その6
『へー野島さんってレコーディングエンジニアでもあったですねー!』
レコーディングブースの中にいる電研部+澪の声はマイクとスピーカーを経由してミキサールームの野島と愛珠の元へ届く。その逆もまた然り。
「ええ、だからレコーディングの度について来てはその場を荒らすだけ荒らしてあとは放置と云うクソでね…………」
「エンジニアにはそれぞれ癖があるからな。それを見て勉強させてもらって……んでちょっと口出ししてただけだって」
後半デクレッシェンドする。
「ちょっとだ〜? エンジニアと喧嘩して帰らせた事もしょっちゅうだったじゃない!」
野島と愛珠は再び火花を散らしての口論を始めた。
『あの〜野島さんと茅ヶ崎先生って昔なんかあったんすか?』
そんな妙に嫌い合う二人の様子を見て、既に楽器の準備を終えた一翔は何気なくそう言った。
二人は顔を見合って、
「何かあったかと言われれば……何も無いけど……」
「……毎日何かあったって言い方の方が伝わるかもな」
『は、はぁ……』
いや全然伝わって来ない。毎日何かあったって何だよ。
「ただ単に馬が合わなさすぎるのよ、あたしらは」
「そんで毎日喧嘩してたってだけ」
『へぇー』
確かに馬が合わなさそうな二人ではある。どちらも性格は適当なくせに妙な所でこだわりが強い。
そこでギターを適当にかき鳴らす紫音が茶々を入れる。
『同族嫌悪ってやつすか?』
「「誰が同族だッ!」」
ユニゾンしてそう答えた。ばっちり同族じゃないか。
『うーこぇ〜』
紫音は直に視線をギターへ戻した。
「しず……黒崎さんはその、ボカロのレコーディングは初めてだよね?」
一翔がそう言って触りなれないキーボードの鍵盤を叩いて確かめる澪の元へ寄った。
「……こういうタイプは初めてですけど大体分かります。あと別に澪とお呼びになりたいなら構いませんけど。いちいち意識される方がムカつきます。」
「マジで澪ちゃん!?」
勢い余って顔を滅茶苦茶に近付ける一翔。
「……ちゃん付けは流石に辞めて下さい。」
リアルにドン引きされた。冷静になって今の状態に気付いた一翔は、
「あ、あぁ……ごめん」
直ちに一歩二歩下がった。すると澪、何故かヘッドフォンを持ったままおどおどキョロキョロと周囲を見渡すのだった。
大体分かると豪語したのに、ヘッドフォンを何処に繋ぐのか分からない様子。
すかさず一翔は、
「それはそのままつければ良いんだよ、ミキサールームの方でインターフェースに繋いでくれてるから」
そんな彼女へ優しく声をかけた。
澪は頬を赤らめると、
「べっ、別にそんなこと知ってましたっ!」
それから「まったく、余計なおせっかいを……」とぼそぼそ両手でヘッドフォンをかぱっと被ると手を当てて、音が流れて来ないか確認するのだ。
当然まだ音など流れて来ない。……のだがそれを動作不良だと勘違いしたのか一度外し、じぃ〜っと用心深く何処か故障していないか観察するのだった。だがそこではっ!と「まだ流れていないんだ!」と気付き、恥ずかしそうに皆に背を向けて縮こまり、そーっとヘッドフォンを再び被った。
そんな彼女のおもしろおかしい様子を眺めていた一翔は、
「澪ってもっと固くて真面目な奴なのかと思ってたら案外面白い所あるんだな」
と言って柔和に笑った。
「……失礼な人ですね、ほぼ初対面ですよ、私達。」
ぼそぼそとそう言う。
一翔は「そりゃそうだ」と一言、
「そっちからしたらそうだよな。けど俺は、ずっと見てたから――――澪の事」
澪のオパールのような瞳を見て微笑んだ。それが一翔の本心。好きになった物はとことん追求する、そうやって生きて来た男だ。
そんな彼の言葉に何故か心惹かれた澪は唐突に顔を火照らせた。
『わーずっと見てたなんて雨宮くんストーカーだー』
ミキサールームから野島のヤジが飛んでくる。
「なっ! 別にストーカーじゃないですよっ!」
「いやストーカーだろ、流石にキモいぞ一翔……」
「変態。」
「先輩達までっ!」
紫音と凛子は軽蔑の目をした。
流石に周りの反応を見て自分の言動に反省する部分を見つけた一翔は澪の方へ振り返った。
しかし当の本人は、
「ま、まぁ今回は許します……」
と滅茶苦茶頬を緩めて言った。ぶっちゃけちょっと喜んでるのが表情からバレバレだ。そういう素直じゃない所がまた可愛らしい。
「ま、とりあえずさっさかセッションしようぜ!」
――――――ガシャンッ!
彩が二本のクラッシュシンバルを最高のアクセントで叩いて、そんな桃色の空気を砕いた。
そんな彩の元へよってたかる一翔は、
「……しっかし彩のセットは相変わらず要塞みたいだな……」
「えっへへかっけーだろー!」
得意気に胸を反らしてスティックをくるくると回してみせる。
クラッシュ系シンバル四本、ライドシンバル、スプラッシュ、ハイハット、タムが六つ、スネアにバスドラムはツーバスだ。一般的なドラムセットに比べるとかなり楽器の数が多い。彩は兎に角ガシャガシャとでっかい音をならすのが好きなタイプでどんな曲でもこのくらいの数の楽器は用意してくる。今日は寧ろ少ない方だ。
「あんな、この曲はラブソングなんだからんながっしゃがしゃならす所なんてないぞ?」
「いいんだよ! いっぱいあった方が音色のレパートリーが増えるし……何よりカッコいい!」
叩きたくてうずうずするのを体全体で表現しながら「にひひ〜」と笑う彩。
しかしそんな彼女に眉をしかめる一翔は、右側のチャイナシンバルを指差し、
「わかったが……絶対このめちゃデカいチャイナだけは使うなよ! 曲の雰囲気に合わない」
「えー! Cメロ開けのフィルで使おうと思ってたんだけどー」
「アホかダメに決まってんだろ! せめてこの二十三インチのクラッシュだ」
「いーやーだー! うちは使いたいんだ!」
駄々こねる彩はライドシンバルとスネアをドカドカドカドカと叩いた。
二人は鼻を突き合わせて睨み合う。かなり本気だ。それだけ譲れない部分なのかもしれない。そんな二人をついて行けない様子で呆然と眺望する澪。
視線の雷撃がぶつかりあって戦う時、
「なー一翔、ここ八小節休みとかくっそ暇だからアドリブ入れて良い?」
紫音はそう言うとアドリブを勝手に始めた……――――
――――ッ!
歪む、歪む。最近のアメリカのロックバンドみたいな音だ。それに……音の数がかなり多い。ブリッジミュートでのカッティングにハーモニクス。このまま放っておけば楽器を破壊し出したりしそうだ。力強く剛猛で金属感のあるそのサウンドは愛を囁くこの曲には合わない気がする。いや合う訳が無い。だが本人は絶対これだ!と信じて疑わない笑顔で懸命に旋律を奏でた。
弾き終えた紫音はふぅーと一息、
「男の愛ってこんな感じでごっつい方が良いと思うんだけどどうよッ!」
物凄いドヤ顔でそういう紫音に対して、
「男だってもっと繊細な恋をするんですよ!」
一翔から鋭いツッコミが突き刺さる。
「ここは休みです! コードは控えめに歌詞だけを聞かせたいんですよ!」
「はーセンスねーな! ここはギターだろ! ロックだろ! 私には見える……この休符がロックしたいと囁く声がっ!」
「囁いてねえよ! 休符は休む音符と書いて休符なんですよ!?」
「なんだとてめぇ! ここは絶対FM9かそれの♭5だろッ!」
「濃い……濃過ぎますよ! ここはFM7で十分なんですっ! てかそもそもギターは休符ですって!」
今度は一翔と紫音が戦争を勃発。澪はまたそれを不思議そうに眺める。
その後紫音は溜め息一つ「なってねえなぁ〜」とぼやいて一翔を無視、勝手気ままアレンジを研究し始める。
そこへ、
「一翔。」
「……今度は凛子先輩ですかぁ〜…………」
続いていつも通りの真顔で凛子は一翔を見つめてそう言った。
それから楽譜をくいっと差し出して、
「ここリズム変える。」
「うん、勝手に変えないで下さいね」
「……ケチ。」
凛子は口をつんと尖らせてジト目で一翔を睨んだ。凛子が表情を崩すのはレアだ。拗ねてる凛子たそも可愛いのだが「楽譜変えて良い?」に対し「うん、いいよ!」と答える作曲者は少ないだろう。
「そこはダメです! 絶対四分音符なんですよ、サビとのバランスを考えて……!」
「七小節四分音符退屈……。」
凛子は目をうるうるさせて上目遣いになった。……辞めて欲しいそういう精神攻撃。一翔の心中では良心と音楽性が鬩ぎ合った。
「……でも、ベースなんてそんなもんですよね?」
そうだ、ベースなんて所詮ベース。四分音符の黒玉ばかりが続く箇所くらいあって当然。だが続いて凛子は目の中で紫の渦をぐるぐるさせると、
「……ベース、なんて……――――――?」
と一言どす黒い炎を身に纏い鬼神の如き血相を見せた。
そんな彼女に怯える一翔は、
「いや、そのぉ……凛子先輩? べ、別にベースをバカにしたわけではなくてですね…………」
「一翔嫌い。」
完全に機嫌を損ねた凛子は一人勝手にボサノバ風のリズムにアレンジしてそのフレーズを黙々と演奏し出した。
「……あの凛子先輩? 流石にそのリズムは曲調に合わない気がするのですが……」
「黙ってろ」
「…………俺の立場――――――……」
一翔は膝をがっくり落として床に涙の池を作った。
そんな二人のやり取りを、澪は口元に人差し指を立ててこれまた不思議そうに眺めた。
しかし電研部の部員達は我が強すぎる。アドリブ命のジャズプレイヤーでももっとまともに楽譜を読むぞ。自分勝手が過ぎる。
だが一翔は彼女らのそんな我がままに付き合うのが意外にも大好きだった。
バンドの解散理由第一位、音楽性の違い。だが一翔は――いや電研部の皆はこの音楽性の違いで対立して口論するのが好きだったのだ。
「澪はなんかねぇのか、文句とか苦情とか批判とか罵倒とか」
「罵倒はヤメテ!」
紫音はそんな電研部の身内ネタをぼーっと眺める澪へそう問いかけると、澪もまたはっとして我に返った。これで意見を言っていないのはあと澪だけだ。
だが澪は憂いを含んだ表情で俯くと、
「……いえ私は……楽譜通り、作曲者の意図を再現するだけですから……。それがプレイヤーです。」
その一言で、一室は薄水色で染まり静まり返った。あまりにも、あまりにも切なそうに澪が言葉を紡いだから。
――羨ましい。自分もそんな風に音楽で人と対立してみたい。彼女の本心はそう言っている気がした。
そんな薄水色だった。
(やれやれ、ここは男として俺が気を遣う所か――――)
一翔はそんな空気をぶち破る様に彼女の肩を叩くと、
「澪……俺の意志を尊重してくれるのは君だけだよ! 愛してる!」
一翔は澪の前でかしずいて恒星の様にギラギラした眼で見上げた。そんな彼を見て少しだけ身を引く澪。
冷たい空気を懸命に砕こうとした一翔を後押しする様に、
「澪〜作曲者はこのキモアホ一翔だぞ!? アンタはこんな奴に従って良いのか?」
「紫音さん酷いッ!」
紫音の一言で部屋の色を少しずつ暖色系へ彩って行く。
「……一翔、越えろ。」
凛子はお気に入りのぐっ!サインを澪へ向ける。
「そうそう! 一翔の意志なんて無視無視、だよ澪っ!」
「だから何で皆俺の扱い酷いのっ!?」
電研部の皆の暖かい言葉は澪の凍り付いた心を少しずつ溶かして行くようだった。
「……皆さん…………!」
澪は自分を取り囲む少年少女達の顔を一人一人確認する様に見渡すとふふっ、と口元を緩ませた。
澪の笑顔……やっぱり可愛らしい。いつもぶっきらぼうな澪だが絶対こうやって笑っている方が彼女に似合っていると思ったのはこの部屋にいる全員だろう。
「では雨宮さん――――」
「は、はいっ!」
そんな鋭い一言に一翔の背筋がぞくぞくっとして一直線に伸びてしまう。期待、緊張。部屋はそんな思い出張りつめた。
こんな答えが返ってくるとも知らずに……、
「まずここの和音ですが和声法的に考えてまずあり得ません貴方どんな本読んで勉強したらこの進行に違和感を感じなくなるんですか?後半にも同じ進行が何度も出てきますが気持ち悪くて演奏したくないので自分で変えさせて頂きますそれからこちらのリズムですが前後関係から考察するに違和感がありますドラムのバスのリズムと対照して考えても明らかにここはたたーったではなくたーたたです少し考えればわかりますよね?そして一番許せないのはサビ前のフィルでこのコードを使うセンスです何でここでM7なんですか?どういう音楽聞いて育てばそんなセンスになるんですか?頭おかしいんですか?本当に貴方プロなんですか?私だったら絶対ディミニッシュコード、少なくともメイジャーにはしませんそしてその―――――――」
『――――黒崎さんっ!』
……と、そこでミキサールームから愛珠が止めに入る。うん、グッジョブ。止めなかったらきっと一時間はこのままだ。
「何でしょう先生。私今大事な罵倒の最中なのですが……」
「罵倒!? 罵倒って言ったよね澪さん!?」
「すみません、侮辱でした」
「うん、意味同じだよ?」
「嘲罵、唾罵、冷罵……他なんかありますかね?」
「『罵』縛りで脳内辞書検索かけるのヤメテ!」
そこへ彩がにこやかに割って入って、
「罵言とか!」
「彩ぃ〜! てめぇはいつも一言余計なんだよ…………!」
『じゃ、打ち解けたところで一本録ってみようかー』
「……おい野島、アンタは今の何処をどう解釈したら打ち解けた様に見えたんだ?」
『何言ってんだよ、雨宮一翔という糞野郎を叩く為皆で一致団結して罵声を浴びせると云う点で打ち解けてたじゃない』
「それ、明らかに一人だけ打ち解けてない人いるよね!?」
『雨宮〜細かい男は女にモテないぞ』
「細かくねえよ!」
『ハイはい、本番いきまーす』
「ちょっ、へ、何で皆スタンバイしてんの!? え、マジではじめんの!? ええっ! わったよ準備しますよ! すりゃーいいんでしょ!」
「雨宮さん五月蝿いです。Qランプ出てますよ、早く準備して下さい」
「誠に申し訳ありませんでしたァ!」
なんか知らないけど録る流れらしい。一翔は腑に落ちないながらも渋々キーボードの前に立ってヘッドフォンを装着した。




