?」
「澪と変な事になっちゃったじゃんか俺と紫音が囃し立てたせいで! ……勿論こんな事で許してもらえるとか思ってないけど、そのー、ごめんな」
珍しく一翔は照れくさそうにしながらもはっきりそう言い頭を下げた。
ああ、そう云う事か。そんな事を気にして。彩は少しだけ残念そうに微笑した。
「あれは別に紫音先輩と一翔のせいじゃないよ。……私に怒っただけなんだから」
「そうは言っても……流石にあれは俺達が無茶言い過ぎたよ」
「違うの! ……そういう意味じゃなくて――――…………」
一翔は一つ誤解している。あれは本当に一翔達が原因なのではなく彩一人のせいなのだ。
「……寧ろ気を遣わせてごめんね、そんな事で」
「何お前が謝ってんだよ! そっちが謝る必用なんて無いだろ?」
一翔は真剣に彩を見つめて、そして彩の事を真剣に考えてくれているのがその視線だけで十二分に伝わって来た。
そんな一翔の不意な優しさに思わずドキッとしてしまう。
「……じゃ! じゃぁ……私に免じて澪を勧誘するのはもう諦めてくれる?」
恥ずかしいからか、彩はちょっぴり長い袖を指の端っこで抑えた右腕で顔を隠しながらそんなことを言った。
しかし一翔はそんな可愛らしい彼女から目線を逸らして、
「……ごめん、いくら彩の頼みでもそればっかりは譲れない…………」
「…………」
その言葉を聞くと彩のドキドキはさーっと引いて行くのだった。
腕を下ろして胸を反らすと、
「ふーん、やっぱりツインテ幼馴染みより美少女新入生なんだー一翔は」
ぷいと口を尖らせてそう言う。
「ち、ちっげえよ! つーか何だよその二択!?」
「だって……私のお願いより澪の事を優先するんでしょ?」
「俺はあいつと……今の電研部の皆とで一緒にボカロやりたいってだけで。別に彩より澪ちゃんの方がいいとか……そういうのはねえよ」
「ふぅ――――――ん」
澄まし顔でそっぽを向く彩。
そっか。
一翔は……やっぱりただのボカロ馬鹿だ。ただそれだけなんだ。
そう思うと、今まで悩んでた事が一気におかしく思えてくる彩だった。
「ふふっ」
「……なに笑ってんだよっ」
「べっつにぃー」
彩はいつも通り、太陽のような笑顔で一翔に微笑みかけた。
「まぁ本当その事に関しては気にしてないしいいよー。さ、それより早くはいろっ」
彩は一翔の腕を引っ張る。それは端から見たらまるでカップルの様な距離感。
「お、おい何だよそれーっ!」
分けも分からぬ様子の一翔を引き連れ、二人は店内へ消えた。