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こんぽじしょん! 美少女達とボカロP目指してみた。  作者: raiga
第三章 ストリンジェンド 〜ディミニッシュコード〜
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その4

「黒崎ーちょっといいかー?」

 彼女の担任――茅ヶ崎愛珠はHR終了後、すたすたと帰路へ向かう澪をそう言って引き止めた。

 澪は長居する気は無いよ、というアピールなのか体勢はそのまま足だけを止めて、

「手短にお願いします、先生」

「練習熱心だな黒崎は。お姉さんも担任として鼻が高い!」

 そう言って彼女の元へ近づく愛珠。

 だが澪は目線を逸らして溜め息を一つ、

「……手短に。」

 生徒に指導された愛珠は顔を引きつらせて、

「お、おうすまん……」

 澪の異様な練習に対する執着を愛珠は疑問視したが、今はその話ではない。

「黒崎宛に仕事が届いてるんだ。事務所に所属してない生徒への仕事ってのは学校通すのがセオリーなのか?」

「……中学のときは直接家に来ましたけど」

「うっひょ厨房の頃から仕事かよ……天才すっげえ」

「で、仕事とは?」

 また関係ない話へ逸らそうとした愛珠を一瞥してせかす。兎に角早く帰りたいらしい。

「おっとそうだった……えーと何でもレコーディングの依頼だとか。」

「……それだけですか?」

 澪が顔をしかめる。

 少ない。あまりにも情報が少なすぎる。それだけでは受けるか受けないか判断出来ない。

 そう澪が考え込んでいると、

「あ、依頼主はYAMANO出版だわ。うわすっげー大手じゃん」

「YAMANO出版…………ギャラとか仕事内容とかもう少し詳しくないんですの?」

 その名前を聞いて澪も流石に興味を持ったのだろう、愛珠の方へ体勢を向けてそうつっかかってくる。

「あ、よく見ると下の方に四分程度の曲のレコーディングで二十万てって書いてあるわね。読みにくい文章。でも流石大手、待遇悪くないなー」

「……でも……曲の内容によるのですが」

「はは、確かに初見でリスト弾けー!とか言われたら割にあわんわな!」

 そう言って眉を顰める澪の肩を愛珠はぽんと叩いた。

「レコーディングの日程はここに書いてあるし……まぁ、取りあえず行くだけ行って話し聞いてみたら? 相手大手だし……危ない事とかは無いと思うよ」

 だがそんな愛珠の事を変なものを見る目で睨む澪は、

「YAMANOの名前を語る性犯罪者かもしれませんよ? 私可愛いし狙われてもおかしくありませんよね? もしそうだったら先生責任とって下さるのでしょうか?」

「うぐっ……そ、そう言われると……でも、ぶっちゃけこの業界こういう曖昧な仕事内容のモノって多いよ? あたしなんてちょっとバーで演奏してくれるだけで十万っていうから行ったら一週間毎日演奏させられたからね!」

「そういうことが今回もあるんじゃないですか?」

「……あれ、これってあたし今墓穴掘ってる?」

「掘ったかもしれませんね」

 愛珠は頭を抱える。

 そして澪も一応話を考え直してみる。

 何かのいたずらだろう。そもそも学校経由で仕事を送って来た事など今まで一度も無い。いや入学したのはついこの間だし音高なんてそんなものなのか? しかしあまりにも待遇がずさんな気が…………。

 そんな事が頭の中をぐるぐる回っていた時、

「ま、取りあえず性犯罪者ってことは無いと思うよ。あたしコイツ知ってるし」

 そう言って愛珠は持っている紙(仕事依頼のメールのコピー)の一番上、送信者のアドレスを指差した。

「野島雄平……?」

 澪は首を傾げ頭に疑問符を浮かべる。そりゃそうだ、野島は立場としてはただの会社員だ、澪が知らなくて当然。

 しかし愛珠は複雑そうな表情で、

「あたしの元マネージャー。クソみたいな野郎だったわよ。……あーもう思い出すだけで腹が立ってくるわ!」

 キィー!と悲鳴を上げて怒りを露にした。どうやら愛珠の方は知っていたらしい。

 そんな愛珠を物珍しそうに眺める澪は、

「……先生って昔はプロのプレイヤーだったんですか……」

 と関心した。

 だが謙虚にも愛珠は首と手をぶんぶん振って、

「まーいちおーってだけよー! それにもー昔の話しだし。まっとりあえずこの送り主は本物のYAMANOの人間ってことで信用して大丈夫よ」

「……はぁ」

 ガハハハ!と笑う愛珠を見て、澪は一応その言葉を呑んだようだった。

 それから澪は一礼して、

「今夜父に相談してみます。」

 そう一言、背を向け歩き始めた。艶やかな髪がふわりと空を舞う。

 今度こそ颯爽と帰路へ向かう澪。廊下を抜ける美少女――それだけに絵になる程美しかった。

「――――黒崎さんさ」

 歩み始めた彼女をそう呼びかけて再び呼び止める。しかし今度は歩みを止めようとしなかった。


「お父さんに逆らった事ってある?」


 だがその一言に――はっとしてその場で静止した。

「……やっぱないんだ」

 予想的中とでも言わんばかりに愛珠はにやけた。

 澪は愛珠に背を向けたまま廊下へ向かってこう語る。

「私の父は世界的な演奏家です。逆らう必用なんて無い。従って一生懸命練習すれば、私もいつか父のような音楽家になれる」

「それが黒崎さん自身の夢なの?」

「――――!?」

 澪は振り返る。腕を組んで微笑する愛珠が視界に映る。

「あたしも最初プロのプレイヤーやってたんだけどさ、途中で気付いたんだ――自分の夢はプレイヤーじゃないって」

「それで教師に? 理解出来ません。プロのプレイヤーは音楽家の頂点。その地位を捨てて教師なんてランクが下の職に就くなんて」

 音楽家を収入順に並べるとやはり圧倒的にプロのプレイヤーが一番だ。教師は固定給しか貰えないがプレイヤーは演奏会に出る度に莫大なギャラが入る。

 誰もがそれに憧れる――だがそれになれるのは世界規模でほんの一握りの人間だけ。普通に考えれば折角プレイヤーとして事務所に所属出来た人間がそれを辞めて教師になるなどあり得ない事だ。

「あたしもね、自分の先生からアンタは上手いんだからプロのプレイヤーになれって言われて、それが正しいんだって勘違いして、それでプロプレイヤーになったの。けど演奏する度に、これは自分じゃないって思いが強くなってってさ」

 だが愛珠は――――収入や世間体より自分の気持ちを、夢を優先した。音楽で人を育てたい、それが彼女の本心だった。

「楽だもんね、誰かの言う事に従うのって。辛いもんね、自分の生き方を自分で決めるのって」

 黒崎澪と云う人間もそうなりかけた。自分の本心に気付いた時があった。

 ――けどそれを否定してしまったんだ。

「だからさ――――黒崎さんも頭で考えて理屈で動くんじゃなくて、たまには自分の気持ちを優先してみたら? 案外気持ち良いよ、そうやった時に奏でる音楽」

「――――……私は――――。」

 紫色のオーラを従えて俯く澪はぼそりとそう呟いた。

 愛珠はそんな彼女の元へ近づいては頭を優しく撫でた。

「なんか悩む事があったらあたしで良ければ相談乗るよ。だから自分の気持ちから逃げるな――――黒崎澪」

「…………ありがとう、御座います」

 澪は生まれて初めて自分を触る手が心地よいと思っていた。

(……って言っても私を触るのってお父様の平手打ちか音楽事務所のセクハラオヤジくらいだけど)

 いや、違う。もう一人、澪に触れた心地よい手があった。

 ――――桃沢彩。

 初対面のくせにべたべた触って来たっけ。私はあれをどう感じていたのだろう?

 そんな昔の思い出に耽った澪の両肩を愛珠ががっしりと掴むと、

「自分に素直になれよ!」

 と激励しそのまま突き飛ばした。「うわぉ」と声を上げ多少ヨレッとする澪。だがそんな彼女の背景はもう濁っていなかった。

 澪は姿勢を正すと、

「仕事の件、一度一人で考えてみます。」

 と一言、再び一礼した。

 そうして去る黒髪美少女の背中を眺める愛珠。

 いつもはふざけた人間の彼女だが、その姿は紛れもなく教師そのものだった。

「あたし、ちゃんと教師やれてんのかな…………」

 傾いて来た太陽の光が、愛珠の心をそっと照らした。



「なんなんだその音は、澪ッ!」

 弦山の拳がシルクのような澪の頬へ飛びかかる。

「――ッ!」

 その衝撃は当然彼女のような華奢な体で耐えられる訳もなく、無様にピアノ椅子から転げ落ちて尻餅をつく。

 右の頬が真っ赤に染まる。じーんと痛みが押し寄せる。だがこれは、特別珍しい事ではない。いつもの光景。いつもの練習。いつもの父だった。

「今日の演奏は全て酷い。心ここにあらず、お前さては音楽以外の事を考えているな?」

 澪は無性に苛立った感情が込み上げてくるのを必死に抑え込んだ。

(苛立つのは――図星だからか…………)

 弦山の言う通り澪の心は今、音楽以外の悩み――いやそれでも結局音楽に関連しているのだが――で覆い尽くされていた。

「………………。」

 澪は徹頭徹尾無言を貫き床をぼーっと眺める。

 そんな姿に流石の弦山も呆れ返ったのか、

「今日はもういい。さっさと練習に集中出来る環境へ戻れ」

 そんな彼女の状態は一切気にかけず一方的にそう言い放つと怪物の様な背中をこちらへ向け立ち去ろうとするのだった。

 だがそこで突然我に返った澪は去ろうとする父へ向かい絞り出すような声で、

「お父様っ!」

 懸命にそう叫んだ。

 それが耳に届くと弦山は決して振り返らずにその場で足を止めた。

 それを確認した澪は、

「クラシック音楽とは、一体何が素晴らしいのでしょう?」

 声を震わせてそう問いかけた。無理も無い、何か間違った質問をしたりすれば先程のような拳が今度は左頬を襲うのだから。

 弦山はそれを数秒だけ考えると口を開いた。

「音楽を構成する全てだ。全てが他の音楽よりも優れている」

 勝手にそう言い切った彼は先程と同じくずっしりと出口へ向かって歩き出すのだった。

 全て…………しかし澪が知りたかったのはそうではなく、

「優れてるって……何を基準に優れてるって判断するの…………。」

 父が部屋を出た事を確認してから一人ぼそっとそんな事を呟いた。

 そもそも音楽に優劣をつける事は出来るのか。それを決めるのは誰かではなく、自分自身なのではないか。クラシックが最も優れているなら何故クラシック以外のCDの方が売り上げや世間認知が高いのだろうか。

「私には分からない…………!」

 澪は行き場の無いやるせない感情を拳に乗せて床を叩き付けた。


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