その1
「第二回、黒崎澪勧誘作戦会議ー!」
「いっぇーい!」「ぱちぱち。」「おー待ってましたー!」
早速次の日の昼休み――校舎二階最南に位置するいつもの部室に電研部の部員達は集まっていた。勿論目的は黒崎澪の勧誘。
「では対象を勧誘するいい方法がある者、挙手を」
一翔はまたしても何処かの戦艦の艦長気取りか、どっしりと偉そうにして椅子に構えていた。
「はいッ!」
「お、威勢のいい返事だな彩二等陸曹。言ってみたまえ」
「いぇっさー隊長!」
「……昨日まで一等兵だったのになんで格下げになったんだろうな」「適当。」「だろうな」
小声でそんなどうでも良いやり取りをしていると一翔はそこを指差す。
「そこっ!」
「「はいっ!」」
「……今は彩少尉の発言を聞く時間だ」
「は、はぁ」「……承知。」
「うむ。では彩くん、話をしてくれたまえ」
「承知致しました! うちの考えた計画はその名も――『スィート×スィーツ計画♡』」
「おーなんか女子力高そう!」
彩はその豊満な胸を反らしながらふっふと笑った。どうでもいいが、彩は栄養が全て胸に行っているのではないかと思う程身長は然程無いが胸だけなら二周りは周りの女子より大きい。
「……隊長…………どこ見てるんですか?」
「っ! べ、ぶぇつに…………」
分かり易すぎる一翔の言動に眉をひそめる彩。得意気に胸を反らした時、透けブラしてたから凝視してたとか例え口が裂けようとも一翔は言う事は出来まい。
彩はふぅんと一言話を戻す。
「いいですかっ! スィートなスィーツが嫌いな女の子なんてこの世には居ないんですっ! 女の子の夢が詰まってるんです! そんでもって女の友情は絶対! スィーツ→友達→勧誘! これでかんっぺきですッ!」
「要するに餌付けか」「餌付けだな」「餌付け。」
「……ダメだ、この部に女子力ある人が私しか居ない――…………。」
彩の熱弁も虚しく共感を得る事は出来なかった様子。彼女は絶望から机に突っ伏した。
「何を言う! この紫音様だっておやつくらい作れるぞ!」
「……スィートなスィーツの事をおやつって言ってる時点でもう女子力ないですよ〜ぅ」
「うぐっ……痛い所を突くな……!」
「でも彩、昔っからおやつつくんのだけは得意だもんなー」
「……だーからおやつじゃなくてスィートなスィーツだってばぁ!」
彩はばっと顔を上げムキになって否定した。
「どちらでもいい。」
「良くないです! 名前から連想されるイメージって大事なんですよ!? 最初『煎茶』っていう商品名のときは全然売れなかったけど『おー◯お茶』に名前を変えただけで大ヒットしたんですから!」
例えは兎も角、それは彼らにも思い当たる節があった。
音楽家にとって曲名がカッコいいかそうでないか、ペンネームがカッコいいかかっこ良くないかで売れ行きが変わる事は死活問題として普段から考えさせられている。
「……まあ、確かにネーミングは大事だわな」
うん、流石にこの話は認めざるを得なかったようだ。
「ふふーん分かればいいのよ分かれば」
するとそう言って天狗になり、また得意気に胸を反らす彩。今日のブラは黄色だ。
「まあでも実際ももちゃんおや……じゃなかったすぃーとなすいーつ?作んのは得意っぽいしそれ試してみる価値あるかも。バレンタイン時のブラウニーとか最高だったし!」
「ぐっ!」
「ふぇっ! ……ど、どうも…………」
唐突な先輩らからのお褒めの言葉に彩はしどろもどろした。
「でもこんなんでも小学校の頃は酷いもんだったんですよー? 小四の時なんか――」
「わぁ――――! よ、余計な事言わなくていいのよっ!」
彩は頬を桃色に染め上げて手をばたつかせた。よっぽど恥ずかしい過去だったのだろうか、一翔が「わーったよ」と言い黙ってからも下唇を噛んでしゅんと小さく縮こまっていた。
「あ、一翔とももちゃんは幼馴染みなんだっけ?」
紫音が思い出した様にそう聞くと、
「そうですよー幼稚園の時ピアノ教室が一緒で――コイツ小五でドラム始めてピアノは辞めたんですけど、けど今度は中学から学校が一緒だったんで腐れ縁って奴ですかねー」
「初耳。」
「……え、そうでしたっけ? まあ話して面白い話題でも無いですかね〜」
部員達の学年は一翔と彩は二年、紫音と凛子が三年だ。
それぞれ横の繋がりが中々濃く、一翔と彩は今話していた通り幼少期からの幼馴染みで紫音と凛子は名字から分かる通り姉妹だ。
「おほん!」
閑話休題。話がそれた所で咳払いを一つ一翔が話を戻す。
「じゃ、早速おや……すぃーとなすぃーつを対象に渡しに行って来なさい、彩上等捜査官!」
「了解なり!」
彩はノリノリで立ち上がり敬礼をした。
「それでは『スィート×スィーツ計画♡』開始ッ!」
「ラジャー!」
彩は意気揚々と部屋を飛び出した。
「……さて我々は彼女の胸に密かに設置した監視カメラの映像を通して作戦の遂行を観察しよう」
「無駄にハイテク!?」
*
『ふっふースィーツの力、見せてやるんだからっ!』
用意された十インチ程度の小さなテレビ(普段は部室の端で眠っている)には確かに廊下をスキップする彩の姿――正確には彩の胸の前に広がる景色――が映し出されていた。
「さーて始まりました『スィート×スィーツ計画♡』解説はギタリストの大崎紫音さんにお越し頂きました」
「宜しくお願いしやす!」
紫音はビジュアル系バンド気取りでマイクを斜めに持ち異様に格好つけて……兎に角何故か気合いが入っていた。
「ていうかなんなんだこの画面の半分をちらつくおっぱいは! まったくけしからん!」
「彩さんはお胸が大きゅう御座いますので仕方御座いませんねー」
「……破廉恥。」
画面の下半分。そこには小刻みに上下する布地があった。
「ももちゃんがスキップする度に揺れる胸が画面に映り込むんじゃ集中できんだろう!」
「…………ぐっふ」
すると目がキラーン――紫音はマイクを投げると一翔の胸ぐらを掴んで揺らした。
「てめえわざとだな!? わざとこのアングルにしたんだな!?」
「ち、違いますよぉーうー! たまたまですって〜」
「じゃ、なんでんなニヤついてんだよ――っ!」
一翔の表情は酒を飲んだオヤジのように気色悪かった。
そんなこんなのうちに…………
『えーと一年一組だったわよねー』
「ほ、ほら紫音さん、彩が対象の教室に到着したようですよ!」
「お、本当だっ」
紫音は先程投げ飛ばしたマイクを拾うと、席に戻って再び先程のポーズでマイクを構えた。
彩は教室の扉を勢い良くガバっと開くと大声で、
『みなさんこんにちはー黒崎澪さんはいらっしゃいますかー!』
と叫びそして瞬く間に教室中の生徒達の視線を奪った。
「さー彩選手、遂に教室に入りましたねー」
「あぁ、果たして無事おやつを渡す事が出来るのか」
新入生達の大半はまずビクッとしてからそれは先輩なんだと認識、そして澪の姿を一斉に探し始めるのだった。うん、先輩に対する反応としてはこちらが正しい。
するとそんなキョロキョロする生徒達の視線は次第に黒髪の美少女――黒崎澪の元へ集まった。
澪は教室の最も奥端で左手にサンドイッチ、右手に鉛筆を構え楽譜を読んでいた。
『私ですが、何か』
そう言う澪は集中しているのか、楽譜から視線を逸らす事はせず独り言の様にそう呟いた。
「おーっと、対象シズクは相変わらず冷たい態度! ……しかしそこがまたカッコいい!」
「ああいう女ってつくづく何考えてんだかわっかんねーよなー」
澪を発見した彩はすかさずバタバタと小走りに彼女の元へ駆け寄る。
『澪〜! うち今日実はね、澪の為にクッキー焼いて来たの!』
そう言って机前に立ち、前屈みになって彼女を見つめた。
『……そう、バレンタインでもないし何故だか分からないけれどありがとう。そこに置いておいて』
澪は肘ついたまま、右手に持つ鉛筆の先端で机の端を差した。全く関心がないのがよーく分かる。
「おーっと彩選手これはピンチ! 受け取ってもらえはしたがこれはどう考えても友達に対する態度ではないぞー! さあ、どう攻めるんだっ!」
「私だったらあんな可愛い女の子が自分にクッキー焼いて来てくれたなんてなったらもう飛び上がって喜ぶけどな」
すると彩はポケットから可愛らしく梱包された袋を取り出すと潔く指示された場所に置くのだった。
『うん、分かった! いつでも部室で待ってるから一緒にボカロやろうね!』
そう言い残すと今度は静かに彼女に背を向け普通に立ち去ろうとするのだった。
「おーっとこれは……失敗ですかね?」
「いーや分かってねえな一翔も。これが女子力の差なんだよ!」
斜めに構えたマイクに向かってそんな事をこれでもかというドヤ顔で堂々と口にした。
「ほう、女子力の差ですか? それは一体……」
「相手の何処まで踏み込んでいいのか見極めてるんだ……出会ってまだ数日の相手に自分の都合を優先するあまり必用以上に近づいたりしてみろ。あっという間に関係が崩れるだろう! それを理解し、相手の何処まで踏み込んでいいのか計算する……これが真の女子力なんだ…………!」
彩は幼い時から明るく元気の良い子でどんな人とでも仲良くなれるタイプだ。自然と相手のして欲しい事とそうでない事が分かるのだろう。女子力というか人間力が高い。
「なるほど、では今回の試合は引き分け……と?」
「いーやこれは敗北だ」
紫音は珍しくそう言い切り、
「勧誘に成功しなけりゃ全部失敗よ!」
と、そんな負け惜しみを漏らした。自分の作戦で勝ちたいのかな。
だがその時、
『――彩』
「「おっと――――!」」
なんと澪の方から彩へ声をかけた――相変わらず楽譜から視線は逸らさないが。
そんな澪の反応に二人は画面に食い入り(具体的には画面と目の距離を五センチくらいにして)期待に胸を膨らませた。
『ん? なに澪?』
『……アンタボカロなんてまだやってるわけ?』
「なンと彩選手! ここで部活の話に持ち込んだ――――――!」
「くっ! 流石の黒崎澪もあんな可愛い子に手作りクッキー貰っておいて何もしないなんて出来ねえよなそりゃ!」
悔しそうに拳を握りしめる紫音。
すると彩はふわっと可愛らしいツインテールを回して振り返った。
『……うん、やってるよ――――だって好きなんだもんっ』
「ぐっは! 笑顔かわい過ぎ!」
振り返った彩の天使のような笑顔に紫音は陶酔した。……いや紫音達の画面に彩の顔は映っていないはずなのでそこは妄想力でカバーしているのだろう。
その答えに澪は小さく息をついた。
『……あんな下品なモノを好むなんて低俗ね、貴女も』
自分から話しかけておきながらつまらなさそうにそうあしらう。
『えへへ…………』
対する彩は頬を染めて少しだけ恥ずかしそうにした。
「ったくあいつ、私のももちゃん困らせてんじゃねーよ!」
「そうだそうだー! ボカロは低俗じゃないぞー!」
そして画面の前では大ブーイング合戦。
『……ま、いいわ。貴方達が何を考えているか知らないけれど、私はボカロなんてやるつもり無いから』
『そ、そうだよね…………ごめん』
淡白な澪の言葉を受け取った彩は懸命に笑って素顔を誤摩化すと俯き加減で教室を後にした。
数分後。
部室に帰って来た彩に監視カメラの事を知らせた一翔がスティックでぼこぼこに殴られたのは言うまでもない。