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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

緩く繋がる同じせかい

よくある話だね

作者: CHIROLU

はじめまして。初投稿です。

さらっと読める気楽な話が信条ですので、多少なりとも楽しんで頂けたら幸いです。

 休み明けの学校というものは、多かれ少なかれ騒がしい物だ。それが長期の休みの後……夏休み明けといったならなおのことだろう。

 だが、その日のそのとある一教室のざわめき方は、異質なものだった。

 ざわめきの中心にいるのは、一人の男子生徒だった。染めた様子のない黒髪に、美形とまではいかないが平均以上ではある涼しげな顔立ちは、無口な質を体現したようだった。特に悪目立ちもしない、一生徒……のはずだった。

 全てが過去形で表記されているのは、理由がある。

「って言うか一臣、それ何だよ!」

 耐えきれなくなったかのように叫び声を上げたのは、その彼の前に座っていた生徒だった。立ち上がりざまに振り向き、びしっと指先を一臣と呼んだ相手に突きつける。

 クラス中によくぞ言ってくれたという空気が漂う。

「稔。他人は指差す物じゃないよ?」

「うん。お前はとりあえず黙っとけ、陵太」

 指差された当人の、更に後ろの男子生徒がマイペースな顔で口を挟んだのは、即切り捨てる。

 それに対する一臣の返答は簡潔だった。

「眼帯」

「ちょっ……そうなんだけど、そうじゃ…」

 それは見ればわかるけれどもと、クラス中のなんともいえない空気がどよめいた時

「おー……夏休みはもう終わりだぞー……はしゃぐのもほどほどに……」

 カラカラと教室の扉を開けながら、眠そうな顔をした担任が姿を見せた。教壇に立ち出席簿を片手に持ち上げ……たっぷりと硬直する。

「えー……あー……橘?」

「はい」

「どした、それは?」

「眼帯は目を覆う物ですが」

「あー……うん。眼帯、だなぁ……」

 担任のあからさまに困った様子にも動じることはなく。彼--橘一臣は淡々と答えた。

「個性的なデザインだけど、もうちょい大人しめのはなかったのか?」

「これが標準仕様です」

「そうか-……それじゃ仕方がないかー……」

 担任は暫し空を見ると、おもむろに出席簿を開いた。

「じゃあ出欠とるぞー」

『流すのっ!?』

 クラスの皆の心がひとつになった瞬間だった。


 夏休み明け

 特に目立った特徴もなかったクラスメートが

 黒地に銀細工のついた装飾過多の眼帯装備で現れたら、あなたはどうしますか?


「ものもらいにでもなったの? 一臣も大変だねぇ」

「明らかにおかしいが、お前のそのコメントもおかしいわっ」

 のほほんと間坂陵太が呟けば、間髪入れず田崎稔がツッコミを入れる。二人がそんな友好的な関係を築いているために、必然的にその間にいる橘一臣も巻き込まれることとなり。結果としてこの三人でつるんでいることが多かった。

 だからこそ、稔の混乱度は他のクラスメート以上だった。

 夏休み前までは、まったくそんな兆候などなかった。いや、むしろ生真面目と言って良いだろう。そんな性格の友人だった。それが、しばらくぶりに顔を合わせてみれば、明らか黒歴史突入の禍々しい装飾過多の眼帯姿だ。

 何があったーーーっ!と叫びたい。

「ここで更に魔眼の力がどうだか言い出したりしないよなっ!」

 そこまで痛い事を言う奴じゃなかったはずだっ

「……よくわかったな」

 だが、稔の心の叫びは友人の元には届かなかったらしい。

「魔眼なんだー」

「ああ。この眼帯の奥にあるのは、金色炎帝の邪龍との契約の証だ」

 そんな設定聞きたくなかったっ!

「何か、よくある話だねぇ」

 悶絶する稔と相反するように、いつも通りに微笑んだ陵太は、そう身も蓋もないある意味最高に辛辣なコメントを残した。


「まさか、ガチで中二病を患う人間と接する事になろうとは……一臣に何があった……?」

 ぐったりと机に突っ伏した稔の姿に陵太は嬉しそうに微笑む。慈愛に満ちた笑顔とでも言うべきか。

「本当に稔は良い奴だよねぇ。一臣も大変だったんじゃない? 夏休み中全然連絡取れなかったし。海外の叔父さんの所行くって言ってたけどさ」

「カルチャーショックか? イメチェンか?」

 ぶつぶつと座った目で呟いても、友人の変貌ぶりがわからない。

 悩みがあった様子もなかった。いや、あったとしてもそんなぶっ飛んだ方向に行く意味がわからない。

 悶々とした思考がぐるぐる回る。これは稔だけでなくクラスメート全体の総意だろう。とりあえず接し方がわからない。マニュアル下さい。

「稔が、だったら皆悩まないだろうからねー 一臣の人徳かなー」

「やっぱ、お前結構酷いよな」

「あ。一臣戻って来た」

 陵太のその言葉に稔は机から身を起こす。廊下を行きかう他クラスの生徒がなんともいえない表情をする中を、歩く一臣の姿があった。トイレに行くだけでこの注目度だ。登校時なんてどうだったのだろう。

 どうやら友人は思っていた以上にメンタルが強いらしい。知らない一面に気付いてしまった。

 遠い目をする稔とは異なり、やたらマイペースな陵太はいつもの調子を崩さない。これはこれでメンタルが強すぎる。

「ねぇ一臣」

「何だ」

「急に『魔眼』なんてどーしたの? 夏休み中に何かあった?」

『直に切り込んだよっ!』とまたもやクラスの空気が一致する気配がした。陵太のメンタルは、先程考えていた以上に強靭なものであるようだ。

「まぁ……色々……だな。話しても理解など出来ないだろう」

「ふーん、そうなんだ。一臣も大変だったんだねー」

 ふっと遠くを見るようにして返答を濁した一臣に、やはり変わらず微笑んだ陵太は適当にも思える相槌をうった。


 始業式とホームルームのみの1日はあっという間に過ぎた。体感時間で言えば『あっという間』などとは言えなかったが。

 始業式の最中の微妙な空気についてのコメントは差し控えたい。団体責任と言うわけでは決してないが、周囲の『どうしたあれ?』という視線にはクラス全員スルーの方向で通した。この1日でクラスの結束が急激に高まった気がする。

 そうしてやってきた帰宅時間。

 鞄を手にした陵太は当たり前のように、稔と一臣に

「じゃ、帰ろーか」

 と言葉を発した。

 いつもの光景だ。そのいつも通りの言葉に、稔は一瞬躊躇した。帰り道周囲から浴びせられるであろう好奇の視線に、自分は耐えきれられるのか? という自問故にだった。

「俺は、これから独りで構わない。……放っておいてくれていい」

 だがそれは、そんな一臣の静かな声を聞くまでだった。

 このまま放置してしまえば、現実への帰還が遠退いてしまう! 黒歴史を黒歴史と笑い飛ばしてやるまでが友人としての自分の役割なのだと、反射的に考え、気が付くと手を伸ばして一臣の肩を叩いていた。

「何バカ言ってんだ? 早く帰るぞ」

 結果としていつも通りに言い放ったそんな稔に、にへらと陵太が笑う。

「本当に稔は良い奴だよねぇ」

「お前今日そればっかだよな。ありがたみないからやめろ」

 一臣は無言だったが二人を振り払う事もなく、黙って帰宅の準備を始めた。そんな姿に稔は心底ほっとしていた。


 その時何が起こったのか、理解出来なかった。


 だらだらと意味の無い無駄話をしながらいくつめかの角を曲がった後だった。稔と陵太がわいわい騒ぎ、一臣がたまに相槌を入れる以外は黙っているのはいつも通りの光景だったので、ようやく日常が戻って来たと思った時だ。

 まず、一臣が立ち止まった。

「どした?」

 言いながら稔は、一臣の真っ青な顔に言葉を失う。一臣が凝視する視線の先には何もない、ような気がする。ごく普通の路地裏だ。この辺りは昼間にも関わらず人通りは少ない。とはいえ治安が悪い程でもない普通の街角だ。

「……逃げろ」

 真剣そのものの声音で一臣は絞り出した。

「出来るだけ離れろっ」

「え??」

 一体何をと。状況を理解するよりも早く、日常の風景が一変した。


 何も無いはずの空間から異形のモノが姿をみせた。

 まるで狭い隙間を抉じ開けるように身体を捻りながら、少しずつその姿を現すのは、巨大なムカデのようなモノだった。だが、あり得ない。まだ全身を露にしていないにも関わらず、その顎は人間を噛み砕く事すら容易い事が解ってしまう。そんな巨大でおぞましいモノだった。

 理解する事を放棄した脳は、全身を硬直させてしまう。それも無理のない事だろう。


 一臣は舌打ちしながら『ムカデ』の前に飛び出した。

 彼は予想が当たってしまったこの状況に悪態を付きたいのを堪えていた。そんなことをしても現状が好転しない事は身に沁みている。

 この一ヵ月、縁もゆかりも無い見知らぬ『世界』に喚び寄せられた彼は、帰りたい一心で、文字通り命掛けの危ない橋を何度も渡った。

 手にした巨大な人の身に余る力がなければ、こうして『日常』に帰還する事はなかっただろう。そう思える反面、手にした力を疎ましく感じるのも本心からのものだ。

 巨大な力は代償を求める。

 この力は彼のその身を蝕み、災厄を呼ぶのだ。『日常』にそぐわない異界の術具を持ち帰らざるをえなかったのは、それが災厄を抑える封印具である為だった。こちらの『世界』に代用できる物があるとは思えない以上、悪目立ちするのも仕方がないと割り切った。

 だが、ずっと不安を抱いていた。

 自分が喚ばれてしまう位にはあの『世界』が近しいものだというのなら。逆はどうなるのだろうと。

 異形のモノが溢れるあの『世界』から、こちらの『世界』へと何かが喚ばれてしまうことはないのだろうかと。

 例えば、この身に宿る『災厄』のようなものに。

 

 友人達と再び逢えて、泣きたくなるほど嬉しかったのだ。

 還って来られて本当に嬉しかったのだ。


 失うつもりなんて無い。

 一臣は封印具をむしりとると、災厄の元であり、災厄を払う力を解放した。

 金色の虹彩に緋色の紋が刻まれた左目が露になる。

「消えろぉっっ!」

 すっかりその身に馴染んだ人成らざる力を現出させる。

 炎帝の名の通り炎を操るその力は、一臣の制御下に於いては目的の物だけを焼き尽くす破壊の力の化身となる。一瞬巻き上がった強風に髪や衣服をなびかせながら、突き出した腕の指し示す方向に炎が渦を巻く。

 本当は何のモーションがなくとも発動できるのだが、意志を口に出し方向を身体で指し示す事は、本来は自分の物ではないこの巨大な力を発動する際に安定させる為の措置だ。

 まだ、半身を『世界』の壁に挟まれ、その身をのたうたせていた『ムカデ』は回避行動をとることもできず、一臣の炎に巻かれた。

 耳障りな悲鳴らしき不協和音が止む時には、炎の奥の巨体は動かなくなっていた。


 それを見届けて、一臣は前のめりに倒れた。


「っ!? おい、一臣っ!?」

 非現実的な現象を前に硬直していた稔が、再び行動を開始したのは目の前で友人が倒れたからだった。超常の異能を行使した彼に手を差しのべた事に躊躇は無い。

 一臣を仰向けにすると、苦し気に呼吸をし、左目から鮮血が溢れていた。稔はさっきまでの怪物を前にした時よりはっきりと狼狽する。

「うわっ……どうしよ。き、救急車!? それより止血か? 眼球って圧迫して良いのかっ!」

「本当に稔って良い奴だよねぇ」

 おろおろする稔にいつも通りの穏やかな陵太の声が掛けられる。

 熱した火箸を眼孔に突き入れられるような激痛の中、一臣もそれは同感だった。この力は巨大すぎて自分の身への反動も大きい。それも充分理解していた。向こうの『世界』では反動を抑える術具を使う事が出来たが、その手段の無い『こちら』でのこの状態は覚悟の上だ。

 せっかく還って来られたのに、人生終了かもしれないが、友人達を護れたのだから御の字だろう。


「大丈夫だよ」

 そう思っていた一臣の上に、陵太の声が降って来る。

 続いたのは、聞いた事の無い言語の唄だった。


 冷たい手を押し当てられたかのように、激痛とそれに伴っていた身体の熱が引いていく。

 溢れる鮮血で奪われていたはずの視界もいつの間にか回復していて、戻った視界に飛び込んできたのはあっけにとられた稔の顔と、優しい光のシャワーだった。

 光で描かれた魔法陣のようなものの中心で唄を紡ぎ終えた陵太は、いつも通りの笑顔を浮かべる。

「よくある話だよね」

 珍しい事じゃあないよと陵太は笑う。

「異世界に喚ばれるとか、ちょっと世界の一つ二つ救うなんてね」


「よくある話だよ」



ジャンルや検索ワードが限りなくネタばれになってしまう悲しさ……

貴重なお時間お付き合い頂きありがとうございました。深く考えず気楽に読んで頂けたらありがたいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 異世界呼ばれたり世界救ったりとか、あんまり無いよ……
[一言] 何となくおかしいとおもったけど!・・・おもったけど!!
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