針をもって言葉を刺す
彼の言葉は狂暴だ。
狂暴というと悪く聞こえるが、別にこの言葉ほど暴れ狂ったものではない。
針。
そう、細くて小さな針。
チクチクと刺さるような言葉。
「お前、頼り甲斐が無いな。」
今日も言われた彼の言葉。私はいつも「ごめん。」としか言えない。
彼は私をどう思ってるのかわからない。もしかしたら、嫌いなのかもしれない。
「付き合ってる」という認識はきっとお互い無い。
「親友」という立ち位置のまま。
私は……私はどうなのだろう。
好きと言ったことも無ければ、嫌いとも勿論言ってない。
曖昧に時は過ぎて、私はいつも「ごめん。」という。
可笑しいかもしれないが、別に彼の言葉が嫌な訳ではなかった。
しかし歳を重ねていくにつれ、そして彼との時間が増えるに連れ。彼の言葉は鋭さを増し、私の痛みは漸増する。
「痛っ。」
私は服を作るのが好きで、暇があれば縫っていた。手縫いで縫う服は次第に形を成してきていた。
縫い針が指を刺す。ぼーっと考えながらやっていたからこうなったんだ。と自分を責めながら指をくわえる。血の味が舌に染みる。
不安なんだ。
この血のように血脈を辿り心臓に着き、また身体を巡回するように。何度も何度も同じ言葉を繰り返す。傷つけて外に出てしまったら、心臓が止まってしまうのではないかと不安で切り出せない。
彼は針のように鋭いものを向けてくるのに。
そうか。彼は私を。
雨の日。いやその日は晴れていた。
しかし大学から帰る頃には雨が降っていた。
そこに彼がやってくる。
きっと彼は言うだろう。私はいつものように傘を忘れていた。
天気予報はいつも見ていない。どうせ当たらないと思っているから。
彼は口を開く。
「傘また忘れたのかよ。馬鹿だな。」
私は目の前の水たまり越しに彼を見る。
知っている。
彼は雨の日はいつも雨に濡れて私と帰っている。
雨は勢いを増し、水たまりは波紋を広げ、彼を映さなくなる。
仕方なく。本当に仕方なく。彼の顔を見上げる。
「お前も忘れてるくせに。」
彼の真似をして言ってみる。私は針をもって彼の言葉を刺した。
彼の顔は可笑しかった。不意をつかれたその顔は確実に私の針のせいだ。
彼のこんな顔初めて見た。
「好きだよ、浩。」
そう言って笑う。すると彼も照れ隠しのように笑う。
「当たり前だ。紗絵。」
水たまりを飛び越えて、歩き出す。