その2
「第一回、黒崎澪勧誘作戦会議ー!」
「いえーぃ!」「ぱちぱち。」「うーぃ!」
放課後、部室に集まった四人は小さな机を囲んでそんなタイトルの会議を始めていた。
「今回の司会、僭越ながら私、雨宮一翔が担当させて頂きます」
「よっ一翔ー!」「笑止。」「頑張れー!」
それから一翔はわざとらしく咳払いすると、何故だろうか妙に真剣な表情となって淡々と口を開き始めた。
「私独自の極秘ルートから入手した情報によると黒崎澪のクラスは1組。担任は我らが電研部の顧問、茅ヶ崎愛珠だ」
「それ絶対茅ヶ崎先生情報だろっ!」
「いや、極秘ルートなのでそれにはお答え出来ません」
彩の鋭いツッコミに対し真顔でばってん印を作って否定した。
「茅ヶさ――いや、証言者Cの情報によると今日のホームルームが終了するのは午後一時半……つまりあと三十分だ」
「茅ヶ崎先生だね。」「合点。」「ていうか教師なのにんな事教えていいのかよ」
一翔は続いて二度咳払いすると、再びわざとらしく重ーい言葉で話し始める。
「三十分後、あの扉が開いたら直に教室へ飛び込む」
「……直ちに?」
彩ははてなを頭に浮かべ一翔を見つめる。
「集合前一年のフロアを確認した所、既に他の部活が虎視眈々と新入生確保の為準備を進めていた。今年一番の注目度を誇る澪ちゃんは狙っている部活が他にもあるはずだ。」
「にゃーるほど」
「理解。」
大崎姉妹も納得した様子でこくこくと頷いた。
「よってこれから我らも教室前に人を敷き、待機する!」
「らじゃーっ!」「承知。」「へーい」
威勢の良い返事が少女達から返って来る。
八音は日本トップクラスの音楽高校でありながら部活動も盛んな所が多い。
当然と言えば当然なのか、その中でも吹奏楽部やオーケストラ部合唱部と云った部活は最早高校部活動を遥かに超越した技術を誇っており、都内大ホールで有料のコンサートを開いても満席だ。そんな強豪部活動も数多いからか皆部員確保には熱が入っているようだ。
「隊長!」
ぴしっと胸を張った彩はそう言って右手を自衛隊の様にぴんと反らした。
「うむ、何だね彩一等兵」
「我々はどうやって対象を口説き落とすのでしょう?」
「――く―――――く、口説くッ!?」
一翔は白目を剥いて狼狽えた。そんな彼を見てにやつくのは紫音。
「そーですよたいちょーどうやってくどくんすかぁ――」
「どういー。」
「凛子先輩までノるんですかッ!?」
表情の変化が乏しい凛子だが、この時の彼女はどこか「ふっ」と鼻で笑っているように見えなくもなかった。
観念したのか……一翔は何処か恥ずかしながらもはっきりと、
「とりあえず一緒にセッションしようでいいんじゃないすか?」
そう言って子供の様に純粋無垢な笑顔で笑った。
悪意は勿論、欲望や他意すら何も無い――ただ彼女と一秒でも早く音楽したい――そんな気持ちが明らかに見え透くその笑顔は――バカな思いつきに大真面目に付き合うのも悪くない、そう思わせる不思議な力があったのだ。
少女達はお互いに顔を見合ってから一斉に中くらいの溜め息をはぁーと一息。
まず「しゃーない!」と一言、彩が立ち上がる。
「コイツの冗談に付き合うのも悪くないっしょ!」
そう言っては笑って一翔を見下ろす。
「……はいはい、わーったよ。あ、でも彼女が嫌がったら辞めんだよ?」
と、続く紫音。
「追跡→一翔。」
相変わらず意味不明だが取りあえず同意したように席を立つ凛子。
一翔はそんな彼女らの姿を見上げては微笑みかけるのだ。
「皆…………」
一翔は心中で皆に感謝の気持ちを述べると、
「おっしゃ、勧誘合戦――作戦コードα――いざ出陣ジャーい!」
唐突に立ち上がり目紛しいスピードで部屋を飛び出した。
そしてそんな彼の背中を追うように少女達も「うぉーい!」「追尾。」「いくゼ!」と思い思いに声を上げ――一年生のフロア目指し共に走り出した。
*
廊下を駆け、息が切れそうになりながらも階段を昇る。
女子達に合わせているからか少し余裕そうな一翔は、
「……良かった、いつもの彩じゃん」
「……ん、なんの事でい?」
彩は目をぱちくりさせて疑問符を浮かべた。いつもの彩とはいつもの彩じゃない時があった彼は言いたいのだろうか。
「とぼけんなよ。彩、朝何か調子悪そうにしてたじゃん? 若干心配してたんだぞー」
その言葉に照れ隠しか思わず目線を下へと逸らす。
「……べ、別に調子悪く何かないやい! 寧ろ今日は朝から元気モリモリって感じだべな!」
そう言うと視線をこちらへ、いつも通りの元気一杯な笑顔を見せた。
「……はいはい、そうかいそうかい」
そうしてお互いに目を合わせると思わず「ぷっ!」と吹き出した。